夢幻に消えた君と、存在しない約束の続きを。


校門をくぐり、駅へと続く緩やかな坂道を下っていく。


幸一は「今日はポテトも特大サイズにするからな!」と上機嫌に笑い、島は「食べ過ぎて明日の体育を欠席するなよ」と、いつもの調子で釘を刺している。


二人の声は、夕暮れの街に溶け込むごくありふれた放課後の音色だった。


けれど、僕の感覚だけがその輪の中から、じりじりと剥がれ落ちていく。
アスファルトを蹴る靴の感触が、まるでおぼつかない。


「⋯⋯なぁ、なんか変じゃないか?」


絞り出した声は、自分でも驚くほどかすれていた。


「変? 何がだよ。お前、マジで顔色が土気色だぞ」


立ち止まった幸一が僕の顔を覗き込む。
その表情には、先ほどまでのふざけた様子はなく、本物の困惑が浮かんでいた。
 


そんな中、僕の視界を掠めたのは、街灯の柱から舞い落ちる花びらだった。
十月の乾いた風に吹かれ、それは雪のように足元を埋め尽くしていく。


「桜⋯⋯」


「桜? 何言ってんだよ佑介、今は秋だろ。 舞ってるのはただの枯れ葉」


島が僕の肩に手を置く。
その掌の温度は確かに感じられるのに、僕の目に見えている景色は、島たちの語る現実とは決定的に食い違っていた。


銀杏の並木は、いつの間にか満開の桜並木へと姿を変えている。

夕日のオレンジ色は、夜の底のような深い藍色に侵食され、空には見たこともないほど巨大な星々が瞬き始めた。


世界が、書き換えられていく。
肺の奥まで満たしていくのは、甘ったるい匂い。


気づけば、幸一と島の姿も、霧の向こう側にいるようにぼやけていた。

雑踏の音が遠のき、静謐な夜の静けさが僕を包み込む。
その沈黙を切り裂くように、あの声が響いた。


​『――こっちだよ、佑介くん』


それは、抗いようのない引力を持った響きだった。


僕は、自分を呼ぶその声の主を探して、ふらりと車道の方へ足を踏み出していた。

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