双子の弟と入れ替わって護衛騎士になった私が、なぜか王太子殿下の初恋を奪ってしまった!
第35話 告白
「……ごきげんよう、はそぐわないですね」
転がり落ちてきた幼い王女は、自力で立ち上がるとドレスの裾をパッパッとはたいた。
表情はいつも通り唇には微笑みを湛え、まるで何事もなかったかのよう。
「アルフレート、お加減はいかがですの? ……というのも、なにかわざとらしい気がしますわね……」
フロリアンは人差し指を唇に当て、少しだけ思案するそぶりを見せ、
「ふたりとも、仲良くなって何よりです。アルフレート、胸のつかえは下りましたか?」
アルフレートに向かってにっこりと笑った。
転がり落ちたことは、なかったことにするらしい。
アルフレートは噴き出しそうになるところを、理性で押し留める。
「ありがとうございます。お陰で大分すっきり致しました」
「それはよかったです」
フロリアンはにこやかに笑うと、部屋の中央にあるテーブルセットに近づき、勢いよくスツールに飛び乗った。
「……フロリアン、さま?」
驚きのあまり固まっていたエデルガルトは、ようやく小さな王女の名前を口にする。
「エデルガルト、驚かせてごめんなさい。私、結構おてんばなんですの。今は夫人もいないですし、このまま過ごさせてもらっていいかしら」
「もちろんです、フロリアンさま」
フロリアンの要望にエデルガルトは一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの穏やかな微笑みを見せる。
「あなたたちも。よかったらそちらにあるスイーツ、好きなだけお食べなさい」
自分の存在をばらしたコボルドたちだったが、アルフレートを運んだお礼のつもりなのだろうか。
並べられたスイーツをフロリアンが指さすと、ノーマンたちは歓声を上げてテーブルに駆け寄って行った。
「さて、どこから伺ったらいいかしら?」
小首を傾げフロリアンはアルフレートに尋ねてくる。
エデルガルトに入れ替わりの話をした時から、アルフレートの腹は決まっていた。
フロリアンは既に知っている。
エデルガルトにも秘密を話した今、全てを明かし、協力を仰いだ方がいい。
協力――、即ちアルフレートとシャルロッテが元の自分に戻るには、どのような方法がいいのか、ということだ。
魔法が使えるようになったからといって、自分の魔法が騎士に向いているとは思えない。
おそらく発作はもう出ないだろうが、シャルロッテの言う「体力の基礎づくり」をするには、何年もかかるだろう。
王女宮に来たシャルロッテが刺繍をできなくても、フロリアンやエデルガルトは上手く誤魔化してくれるだろうが、王太子宮では事情を知る者は誰もいない。
やはり自分が身を引いて、あとはシャルロッテの身の振り方だけを決めるべきなのだろうか。
「少し長くなりますが……」
――から始まったアルフレートの話を、フロリアンもエデルガルトもほとんど黙って聞いていた。
時折、好奇心の塊である王女が瞳をキラキラさせて質問することはあったが、エデルガルトは最後まで神妙な表情だった。
「……以上になります」
アルフレートが最後の言葉を口にすると、フロリアンは小さく息を吐いた。
「入れ替わりを戻してすべてうまくいく、という単純な話ではない、ということですね……」
エデルガルトはアルフレートを聖母のような、はたまた寂しさを湛えたような瞳で見ていたが、
「今後あなたにも、関わってくる話になるかもしれませんよ」
というフロリアンの言葉に、驚いたように二度ほど瞬きをした。
「わたくしに……?」
「ええ、兄が、シャルロッテを婚約者に選んだら……」
「ちょっと待ってください!」
今度はアルフレートが驚く番だった。
「あの……、なぜ王太子殿下がシャルロッテを選ぶのでしょうか。殿下の婚約者として、全てに秀でているのはエデルガルト嬢なのに」
アルフレートにとって、それは懸念していたことだった。年頃の自分達が王女宮に上がるというのは、ただフロリアン様のお相手に呼ばれただけではないだろう、と思っていたからだ。
シャルロッテは気付いていないだろうが、王太子殿下と家柄でも年齢でも釣り合うのは、シャルロッテかエデルガルトのみ。
もちろん可能性が高い、ということだけだが。
いずれそのような話になったときに、どのようにするかは考えてないわけではなかったが、もう少し時の猶予があると思っていたし、選ばれるとしたらエデルガルトだと思っていたから。
フロリアンの『シャルロッテが王太子殿下の婚約者に』という既定路線のような言葉には、驚くことしかできなかったのだ。
「それは、先読みの力でしょうか?」
フロリアンの固定スキルである「先読みの力」。
魔力を使うのに魔法ではない、と聞いている。
望めば大抵の未来を知ることはできるが、それに伴う対価も必要だと聞く。
……もちろん精霊の話と共に、自分達にとっては伝説のような話でしかないが。
「いいえ。私の騎士からの情報と、聞いてないのに教えてくれるような、噂好きの妖精たちがいるのです」
「あたしたちじゃないわよ。風の精霊たちだからね!」
スイーツに夢中になっていたはずのエレナがすぐに反応してくるあたり、充分噂好きではないのかと思うのだが、それは黙っておくことにする。
「噂好きの精霊の話では、兄はアルフレートに夢中なんですって」
「僕に、ですか?」
もちろん自分に扮したシャルロッテにだろうが、自分の名前のあとに王太子殿下に思いを寄せられている、と聞いてしまうと、大層微妙な気持ちになってしまう。
「先日、兄がシャルロッテと城下町にお忍びに出かけた日があったでしょう?あの日から様子がおかしいのですって。最近、お屋敷でのシャルロッテの様子はいかがですか?」
ロッテの様子……?
アルフレートは双子の姉を思い出してみる。
王太子殿下と街に行ってからもう二十日近いだろうか……。
数日程度は食が進まない時もあったようだが……、今は出された料理はしっかり食べているし、朝の弱い自分と違い、早く起きて剣の稽古もしているように見えた。
だけど。
「わからないのです……」
ここ最近、アルフレートはどうしたら入れ替わりをうまく終結させることができるのか、そればかりを考えていたから……。
いや、それだけではない。
エデルガルトへの思いで溢れそうになっていたから。
ロッテのことを、
「しっかり見ていなかった……」
あんなにいつも一緒で、お互いのことならなんでも知っていると思っていたのに。
愕然とするアルフレートに、フロリアンの言葉が追い打ちをかける。
「もし自分がアルフレートだと思っていた相手がシャルロッテだった、ということを知れば、兄にとっての恋の障害がなくなります。そうなれば、エデルガルト。あなたのお父上はどうなさりますか?」
エデルガルトの表情が、すうっと消えた。
さっきまで薔薇色だった頬は、今はもう紙のように白い。
「父は私の婚約者を必死に探すでしょう。多少歳が離れていても、姉のように他国の貴人でも構わない、『アーレンベルク公爵家』のためになるお相手を」
「今のところ我が国の候補者としては、兄の護衛騎士テオドール、彼かしら」
テオドールはアルフレートも知っている男だ。
モンベリアル辺境伯の三男。
王家とも血縁関係があり、王太子殿下が兄とも慕う……が、女性関係は派手で軽薄なところもある、とアルフレートは認識していた。
そんな人物にエデルガルトを?
冗談ではない、とアルフレートは思う。
「……あまりこういうことは言いたくないのですが、うちは公爵家です。家柄なら、ラインフェルデンも引けを取りません」
少し前までのアルフレートでは、このような発言は考えられなかっただろう。
しかもすぐ側には、フロリアンやコボルドたちもいるのだ。
「エデルガルト、先程『お友達』と言ったことは取り消させてください」
エデルガルトは小さく息を呑んだ。
「アルフレート、わたくしが何か……」
何か気に触ることをしましたか?
そう尋ねようとしたエデルガルトの手を取り、アルフレートはその場に跪く。
「僕と結婚してくださいませんか?」
「え……?」
ピシッ、とまるで空気にヒビが入ったような音が聞こえた。
訪れたのはしばしの沈黙……。
が、アルフレートに後悔などは全くなかった。
無謀に見える求婚だったが、彼には計算もあったから。
ずるい人だと思われてもいい。
「アルフレート……?」
驚いたように見開かれている群青色の瞳に、困惑の色が滲んでいた。
その視線から逃げないように、アルフレートは今日何度目かの勇気を奮い立たせる。
「エデルガルト、あなたは僕を友人にしてくれました。その言葉は、胸の中に優しいぬくもりをくれた。……でも、」
どうか、傷つかないで。
最後まで聞いて。
「それと同時に、物足りない僕も生まれてしまった」
エデルガルトの震える指先を、アルフレートはそっと包み込み、自分の頬に寄せた。
「僕の願いは、あなたにいつも笑っていてほしいということ。困っていたら救いたいし、涙が溢れる日は側にいたいのです」
それはきっと、
友人よりも特別な気持ちだから。
「『おともだち』だけでは足りない、欲張りな僕を許してほしい。あなたを独り占めしたい。泣いている顔も、怒っている顔も、」
それから、
「笑っている顔も」
きっと今までの自分では、エデルガルトへ伝えることもできなかったろう。
でもあなたが僕に奇跡を起こしてくれたから。
「僕に魔法をくれたのはあなたです。まだ使いこなすことはできないけど、エデルガルト……」
触れている指先が冷たい。
もう、どちらの温度かわからないくらいだ。
アルフレートは、小さく息を吸った。
顔を上げて、エデルガルトに視線を合わせる。
真っ直ぐに。
「あなたを幸せにするのは、僕でありたい」
エデルガルトがその言葉に反応する前に。
「すっ――――――すてきー!」
エレナの黄色い声が、王女宮のゲストルーム中に響き渡った。
視線を遣ると、両手で口を押さえて小刻みに震えているではないか。
「こんな素敵な求婚、見たことないわ!」
「アルフレート! 見直したぜ!」
いったいどこから出したのか、ノーマンが飛び跳ねながら紙吹雪を撒き始める。
「すごいよ、アルフレート!」
耳を平らにして、ティルはちぎれそうなほどしっぽを振っていた。
「まったく、あなたたちときたら。興奮しすぎですよ」
嗜めているはずの小さな王女が一番楽しそうなのは、――彼女の名誉のためにも見なかったことにしよう。
やはり気になるのは、エデルガルトだ……。
「あ……っの……」
何か言葉にしようと努力しているようだが、うまくできていないように見えた。
それも当然なのかもしれない。
潤んだ瞳には震えるまつ毛が影を落とし、いつもは薔薇色の頬はまるで苺のように真っ赤に染まっていた。
今にも倒れてしまいそうなエデルガルトの動揺した姿を見て、アルフレートは初めて自分の行動を省みる。
さすがに急ぎすぎたのでは?
こんなに驚かせるなんて……いや、でも……。
考えているうちに、エデルガルトの恥ずかしさがアルフレートにも感染していくようだった。
「……あのっ、もちろん、お友達からでも……」
慎重すぎるアルフレートが戻ってきそうになった、その時。
エデルガルトは、ふわりと自分のスカートに身を沈めた。
そして逃げそうになるアルフレートの指をしっかりと握りしめ、隠れそうになる視線を逃すまいと見つめ返した。
「アルフレート、あなたばかりひどいです」
「え……?」
「笑ってほしい、頼ってほしい、側にいたい……そう願っているのが、まるでご自分だけみたいな言い方……」
エデルガルトはそこまで言葉にすると、居た堪れないように唇をきゅっと閉じた。
そして、
「わたくしなんか、あなたよりずっと前から、思ってましたわ!」
小さく、叫ぶように吐き出したエデルガルトの告白が、アルフレートの耳に届く。
いや、そんなはずはない。
だって、あなたは僕のことを僕だって知らなかった筈なんだから……。
だから笑っていて欲しいと思っていたのは――。
……ああ、もう!
そんなことは、どうでもいい。
「愛しています、エデルガルト」
「っ……!」
エデルガルトの返事を聞く前に、
「「「おめでとうー!」」」
今度の静寂を破ったのも、コボルドたちだった。
「ちょっとノーマン、なんで紙吹雪使っちゃったのよ! 使うなら今でしょっ」
「じゃあ、ぼく作ってくるよお」
「「それじゃ間に合わない!」」
精霊たちが浮かれ切っている中、どこか寂しげな薄紅色の瞳が自分たちを見つめていることに、アルフレートは気づかずにいた。
やがてその視線が安堵に変わったことも。
小さな王女、フロリアンの心の奥は、未だ誰も知ることはない。
転がり落ちてきた幼い王女は、自力で立ち上がるとドレスの裾をパッパッとはたいた。
表情はいつも通り唇には微笑みを湛え、まるで何事もなかったかのよう。
「アルフレート、お加減はいかがですの? ……というのも、なにかわざとらしい気がしますわね……」
フロリアンは人差し指を唇に当て、少しだけ思案するそぶりを見せ、
「ふたりとも、仲良くなって何よりです。アルフレート、胸のつかえは下りましたか?」
アルフレートに向かってにっこりと笑った。
転がり落ちたことは、なかったことにするらしい。
アルフレートは噴き出しそうになるところを、理性で押し留める。
「ありがとうございます。お陰で大分すっきり致しました」
「それはよかったです」
フロリアンはにこやかに笑うと、部屋の中央にあるテーブルセットに近づき、勢いよくスツールに飛び乗った。
「……フロリアン、さま?」
驚きのあまり固まっていたエデルガルトは、ようやく小さな王女の名前を口にする。
「エデルガルト、驚かせてごめんなさい。私、結構おてんばなんですの。今は夫人もいないですし、このまま過ごさせてもらっていいかしら」
「もちろんです、フロリアンさま」
フロリアンの要望にエデルガルトは一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの穏やかな微笑みを見せる。
「あなたたちも。よかったらそちらにあるスイーツ、好きなだけお食べなさい」
自分の存在をばらしたコボルドたちだったが、アルフレートを運んだお礼のつもりなのだろうか。
並べられたスイーツをフロリアンが指さすと、ノーマンたちは歓声を上げてテーブルに駆け寄って行った。
「さて、どこから伺ったらいいかしら?」
小首を傾げフロリアンはアルフレートに尋ねてくる。
エデルガルトに入れ替わりの話をした時から、アルフレートの腹は決まっていた。
フロリアンは既に知っている。
エデルガルトにも秘密を話した今、全てを明かし、協力を仰いだ方がいい。
協力――、即ちアルフレートとシャルロッテが元の自分に戻るには、どのような方法がいいのか、ということだ。
魔法が使えるようになったからといって、自分の魔法が騎士に向いているとは思えない。
おそらく発作はもう出ないだろうが、シャルロッテの言う「体力の基礎づくり」をするには、何年もかかるだろう。
王女宮に来たシャルロッテが刺繍をできなくても、フロリアンやエデルガルトは上手く誤魔化してくれるだろうが、王太子宮では事情を知る者は誰もいない。
やはり自分が身を引いて、あとはシャルロッテの身の振り方だけを決めるべきなのだろうか。
「少し長くなりますが……」
――から始まったアルフレートの話を、フロリアンもエデルガルトもほとんど黙って聞いていた。
時折、好奇心の塊である王女が瞳をキラキラさせて質問することはあったが、エデルガルトは最後まで神妙な表情だった。
「……以上になります」
アルフレートが最後の言葉を口にすると、フロリアンは小さく息を吐いた。
「入れ替わりを戻してすべてうまくいく、という単純な話ではない、ということですね……」
エデルガルトはアルフレートを聖母のような、はたまた寂しさを湛えたような瞳で見ていたが、
「今後あなたにも、関わってくる話になるかもしれませんよ」
というフロリアンの言葉に、驚いたように二度ほど瞬きをした。
「わたくしに……?」
「ええ、兄が、シャルロッテを婚約者に選んだら……」
「ちょっと待ってください!」
今度はアルフレートが驚く番だった。
「あの……、なぜ王太子殿下がシャルロッテを選ぶのでしょうか。殿下の婚約者として、全てに秀でているのはエデルガルト嬢なのに」
アルフレートにとって、それは懸念していたことだった。年頃の自分達が王女宮に上がるというのは、ただフロリアン様のお相手に呼ばれただけではないだろう、と思っていたからだ。
シャルロッテは気付いていないだろうが、王太子殿下と家柄でも年齢でも釣り合うのは、シャルロッテかエデルガルトのみ。
もちろん可能性が高い、ということだけだが。
いずれそのような話になったときに、どのようにするかは考えてないわけではなかったが、もう少し時の猶予があると思っていたし、選ばれるとしたらエデルガルトだと思っていたから。
フロリアンの『シャルロッテが王太子殿下の婚約者に』という既定路線のような言葉には、驚くことしかできなかったのだ。
「それは、先読みの力でしょうか?」
フロリアンの固定スキルである「先読みの力」。
魔力を使うのに魔法ではない、と聞いている。
望めば大抵の未来を知ることはできるが、それに伴う対価も必要だと聞く。
……もちろん精霊の話と共に、自分達にとっては伝説のような話でしかないが。
「いいえ。私の騎士からの情報と、聞いてないのに教えてくれるような、噂好きの妖精たちがいるのです」
「あたしたちじゃないわよ。風の精霊たちだからね!」
スイーツに夢中になっていたはずのエレナがすぐに反応してくるあたり、充分噂好きではないのかと思うのだが、それは黙っておくことにする。
「噂好きの精霊の話では、兄はアルフレートに夢中なんですって」
「僕に、ですか?」
もちろん自分に扮したシャルロッテにだろうが、自分の名前のあとに王太子殿下に思いを寄せられている、と聞いてしまうと、大層微妙な気持ちになってしまう。
「先日、兄がシャルロッテと城下町にお忍びに出かけた日があったでしょう?あの日から様子がおかしいのですって。最近、お屋敷でのシャルロッテの様子はいかがですか?」
ロッテの様子……?
アルフレートは双子の姉を思い出してみる。
王太子殿下と街に行ってからもう二十日近いだろうか……。
数日程度は食が進まない時もあったようだが……、今は出された料理はしっかり食べているし、朝の弱い自分と違い、早く起きて剣の稽古もしているように見えた。
だけど。
「わからないのです……」
ここ最近、アルフレートはどうしたら入れ替わりをうまく終結させることができるのか、そればかりを考えていたから……。
いや、それだけではない。
エデルガルトへの思いで溢れそうになっていたから。
ロッテのことを、
「しっかり見ていなかった……」
あんなにいつも一緒で、お互いのことならなんでも知っていると思っていたのに。
愕然とするアルフレートに、フロリアンの言葉が追い打ちをかける。
「もし自分がアルフレートだと思っていた相手がシャルロッテだった、ということを知れば、兄にとっての恋の障害がなくなります。そうなれば、エデルガルト。あなたのお父上はどうなさりますか?」
エデルガルトの表情が、すうっと消えた。
さっきまで薔薇色だった頬は、今はもう紙のように白い。
「父は私の婚約者を必死に探すでしょう。多少歳が離れていても、姉のように他国の貴人でも構わない、『アーレンベルク公爵家』のためになるお相手を」
「今のところ我が国の候補者としては、兄の護衛騎士テオドール、彼かしら」
テオドールはアルフレートも知っている男だ。
モンベリアル辺境伯の三男。
王家とも血縁関係があり、王太子殿下が兄とも慕う……が、女性関係は派手で軽薄なところもある、とアルフレートは認識していた。
そんな人物にエデルガルトを?
冗談ではない、とアルフレートは思う。
「……あまりこういうことは言いたくないのですが、うちは公爵家です。家柄なら、ラインフェルデンも引けを取りません」
少し前までのアルフレートでは、このような発言は考えられなかっただろう。
しかもすぐ側には、フロリアンやコボルドたちもいるのだ。
「エデルガルト、先程『お友達』と言ったことは取り消させてください」
エデルガルトは小さく息を呑んだ。
「アルフレート、わたくしが何か……」
何か気に触ることをしましたか?
そう尋ねようとしたエデルガルトの手を取り、アルフレートはその場に跪く。
「僕と結婚してくださいませんか?」
「え……?」
ピシッ、とまるで空気にヒビが入ったような音が聞こえた。
訪れたのはしばしの沈黙……。
が、アルフレートに後悔などは全くなかった。
無謀に見える求婚だったが、彼には計算もあったから。
ずるい人だと思われてもいい。
「アルフレート……?」
驚いたように見開かれている群青色の瞳に、困惑の色が滲んでいた。
その視線から逃げないように、アルフレートは今日何度目かの勇気を奮い立たせる。
「エデルガルト、あなたは僕を友人にしてくれました。その言葉は、胸の中に優しいぬくもりをくれた。……でも、」
どうか、傷つかないで。
最後まで聞いて。
「それと同時に、物足りない僕も生まれてしまった」
エデルガルトの震える指先を、アルフレートはそっと包み込み、自分の頬に寄せた。
「僕の願いは、あなたにいつも笑っていてほしいということ。困っていたら救いたいし、涙が溢れる日は側にいたいのです」
それはきっと、
友人よりも特別な気持ちだから。
「『おともだち』だけでは足りない、欲張りな僕を許してほしい。あなたを独り占めしたい。泣いている顔も、怒っている顔も、」
それから、
「笑っている顔も」
きっと今までの自分では、エデルガルトへ伝えることもできなかったろう。
でもあなたが僕に奇跡を起こしてくれたから。
「僕に魔法をくれたのはあなたです。まだ使いこなすことはできないけど、エデルガルト……」
触れている指先が冷たい。
もう、どちらの温度かわからないくらいだ。
アルフレートは、小さく息を吸った。
顔を上げて、エデルガルトに視線を合わせる。
真っ直ぐに。
「あなたを幸せにするのは、僕でありたい」
エデルガルトがその言葉に反応する前に。
「すっ――――――すてきー!」
エレナの黄色い声が、王女宮のゲストルーム中に響き渡った。
視線を遣ると、両手で口を押さえて小刻みに震えているではないか。
「こんな素敵な求婚、見たことないわ!」
「アルフレート! 見直したぜ!」
いったいどこから出したのか、ノーマンが飛び跳ねながら紙吹雪を撒き始める。
「すごいよ、アルフレート!」
耳を平らにして、ティルはちぎれそうなほどしっぽを振っていた。
「まったく、あなたたちときたら。興奮しすぎですよ」
嗜めているはずの小さな王女が一番楽しそうなのは、――彼女の名誉のためにも見なかったことにしよう。
やはり気になるのは、エデルガルトだ……。
「あ……っの……」
何か言葉にしようと努力しているようだが、うまくできていないように見えた。
それも当然なのかもしれない。
潤んだ瞳には震えるまつ毛が影を落とし、いつもは薔薇色の頬はまるで苺のように真っ赤に染まっていた。
今にも倒れてしまいそうなエデルガルトの動揺した姿を見て、アルフレートは初めて自分の行動を省みる。
さすがに急ぎすぎたのでは?
こんなに驚かせるなんて……いや、でも……。
考えているうちに、エデルガルトの恥ずかしさがアルフレートにも感染していくようだった。
「……あのっ、もちろん、お友達からでも……」
慎重すぎるアルフレートが戻ってきそうになった、その時。
エデルガルトは、ふわりと自分のスカートに身を沈めた。
そして逃げそうになるアルフレートの指をしっかりと握りしめ、隠れそうになる視線を逃すまいと見つめ返した。
「アルフレート、あなたばかりひどいです」
「え……?」
「笑ってほしい、頼ってほしい、側にいたい……そう願っているのが、まるでご自分だけみたいな言い方……」
エデルガルトはそこまで言葉にすると、居た堪れないように唇をきゅっと閉じた。
そして、
「わたくしなんか、あなたよりずっと前から、思ってましたわ!」
小さく、叫ぶように吐き出したエデルガルトの告白が、アルフレートの耳に届く。
いや、そんなはずはない。
だって、あなたは僕のことを僕だって知らなかった筈なんだから……。
だから笑っていて欲しいと思っていたのは――。
……ああ、もう!
そんなことは、どうでもいい。
「愛しています、エデルガルト」
「っ……!」
エデルガルトの返事を聞く前に、
「「「おめでとうー!」」」
今度の静寂を破ったのも、コボルドたちだった。
「ちょっとノーマン、なんで紙吹雪使っちゃったのよ! 使うなら今でしょっ」
「じゃあ、ぼく作ってくるよお」
「「それじゃ間に合わない!」」
精霊たちが浮かれ切っている中、どこか寂しげな薄紅色の瞳が自分たちを見つめていることに、アルフレートは気づかずにいた。
やがてその視線が安堵に変わったことも。
小さな王女、フロリアンの心の奥は、未だ誰も知ることはない。