あと一分だけ
あと一分だけ
助手席に乗り込んだ途端、私は怯える。
また、いつものように時間が瞬く間に過ぎ去り、別々の場所に帰る時が訪れる。
その辛さに耐えるのは容易ではないことを知ってるから。
眩しそうに私を見る彼。
「久しぶりだね。今日は何時まで大丈夫なの?」
彼の問いに、いつも通り、と私は答える。
私の胸中など知る由もなく、彼は車を発進させる。
やっと会えて嬉しいはずなのに、別れの時を思い、私は途端に寂しさに襲われる。
ハンドルを握る彼は、時折笑顔を向けてくる。
(あなたは寂しくならないの?)
逢瀬の時間は瞬く間に過ぎていくのに、彼はそれに気づいてないみたい。
時折盗み見る彼の横顔は、どことなく無表情に感じられ、胸中を読みとるのは難しい。
私は今、この時を愛おしむことを忘れ、別れの時を憂える。
彼は夜景が見える公園の駐車場に、車を停める。
「この1週間、キミはどういうふうに過ごしてたの? 何か楽しいこと、あった?」
彼は屈託のない笑顔を向けてくる。
「楽しいことなんてなかった。ただ仕事に行って、帰ってくるだけよ。あなたに会う以外に、楽しいことなんて1つもないわ」
「おや、それはちょっといけないね。何か興味のあること、やりたいこととか、ないの?」
「ないわ」
私はきっぱりと言い切る。
「今、興味があるのは、あなただけなの」
「そうか、それはそれで嬉しいけどね。でも、ほどほどにね。恋にのめり込むのも度が過ぎると、自分を見失ってしまうからね」
どこまでも冷静な彼。高みの見物のような余裕の言葉を浴びせられ、なぜそんなにも冷静でいられるの? と言いたくなる。が、言えない。惚れてる弱みのせいで、私は言葉を飲み込む。
こうしている間にも、時間は刻々と過ぎていく。
彼の顔のどこにも寂しさのようなものは感じられない。平静を保つ彼に反比例して、私は完全に笑顔を失う。
別れの時が迫り、それでも平然としている彼が憎い、とすら思う。
彼のような性格は、最も禁断の恋に適しているのだろう。
「まだ、帰りたくないわ」
言うだけ無駄だと分かっていても、つい口から零れ出てしまう。
「いつもより遅くなるのはダメだよ。お互い、家人に疑われるようなことはしないほうがいい。それが、僕達の関係を続ける秘訣だ」
そう、あっさり言い切ると、彼は煙草に火をつける。
私は落胆する。
禁断の恋を続けていくためには、掟は破ってはいけない。それは充分承知しているつもりだが、彼のようにあっさりと割り切るのは、なかなか難しい。
(私は、不倫には向いてないのかもしれない)
「じゃあ、また連絡するよ」
さばさばとした口調の彼に反感を持ちつつ、私はわがままを言う。
「もう少しだけ、一緒に居ていい? あと、1分だけでいいから」
彼は、少し困った顔をする。
が、私のほうに手を伸ばし、抱き寄せる。
彼の手が愛おしむように、私の髪を撫でる。その心地良さに浸りながら、目を閉じる。
「明後日くらいには、また時間取れると思う」
彼の言葉に安堵する。
当分会えないだろうと決めつけていたため、嬉しさが込み上げてくる。
(これでまた、次に会う時まで何とか生きていけるわ)
そうして、名残惜しい気持ちと幸福感がない混ぜになりながら、私は寂しさから逃れようとしていた。
でも本当は、もっと彼の傍にいたい。
彼から離れたくない。
「じゃあ、そろそろ……」
私の肩を抱き寄せていた彼の腕が、離されようとしている。
「イヤ、あともう少しだけ、いいでしょう?」
そう言いながら、彼に抱きつく。
彼は溜め息をつき、
「分かった。本当に、これで最後だよ」
再び、彼は労るように優しく抱きしめてくる。
彼の胸もとに額を押しつけ、温もりを感じながら思う。
(なぜ、別々の場所に帰らなければならないの? 今、この時がずっと続いていけばいいのに)
彼の腕の中で、叶わぬ願いを欲した。
私は更に額を強く押しつけ、彼にしがみついた。
了
また、いつものように時間が瞬く間に過ぎ去り、別々の場所に帰る時が訪れる。
その辛さに耐えるのは容易ではないことを知ってるから。
眩しそうに私を見る彼。
「久しぶりだね。今日は何時まで大丈夫なの?」
彼の問いに、いつも通り、と私は答える。
私の胸中など知る由もなく、彼は車を発進させる。
やっと会えて嬉しいはずなのに、別れの時を思い、私は途端に寂しさに襲われる。
ハンドルを握る彼は、時折笑顔を向けてくる。
(あなたは寂しくならないの?)
逢瀬の時間は瞬く間に過ぎていくのに、彼はそれに気づいてないみたい。
時折盗み見る彼の横顔は、どことなく無表情に感じられ、胸中を読みとるのは難しい。
私は今、この時を愛おしむことを忘れ、別れの時を憂える。
彼は夜景が見える公園の駐車場に、車を停める。
「この1週間、キミはどういうふうに過ごしてたの? 何か楽しいこと、あった?」
彼は屈託のない笑顔を向けてくる。
「楽しいことなんてなかった。ただ仕事に行って、帰ってくるだけよ。あなたに会う以外に、楽しいことなんて1つもないわ」
「おや、それはちょっといけないね。何か興味のあること、やりたいこととか、ないの?」
「ないわ」
私はきっぱりと言い切る。
「今、興味があるのは、あなただけなの」
「そうか、それはそれで嬉しいけどね。でも、ほどほどにね。恋にのめり込むのも度が過ぎると、自分を見失ってしまうからね」
どこまでも冷静な彼。高みの見物のような余裕の言葉を浴びせられ、なぜそんなにも冷静でいられるの? と言いたくなる。が、言えない。惚れてる弱みのせいで、私は言葉を飲み込む。
こうしている間にも、時間は刻々と過ぎていく。
彼の顔のどこにも寂しさのようなものは感じられない。平静を保つ彼に反比例して、私は完全に笑顔を失う。
別れの時が迫り、それでも平然としている彼が憎い、とすら思う。
彼のような性格は、最も禁断の恋に適しているのだろう。
「まだ、帰りたくないわ」
言うだけ無駄だと分かっていても、つい口から零れ出てしまう。
「いつもより遅くなるのはダメだよ。お互い、家人に疑われるようなことはしないほうがいい。それが、僕達の関係を続ける秘訣だ」
そう、あっさり言い切ると、彼は煙草に火をつける。
私は落胆する。
禁断の恋を続けていくためには、掟は破ってはいけない。それは充分承知しているつもりだが、彼のようにあっさりと割り切るのは、なかなか難しい。
(私は、不倫には向いてないのかもしれない)
「じゃあ、また連絡するよ」
さばさばとした口調の彼に反感を持ちつつ、私はわがままを言う。
「もう少しだけ、一緒に居ていい? あと、1分だけでいいから」
彼は、少し困った顔をする。
が、私のほうに手を伸ばし、抱き寄せる。
彼の手が愛おしむように、私の髪を撫でる。その心地良さに浸りながら、目を閉じる。
「明後日くらいには、また時間取れると思う」
彼の言葉に安堵する。
当分会えないだろうと決めつけていたため、嬉しさが込み上げてくる。
(これでまた、次に会う時まで何とか生きていけるわ)
そうして、名残惜しい気持ちと幸福感がない混ぜになりながら、私は寂しさから逃れようとしていた。
でも本当は、もっと彼の傍にいたい。
彼から離れたくない。
「じゃあ、そろそろ……」
私の肩を抱き寄せていた彼の腕が、離されようとしている。
「イヤ、あともう少しだけ、いいでしょう?」
そう言いながら、彼に抱きつく。
彼は溜め息をつき、
「分かった。本当に、これで最後だよ」
再び、彼は労るように優しく抱きしめてくる。
彼の胸もとに額を押しつけ、温もりを感じながら思う。
(なぜ、別々の場所に帰らなければならないの? 今、この時がずっと続いていけばいいのに)
彼の腕の中で、叶わぬ願いを欲した。
私は更に額を強く押しつけ、彼にしがみついた。
了


