双子の弟と入れ替わって護衛騎士になった私が、なぜか王太子殿下の初恋を奪ってしまった!

第30話 エデルガルトとシャルロッテ3 前編

 その日、ラインフェルデン公爵家のシャルロッテは、なかなか王女宮に姿を現さなかった。
 
 理由はわかっている。
 一刻ほど前にシャルロッテの使いのものが、『城下に急用ができたので、用事が済み次第登城する』と王女宮まで伝えに来たらしい。
 
 アーレンベルク公爵家の令嬢であるエデルガルトは、人知れずそっとため息をついた。
 いつもはフロリアン王女と三人で賑やかに刺繍に勤しんでいるため、ひとり欠けるだけで、なんとなく寂しい気持ちになるのだ。
 ただ、今回はそれだけではなかった。
 
 今朝のエデルガルトは休暇で別宅にいた、近衛騎士団所属の兄が王宮に戻る時間とぶつかった。
 そして馬車で一緒に揺られている中で、兄から気になる話を聞いたのだ。

『王太子殿下の婚約者が決まりかけているらしいが、エディは何か聞いているか?』

 エデルガルトの兄であるミヒャエルは、彼女を子供の頃の愛称のまま『エディ』と呼ぶ。
 以前は「もうレディですのよ」「恥ずかしいですわ」と嗜めていたが、一向にエディ呼びをやめない兄に諦め、最近ではふたりきりの時のみ許すことにしていた。

 ところで今、名称どころではない話を聞いた気がする。

「……なんと、おっしゃいました?」

「ラインフェルデン公爵家のご令嬢が、王太子殿下の婚約者に決まりそうだと聞いたが、本当か?」

「!」

 そんな話は、全く耳にしたことがない。
 王女宮では、王太子殿下の婚約者の噂など皆無だと言っていい。
 
 エデルガルトは動揺していた。
 昨日だって王女殿下とシャルロッテの三人で、いつも通り刺繍を楽しみ、もうすぐ完成となるタペストリーの飾り場所についても議論を交わしていたのだ。
 シャルロッテだっていつも通りだったはず……。
 
 ……いいえ、本当にそうだったかしら。
 
 エデルガルトは、すぐに自分の考えを否定する。
 
 思い出したのだ。
 最近では、彼女の美しい翠玉色の瞳が翳る日が増えていたことを。

 別段、わかりやすい様子だったわけではない。
 ただ、いつもよりどことなく元気がなく、尋ねてみても、

『成長痛で体が痛くて』

などと笑って話をはぐらかされていた。
 
 となると、俄然兄の話が信憑性を帯びてくる。
 シャルロッテの元気のなさは、婚約の話が原因なのかしら……?

 黙りこくってしまった妹を見てミヒャエルは、エデルガルト自身が王太子妃候補に選ばれなかったことに、ショックを受けている、と勘違いしたようだった。

「こう言ってはなんだが、王太子殿下は変わった趣味をしておられるな。我が妹君(いもうとぎみ)のほうが、山猿令嬢と比べようもないくらい……」

「お兄さま……?」

「はひっ」

 ミヒャエルは静かな妹の怒りにすぐさま気付き、近衛騎士団での整列と同じくらい、背筋をピシッと正した。
 
 エデルガルトは見た目が美しいだけではなく、どこに出しても恥ずかしくない令嬢だ。
 だが理不尽なことに対しては、とことん容赦がない。
 年頃が近い兄としては、そのようなことは子供の頃から身に染みて理解していた。

「シャルロッテは立派な令嬢ですわ。今すぐ訂正してくださいませ」

「し、し、しかしだな。俺たちの世代は、彼女に一度や二度は泣かされたことがある。かの山ざ……令嬢の剣捌きといったら人間とは思えないほど素早く……」

「つまり、お兄さまは『山猿以下の取るに足りない何かだ』と自己紹介されている、そう思ってよろしいのですね」

 エデルガルトの透き通るようなアイスブルーの瞳が氷のように輝き、ミヒャエルは言葉通り凍りつきそうになった。

「す、すまなかった。もう二度と言わないから許してくれ!」

「一体何に謝っているのでしょう? お兄さまはご理解なさっていますか?」

「もちろんだ。俺の可愛い妹を不愉快な気持ちにさせてしまったことを……わわっ! 魔法を使おうとするな! 馬車の中が凍りついてしまうだろぅ!」

 馬車の片隅で、大きな体を小さく丸める自分の兄を見て、エデルガルトは魔法発動のための詠唱をやめる。

 兄を許したわけではない。
 ただ、兄の言葉に引っかかりを覚えたのだ。
 『魔法』という、貴族であれば、生活の中に溶け込んでいる二文字に。

 ラインフェルデンの双子は、どちらかが魔法を使えないと聞いている。
 では、どちらが魔法を使えないのか。
 貴族が持って生まれるはずの魔法を持たないことは、とても辛いことではないのだろうか。

 今までそんなことを考えたことはなかったのに。
 アルフレートのことはよく知らないけれど、天真爛漫が過ぎるシャルロッテとは水と油のように、顔を合わせるたびに言い合いをしていた。

 それが今では……。
 まさかこんなに、ラインフェルデンの双子を心配する日が来るなんて。
 
 エデルガルトは、自分でも気づかないうちに微笑みを浮かべていた。
 
 ……がすぐに、兄の
 『王太子殿下の婚約者が、シャルロッテに決まりそうだ』
という話を思い出す。

 シャルロッテはお受けしたのかしら……。

『私は私が決めた相手と以外、結婚なんかしないもの』

 いつかのシャルロッテの凜とした声を、エデルガルトは今でも覚えている。

 相談、してくださればいいのに。
 おともだちなのだから。

(えっ? おともだち……でいいのよね? それともわたくしだけがおともだちだと思ってるのかしら?)

 おこがましかったかしら、と熱くなる頬を両手で押さえて、エデルガルトは小さくかぶりを振る。

 怒り出したり、微笑んだり、顔を赤らめたり、と忙しくしている妹を、ミヒャエルは恐ろしげに見つめていたが、そんな瑣末なことには気づけないほど、エデルガルトの頭の中はシャルロッテでいっぱいだった。

 ただし、そのシャルロッテが未だ王女宮に来ていないことについては、この時のエデルガルトには知る術もなかったのである。



「シャルロッテがいなくて寂しいですか?」

 ふいに核心をつかれて、エデルガルトはドキッとした。
 思わず刺繍針を持つ指が止まってしまう。
 フロリアン王女の笑みを含んだ涼やかな声に、エデルガルトは頬を赤らめて瞳を伏せた。

「寂しいだなんて……城下町ならきっとすぐにいらっしゃるでしょうし……」

 まるで()()()()()()()寂しくない、と自ら告白してしまっているのだが……。

 フロリアンはそれを聞いて、さらにエデルガルトに追い討ちをかけるのだ。

王女宮(ここ)に来る迄は警戒していたのに、随分仲良くなりましたね」

「っ!」

 エデルガルトは、馬車の中で自分でも思っていたことを言い当てられ、耳まで朱に染まってしまう。

 まるで言い訳みたいだけど……。

「寂しい、より、心配なのです、シャルロッテが」

「なぜかしら?」

「近頃、元気がないように感じていたのですが……、」

「?」

 エデルガルトは、王太子殿下の婚約について、フロリアン王女に尋ねて良いものか迷った。
 ヴィルヘルム王太子殿下は、実の、ではなくとも王女の兄上で、しかもふたりはとても仲が良かったから。

「もしかしたら、お兄さまの婚約についてかしら?」

 フロリアンは、エデルガルトの心の中などお見通しのようだ。

「! ……ご存じだったのですか?」

「王太子宮の騎士団の中で盛り上がっている、とは耳にしていますけど、相手はシャルロッテではありませんよ」

 小さな王女様は、エデルガルトが見たことのない悪い笑みを浮かべた。

「シャルロッテではない、のですか?」

 では、どなたなのでしょう?
 
 王太子殿下の年齢と家門に釣り合う令嬢は、シャルロッテとエデルガルトだけだ。
 だが、少なくとも自分ではない、とエデルガルトは確信していた。
 もしも自分であるなら、興奮した母親に、とっくの昔に着せ替え人形にされていたに違いないのだから。

 眉間に深い皺を寄せ、悶々と悩み続けるエデルガルトを見て、フロリアン王女は困ったような笑みを浮かべた。

「お相手は、アルフレート様ですって」

「そうなんですね、アルフレー……⁉︎」

 エデルガルトはフロリアンの言葉を復唱する途中で、えっ、と気づく。

 まさか。

「だってアルフレート様は男性ではありませんか……⁉︎」

「ふふっ、もちろん冗談でしょうけど」

 エデルガルトの焦りとは対照的に、フロリアン王女はどこまでも楽しそうである。

「冗談……ですか」

「ええ、兄が過剰にアルフレートを構うものですから、騎士団の皆様が面白がっているだけですわ。でも、そのくらい兄の婚約については白紙だということなのでしょう。まだ今は、ですけど」

 エデルガルトは、まるで見てきたようなフロリアンの言葉に、引っ掛かりを感じる。
 
(本当に冗談なのかしら? もし仮に、王太子殿下がアルフレート様に対して、思いを寄せていらっしゃるのだとしたら……)

 最近のシャルロッテの元気のなさにも、納得ができる気がした。
 それに、こんなデリケートな問題では、他人に相談もできないだろう。

 だとしても、自分には話してほしかった、とエデルガルトは思う。
 シャルロッテが、エデルガルトのお菓子作りを応援してくれたように、エデルガルトもシャルロッテを支えたい、と願っているのだ。

「ね、エデルガルト、シャルロッテが気になるのでしたら、直接聞いてみたらどうかしら? 何を悩んでいるの? って」

「わたくしに、答えてくれるでしょうか?」

 エデルガルトに自信などはまったくない。
 また、はぐらかされてしまうのでは?とも思う。
 なにせ、反発し合っていた時期の方が圧倒的に長いのだ。

 それでもシャルロッテがあの時エデルガルトの手を取り、助けてくれたみたいに。
 自分もシャルロッテの力になりたい。

「きっと大丈夫ですよ」

 フロリアンの言葉は彼女のスキル、先読みの力から出た言葉でないことは、エデルガルトも知っている。
 でもフロリアンがそう言うのであれば、きっと大丈夫だろう、と思えるのが不思議だ。

 その時、まるでエデルガルトの決心を肯定するかのように、扉からノック音が響いた。

「どうぞ」

と、すぐにフロリアン王女が応える。

「シャルロッテ様、ご到着です」

 ウェーバー夫人の声が聞こえ、彼女の後ろから現れたのは……。

「シャルロッテ? その姿は……?」

 エデルガルトが戸惑ったのも、仕方がないことだった。
 そこには……。
 
 まるで呪い師(まじないし)のように、目の下から口元にかけてをレースの布で覆った、シャルロッテがいた。
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