貴方と奏でる夜想曲 貴女に奏でる小夜曲
自称“治癒魔法しか取り柄のない僧侶”と、仲間になった“ピアノくらいしか取柄のないモンスター”。

そんなふたりが、初めて一緒に出かけた冒険の旅。

言葉では伝えきれない想いを確かめ合うために体を重ねた、と思っていたけれど、実際は――。

旅路の果て、とろんと甘い気だるさの中、私たちは仲良く横になって、向かい合って語り合った。

「私、こういうときにこんなに話したのって初めてだと思う」

「そう?」

「そうだよ」

行為の前も、最中も、こうしてその後も……。

互いに心を尽くし、言葉を尽くし、肌を合わせる。

私にとって、それはとても新鮮で、ちょっと不思議な感覚だった。

デュオでは、音が合わさる一体感に心が震えた。

触れるのは楽器、重なるのは音と音、言葉を介さない感覚と感性が織りなす世界。

その感動があったからこそ、私はいっそう彼に心惹かれて夢中になった。

(でも、まさかこんな世界があるなんて……)

圧倒的な一体感と、甘やかな高揚感と、心地よい安心感。

彼の優しいぬくもりを間近に感じながら、私はこの上ない幸福感で満たされていた。

「僕ってさ」

「うん?」

「“そういう欲求”が強いかと言うと、あまり強くはないほうかもしれなくて」

(えっ、と……)

ちょっと戸惑いながら、続きに耳を傾ける。

「あ、誤解しないでね。今こうしているのは、瑞樹としたいと思ったからで。決して彼氏としての責務がどうとかではないので」

「う、うん」

彼はいつもの穏やかな口調で先を続けた。

「好きな人としたいという気持ちはあるんだよ。ただなんて言うの、草食ではないけど少食というか」

(少食……)

彼が話してくれたのは、勤務医の過酷な日常だった。

「眼科って生死にかかわる科ではないとされているけど、急を要するオペはそれなりにあったりするんだよ。視力を失うかどうかだって、人生の一大事だからね」

「それはそうでしょ」

「うん。それで、入院している患者さんもいるし。クリニックと違って当直なんかもあるし。どうしてもハードワークになりがちなのは否めないという」

そういえば、真秀も言っていたっけ。

入院病棟のある医療機関の勤務医は、とにかく大変だって。

普通の会社員が考える働き方の常識がまったく通用しない世界だ、って。

「僕ってたぶん、エネルギータンクがひとつしかない仕様なんだよね」

「へ?」

「つまり、エネルギー源はひとつで、その資源をいろいろなものに割り当ててやりくりしている、みたいな?」

「資源……」

「そうすると、超繁忙で仕事へ多くのリソースを割かなきゃならないとき、他から回してこなきゃいけないわけだけど」

「うん」

「僕の場合は、まず最初に犠牲なるのが性欲で、次が食欲、最後まで削れず残るのが最低限の睡眠欲となるのね」

「なるほど……」

私だって仕事でヘトヘトのときは、体力も気力も切れて何もする気になれなかったりするけど。

「お医者様って、体力的にも大変だけど、精神的にもすごく大変だよね……」

私がもそっと近寄ると、彼は頭を撫でてくれた。

「純白の労働環境ではないね、残念ながら」

「むぅぅ」

「でも、激務の勤務医がみんな少食傾向かと言うと、そうでもなくて」

「そうなの?」

「うん。外科の人たちなんて概してみんなほんっとタフでさ」

「へえー」

「なんて言うの、それこそエネルギータンクが3つも4つもあるみたいな?」

「超人的」

「そうそう。だってさ、オペして、ステーキ弁当食いながらオペの動画見て、飲み行って、女の人とあれこれして、またフツーに出勤して、外来出て、オペして……。僕から見れば、まったく別の惑星の人たちだよ」

「なんか、体育会系」

「まさしくね。文化系の僕には別世界」

彼はやれやれと苦笑いすると、ちょっと気を取り直して言った。

「それで、僕が何を言いたかったのかと言うと――」

「うん?」

「これから、もし……瑞樹がせっかく会いに来てくれたのに、僕が“何のお構いもできない”ようなことがあっても、傷ついたりしないでね、と……」
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