貴方と奏でる夜想曲 貴女に奏でる小夜曲
楽しい時間は瞬く間に過ぎてゆく。

お料理はおしまいで、あとはデザートを残すのみになっていた。

すると――。

(ん? なんだろう?)

店内がにわかに騒めいて――。

「お待たせいたしました。本日のデザートでございます」

オーナーさんが運んできてくれたのは、大きなまあるいプレートで。

しかも、盛り付けられているのは、明らかに特別なデザートだった。

「あ、あのっ」

「お誕生日おめでとうございます」

「ええっ」

瞬間、さっきまで沈黙していたピアノが美しく鳴った。

楽しく軽快な演奏とともに響く、店内の人々の温かい手拍子。

(こんなことって……)

曲がおわると盛大な拍手が巻き起こり、キャンドルの火を吹き消すように促されて。

そして、思い切り吹き消すと――。

「おめでとうございます!」

さらに大きな拍手に包まれて、私はたくさんの祝福を受けながら29回目の誕生日を迎えた。

戸惑いながらクロカワを見ると――。

「おめでとう、シライシ。何度目の誕生日かは聞かないけど」

「どうせ29回目ですよ!」

「言わなくてもいいのに」

「なっ……ていうか、なんで???」

「問・診・票」

「ああっ!」

ニヤリと笑うクロカワに、完敗の私。

嬉しいのに悔しくて、悔しささえも嬉しくて。

(クロカワ、この策士め……)

そんな私の表情に、クロカワがしてやったりとフフンと笑う。

「あなたねぇ」

(もう!もう!もう!またそうやって!)

「誕生日ならそう言ってくれればいいのに、みずくさいなぁ」

「だって……」

ただ会えるだけで十分だと思ったから。

それだけでもう、十分すぎる誕生日プレゼントだと思ったから。

だから、自分にご褒美をあげるつもりで、思い切ってクロカワを訪ねた。

なのに、こんな……。

「ちょっと気障ったらしいかなとも思ったんだけどね。でも、特別な日だし。友達がいのあるとこ見せてやりたいなんて意地もあってさ」

「びっくりしたんだから、もう……」

「喜んでいただけましたか?」

「もちろん、それはもう。ほんとう、最高の誕生日をありがとう」

「よかった」

(あああああ、どうしてそんなに愛くるしく笑うわけ!)

外身はクールな“黒川先生”だけど、やっぱり中身は私が知ってる可愛い“クロカワ”なんだもの。

ドキドキして、キュンキュンして、ほんとう忙しすぎて心臓に悪い。

それにしても、生のピアノが聞けるだなんて。

「あの、ピアニストさんて……?」

「ああ、そこのカウンター席に座ってるお客さん」

「へ?」

クロカワが振り返ったその先に視線をやると、確かにさきほどピアノを弾いてくれた男性が。

こちらに気づいて会釈をしてくれたので、あわてて私も会釈を返す。

「オケの後輩くん、だそうです」

「だそうです、って何???」

聞けば、今日は生演奏がお休みだったそうで。

すると、オーナーさんが「なんとかするからまかせて」と。

オケつながりのよしみで、たまたまお客さんとして来ていた後輩さんに白羽の矢が立ったそうな。

「いやー、面識ないんだけどね」

「あらまあ。体育会の文化みたい」

「オケの縦のつながりってありがたいね」

のんきに笑うクロカワに、私もつられてふにゃりと笑う。

(こんな誕生日、幸せすぎて、もう……)

黒縁眼鏡のレンズのこちらで、私が微かに瞳を揺らしていたことに、クロカワが気づいていませんように……。


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