夢幻に消えた君と、存在しない約束の続きを。
玄関を開けると、少し冷気を帯びた秋の風が僕の頬を撫でた。
家の中の、時間が止まったような静寂を振り払い、僕はいつもの通学路へと足を踏み出す。
住宅街の細い道には、登校中の小学生たちの黄色い帽子が点々と連なり、元気な声が響いている。
その時だった。
ふわりと、季節外れの風が僕の横を通り抜けた。
鼻を掠めたのは、今この場所に、この季節にあるはずのない匂い。
「⋯⋯桜?」
それは、春の訪れを告げるような、淡くて甘い桜の香りだった。
思わず立ち止まり、周囲を見渡す。
あるのは色づき始めた銀杏の並木だけで、どこにも薄紅色の花びらなんて見当たらない。
けれど、その香りは僕の意識の奥深くに爪を立て、離れようとしない。
まるで、まだ出会っていない誰かが、そこから僕を手招きしているような、そんな奇妙な錯覚。
ふと、立ち止まって空を見上げる。雲一つない高い空。
⋯⋯眩しすぎるな。
視界がチカチカと火花を散らす。
最近は光に対して敏感になっている気がする。
これが疲れのせいなのか、それとももっと別の不吉な何かの前触れなのか。
駅のホームが見えてくる頃には、心臓の鼓動が不自然に速くなっていた。
改札を抜ける。自動改札機の無機質な電子音。
けれど今の僕にとって、それらの音は膜を一枚隔てた向こう側の出来事のように、ひどく遠く感じられた。
一歩、一歩と足を前に進めるたびに、鉛でも流し込まれたかのような重みが足首にのしかかる。