貴方と奏でる夜想曲 貴女に奏でる小夜曲
ふたりを包む空気が、とろんと甘く色づいていく。
微笑む彼の表情は、嬉しそうでもあり、どこか安堵したようでもあり、やっぱり私をキュンとさせた。
「僕、限界だったよ」
「え?」
「頑張って“いい友達”でいるの」
(それはこっちの台詞だよぅ!)
喉まで出かかった台詞をどうにか飲み込む。
だって、そうさせたのは他ならぬ私自身だったのだから。
「……ごめんなさい」
「いや、僕に意気地がなかっただけだもの」
彼はちょっと情けなさそうに微笑んだ。
「過去の経験から、自分には結局“いい友達”がお似合いなのかも、とか落ち込んだり」
「そんな……」
「西岡みたいに、恋愛を求めない生き方もアリなのかなあ、とか思ったり」
「えっ」
(恋愛、求めているみたいだけど???)
でも、言えやしない言えやしない……。
「けどやっぱり、圭介とハマちゃんや、松尾や保阪を見ていると、好きな人とずっと一緒って、いいなあって」
(なんという乙女な台詞を……)
でも、そんなかわいいクロカワもよき!
「シライシ」
(あっ……)
ビオラ弾きの大きくて華奢な美しい手が、女性にしては少し大きなピアノ弾きの手を包む。
ふたりで多くの時間を、しかも割と密に過ごしてきた気でいたけれど、こんなふうに触れ合うのは、たぶん初めて。
胸がきゅーっと甘ーく締めつけられる感覚。
高鳴る鼓動。
呼吸するだけでいっぱいいっぱいの胸に、彼の言葉が静かに響いた。
「僕と、お付き合いしてもらえませんか?」
眼鏡の奥の優しい瞳が、まっすぐに私を見つめる。
そうして、もう一言。
「できれば、結婚を前提に」
(えっ……!!)
私の心臓、動いてる???
そりゃあ、お互いにいいオトナだもん。
将来のことを視野に入れてもおかしくない、というか、むしろ当然?
(でも……)
私は正直に告白した。
「……初めて言われた」
「え?」
「その……結婚を?前提に?」
だって今までお付き合いした人で、こんにふうに言ってくれた人、いなかったもの。
「僕も」
「え?」
「初めて言った」
(そうなの? どうしよう、すごい嬉しい!)
「けっこう緊張した」
ちょっと困ったように笑う彼が愛くるしい。
「緊張うつりまくりだよ」
「それは申し訳ない」
悪びれもせず笑う彼に、私も釣られてくすくす笑う。
「返事を聞かせてもらっても? もし、考える時間が必要なら――」
「大丈夫!もうね、嫌になるくらい考えて考えて、いつも考えていて、考え倒したから」
「そんなに考えてくれていたの?」
「……そうだよ」
瞬間、ひょいと引き寄せられて、彼の腕の中におさまった。
「すごい嬉しい」
「なら、よかったデス……」
(ドキドキするけど、なんか落ち着く)
きっとずっと、あこがれていた感覚。
「ごめんね、遠回りして待たせてしまった」
「ううん。私ね、実は今日、自分の気持ちを伝えるつもりでいたんだよ」
「そうなの!?」
驚いた彼が、私の体をいったん離して、まじまじと見つめる。
「今日って、今日???」
「うん。アザラシヴィリのノクターンが最後のデュオになるかもって覚悟してた」
私がけろりと言うと、彼は心底ほっとした顔をして、大きく息をついた。
「よかった、間に合って」
再び、彼の腕の中。
ふわっと、きゅっと、抱きしめられる。
「ありがとう、言ってくれて。嬉しかったよ」
男性から言うべき、だなんて考えはないけれど。
(それでもやっぱり……)
心を砕いて、言葉を尽くしてくれたこと。
拒絶、落胆、傷心、きっといろんなことを想像したでしょうに。
それでも私を望んで、勇気を出して一歩踏み出してくれたこと。
(ほんとう、幸せすぎてもう……)
「私たち、これからも一緒に弾けるんだよね。ずっと、いっぱい」
「もちろん」
「ビオラ、聞きたい」
「僕も。ピアノ、聞かせてよ」
彼がどちらのピアノでもいいよと言ったので、私はレッスン室のグランドピアノではなく、アップライトピアノがいいと言った。
練習ではいつも当日のことを考えてレッスン室のピアノを使っていたので、こちらのピアノで合わせるのは初めてのこと。
(ふたりの新たな始まりのデュオ、なんて……)
丁寧に調弦をする彼の様子を気にしながら、超ご機嫌で指慣らしをする。
「どう? 僕はとりあえず大丈夫だけど」
「私も」
「テンポはこれくらいでいい?」
“トントントントン”と、彼が指先でピアノをごくごく優しく叩く。
「うん。それくらいで」
(ちょうど、私が心地よいテンポとおんなじだ!)
曲の入りは、ピアノの美しいアルペジオから。
“行きます”
“いつでもどうぞ”
目と目で、心と心で確認して、曲が始まる――。
微笑む彼の表情は、嬉しそうでもあり、どこか安堵したようでもあり、やっぱり私をキュンとさせた。
「僕、限界だったよ」
「え?」
「頑張って“いい友達”でいるの」
(それはこっちの台詞だよぅ!)
喉まで出かかった台詞をどうにか飲み込む。
だって、そうさせたのは他ならぬ私自身だったのだから。
「……ごめんなさい」
「いや、僕に意気地がなかっただけだもの」
彼はちょっと情けなさそうに微笑んだ。
「過去の経験から、自分には結局“いい友達”がお似合いなのかも、とか落ち込んだり」
「そんな……」
「西岡みたいに、恋愛を求めない生き方もアリなのかなあ、とか思ったり」
「えっ」
(恋愛、求めているみたいだけど???)
でも、言えやしない言えやしない……。
「けどやっぱり、圭介とハマちゃんや、松尾や保阪を見ていると、好きな人とずっと一緒って、いいなあって」
(なんという乙女な台詞を……)
でも、そんなかわいいクロカワもよき!
「シライシ」
(あっ……)
ビオラ弾きの大きくて華奢な美しい手が、女性にしては少し大きなピアノ弾きの手を包む。
ふたりで多くの時間を、しかも割と密に過ごしてきた気でいたけれど、こんなふうに触れ合うのは、たぶん初めて。
胸がきゅーっと甘ーく締めつけられる感覚。
高鳴る鼓動。
呼吸するだけでいっぱいいっぱいの胸に、彼の言葉が静かに響いた。
「僕と、お付き合いしてもらえませんか?」
眼鏡の奥の優しい瞳が、まっすぐに私を見つめる。
そうして、もう一言。
「できれば、結婚を前提に」
(えっ……!!)
私の心臓、動いてる???
そりゃあ、お互いにいいオトナだもん。
将来のことを視野に入れてもおかしくない、というか、むしろ当然?
(でも……)
私は正直に告白した。
「……初めて言われた」
「え?」
「その……結婚を?前提に?」
だって今までお付き合いした人で、こんにふうに言ってくれた人、いなかったもの。
「僕も」
「え?」
「初めて言った」
(そうなの? どうしよう、すごい嬉しい!)
「けっこう緊張した」
ちょっと困ったように笑う彼が愛くるしい。
「緊張うつりまくりだよ」
「それは申し訳ない」
悪びれもせず笑う彼に、私も釣られてくすくす笑う。
「返事を聞かせてもらっても? もし、考える時間が必要なら――」
「大丈夫!もうね、嫌になるくらい考えて考えて、いつも考えていて、考え倒したから」
「そんなに考えてくれていたの?」
「……そうだよ」
瞬間、ひょいと引き寄せられて、彼の腕の中におさまった。
「すごい嬉しい」
「なら、よかったデス……」
(ドキドキするけど、なんか落ち着く)
きっとずっと、あこがれていた感覚。
「ごめんね、遠回りして待たせてしまった」
「ううん。私ね、実は今日、自分の気持ちを伝えるつもりでいたんだよ」
「そうなの!?」
驚いた彼が、私の体をいったん離して、まじまじと見つめる。
「今日って、今日???」
「うん。アザラシヴィリのノクターンが最後のデュオになるかもって覚悟してた」
私がけろりと言うと、彼は心底ほっとした顔をして、大きく息をついた。
「よかった、間に合って」
再び、彼の腕の中。
ふわっと、きゅっと、抱きしめられる。
「ありがとう、言ってくれて。嬉しかったよ」
男性から言うべき、だなんて考えはないけれど。
(それでもやっぱり……)
心を砕いて、言葉を尽くしてくれたこと。
拒絶、落胆、傷心、きっといろんなことを想像したでしょうに。
それでも私を望んで、勇気を出して一歩踏み出してくれたこと。
(ほんとう、幸せすぎてもう……)
「私たち、これからも一緒に弾けるんだよね。ずっと、いっぱい」
「もちろん」
「ビオラ、聞きたい」
「僕も。ピアノ、聞かせてよ」
彼がどちらのピアノでもいいよと言ったので、私はレッスン室のグランドピアノではなく、アップライトピアノがいいと言った。
練習ではいつも当日のことを考えてレッスン室のピアノを使っていたので、こちらのピアノで合わせるのは初めてのこと。
(ふたりの新たな始まりのデュオ、なんて……)
丁寧に調弦をする彼の様子を気にしながら、超ご機嫌で指慣らしをする。
「どう? 僕はとりあえず大丈夫だけど」
「私も」
「テンポはこれくらいでいい?」
“トントントントン”と、彼が指先でピアノをごくごく優しく叩く。
「うん。それくらいで」
(ちょうど、私が心地よいテンポとおんなじだ!)
曲の入りは、ピアノの美しいアルペジオから。
“行きます”
“いつでもどうぞ”
目と目で、心と心で確認して、曲が始まる――。