貴方と奏でる夜想曲 貴女に奏でる小夜曲
「この素敵な“装備”は僕のために?」

「そのつもりで頑張ったけど……?」

「嬉しいね」

(嬉しいのは私のほう)

彼なら意図を察してくれると思っていたけど、やっぱり。

こうしてちゃんと気にかけてくれたのだから。

「真秀と一緒にお店に行ったの。でね、ふたりで色違いのお揃いを買ったんだよ」

(ミッションコンプリート!)

心の中でほくそ笑みつつ、遠慮がちに彼の反応を観察する。

「仲良しだなあ、瑞樹と松尾妻は」

「親友だもん」

「素敵だね」

「真秀も旦那様に見せるって言ってた」

「それはそれは」

楽しそうに笑う彼に、つられるように私も笑う。

こんなときに? こんなにほっこりしてるとか?

ちょっと不思議で、なんだか幸せ。

「お揃いとか、女の人たちのそういうの、楽しそうでいいよね。可愛らしいし」

「そう???」

「だってほら、男はそういうのやらないでしょ」

「そうなの?」

「僕と松尾だって、それなりに付き合い長いし仲はいいけど。だからといって、お揃いのトランクス買おうぜとはならないからね」

彼は愉快そうに笑うと、私の頬にキスをした。

「花模様とか、すごく可愛い」

「……ありがと」

「可愛いだけじゃなくて、清楚で品よく見えるのは、瑞樹がつけているからだね」

「そんなこと……」

(だってそんな“清楚”だなんて……)

さらっとすごく褒められて、思わず頬が熱くなる。

真秀がしきりに「清楚な花柄」って言ってたけど、大正解ってことかな。

(それにしたって、ちょっと褒めすぎな気も……)

「柊は私のこと甘やかしすぎかも」

「そう?」

「たぶん?」

「僕的には甘やかし足りないくらいなんだけど」

「なんと!」

ちょっとおどけて驚く私を、彼が愛おしそうに見つめる。

どこか熱っぽい眼差しが、私をとらえて離さない。

「電気、消したほうがいいかな?」

「……うん」

(柊は、これだから……)

彼は私に察することを求めない。

なのに自分はこんなふうに、私の気持ちを十分察して、思いやってくれるのだもの。

「瑞樹、一緒に決めた“呪文”は大丈夫?」

「大丈夫、だけど」

「瑞樹の気持ちが一番大切だからね」

(でも、そうしたら……???)

「……柊の気持ちは?」

「僕の気持ちを大事と思うなら、瑞樹の気持ちを大事にしてよ」

(そんなこと言われたら、泣きそうになるよ)

「なんか、私本位みたい」

「瑞樹が気楽にすごせることが、僕の本位だよ」

彼は穏やかに微笑むと、私にリモコンをよこした。

「照明、何段階か調光可能だよ。僕はいつも、点けるか消すかだけど。お好みでどうぞ」

常夜灯の明るさよりは暗いけど、真っ暗ではない。

ごくごく仄かな灯りの下で、私は彼に身をまかせた。

「なんだかすまないね、せっかくの素敵な“装備”なのに“解除”して」

「柊に“解除”されるために整えてきた“装備”だもん」

「可愛いこと言ってくれるなあ」

冒険へ出るために整えてきた装備。

けれども実際は“無防備”になれなきゃ冒険できないという矛盾。

今さらだけどなんだか妙におかしくて。

くすりと笑うと、彼が不思議そうに首を傾げた。

「どうかした?」

「ううん、なんでも。ただ、楽しいなって」

ドキドキしながら、ワクワクしてる。

(柊と一緒だから、だよね)

どんな私も好きだと彼は言ってくれたから。

私を、もっと知りたいと望んでくれたから――。

「瑞樹が楽しいと、僕は嬉しくて心安いよ」

(嬉しいのも心安いのも、きっともっと私のほう)

その手のひらから、指先から、あるれるほどに伝わる彼の想い。

柔らかに触れる甘い体温。

触れた先から体は切ない熱を帯び、心までもとろけてゆく。

(こういうときって、こういう感じだったっけ???)

彼は、なんというか――まるで猫を可愛がるように私を愛でた。

誤解をおそれずに言うなら、猫をヨシヨシしているとき、人間は完全に猫の下僕だ。

これはまあ、私個人の経験談に過ぎないといえばそうなのだけど。

猫の腹見せは絶対服従のポーズなんていわれるけれど、それはちょっと違くて。

人間に対しては「よきに計らえ」という、お猫様からのお許しの合図に過ぎないのだ。

もちろん、私はお猫様気取りのつもりはないけれど。

(でも……)

「柊は、やっぱり甘やかしすぎ、だと思う……」

「甘やかし足りないって言ったじゃない」

「けど……っ」

「いや?」

「いや、じゃ、ないけど……」

(そんな、だって……こんなふうにされて、嫌なわけがないじゃない)

「なら“よい”ということ?」

「だから、それは……っ」

「聞かせて、瑞樹の気持ちを」

(……意地悪)

心の中で悪態をつきながらも、わかっている。

彼の言葉は本気の本当。

ただの意地悪なんかじゃないってこと。

「瑞樹のこと、ちゃんと知りたいって思ってるよ」

「ん……」

戸惑う唇に、ふわりと重なる優しい唇。

触れ合うだけのキスに、胸がキュンとときめいた。

「私も。いっぱい知りたいって思ってるよ、柊のこと」

「嬉しいね」

「それで……」

「うん」

「その……“いや”か“よい”か、だけど……」

「うん」

「……とっても“よい”です」

(うぅ、恥ずかしすぎる……)

でも、よかった。

“欲しい”ではなく“知りたい”と言ってくれた彼に、ちゃんと伝えられて。

「そういうところだよ、瑞樹の」

「へ?」

「知れば知るほど好きになる」

「それはこちらの、台詞、だし……っ」

「瑞樹って、実はけっこう負けず嫌い?」

「なっ……そう、ですけど……!」

(我ながら可愛くないなぁ、もう)

「たまーに、よくわからない意地を張るもんね」

「だって……!」

「だって、何?」

「柊が……っ」

「僕が?」

(柊が、あんまり優しくするから……)

触れられたり、触れ合ったり、そういう経験がこれまで誰ともなかったわけじゃない。

でも、こんなに……こんなふうに、甘やかされたことなどなかったもの。

あやすように機嫌をとられて、かしずかれて。

これでもかってくらいに、ただひたすらに甘やかされる。

(私、まるでお猫様だよ)

「柊って猫派だよね、絶対に」

「いきなり何の話?」

穏やかに微笑みながら、愛撫する手はそのままに。

「僕は猫派でも犬派でもないかな。動物はだいたいみんな好きだよ」

「ふーん」

「瑞樹は犬っぼいよね」

「へ?」

「律儀でさ、気まぐれな猫とは大違い。正しいのが好きで、まっすぐで。だから、傷つきやすくて」

「そんな、ことっ」

「あるよ」

「っていうかもう……どっち派とか、じゃなくて……私が犬属性とか?そういう話じゃん……」

「そう?」

その余裕が、心と体を甘く淫らに追いつめる。

(柊ってば……!)

その慎重さに、胸がキュンとときめいて。

その冷静さに、ジレジレと心が切ない熱を帯びる。

「瑞樹は瑞樹でしょ」

「だからっ……」

(ああもう、ほんとう……どうしようもない)

私は甘いあまい快楽の波にざんぶり呑まれて、流されて――。

意地も理性も恥じらいも、みんなみんな失くして、ただ静かにくったり脱力した。

「瑞樹?」

「……どうしていいかわからないよ」

「何が?」

「だって……」

「だって?」

「こんなに“どろっどろ”に甘やかされたことないから」

「“どろっどろ”って……」

彼が穏やかに笑いながら私の頭をヨシヨシ撫でる。

「せめて“とろっとろ”とか言い方ないの?」

「“どろっどろ”は“どろっどろ”だもん」

「嫌だった?」

(もうっ!)

「……意地悪」

ぷいと顔をそむけると、彼はいっそう優しい声で言った。

「瑞樹が嫌なことはしたくないんだよ。ちゃんと教えてくれなきゃわからない」

(そうやってまた……)

やっぱり意地悪。

でもでもやっぱり、本気の本当なんだもの。

私は甘えるようにぬるっと彼にくっついた。

「嫌とかじゃなくて。思い知らされただけだよ」

「何を?」

「柊が私のこと、すっごく大事に想ってくれてるってこと」

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