会長様の、お気に入り
一話目
「ねぇ紗耶、ハグにはストレス解消や幸福感を高める効果があるんだって。……僕とハグしない?」
「すみません、言っている意味がよく分かりません」
「あ、携帯に搭載されてる人工知能の真似? 可愛いね、余計に抱き締めたくなっちゃった」
「ああああストップ! ストーップ!!」
座り心地の良さそうな洒落たデスクチェアから立ち上がった目の前の男子から、勢いよく後ろへと下がる。
そのあまりのスピードに、ムスッとしたような顔を浮かべるこの男子……花京院玲夜先輩。またの名を生徒会長様だ。
「そんなに拒否しなくたっていいじゃないか」
「しますって、誰が貴方とハグしたいと思いますか」
「んー…………全員?」
「うっわ腹立つ」
「ははっ、冗談だよ」
再び椅子へ座り直した先輩にホッと胸を撫で下ろす。
この人、本当にしかねないから怖いのだ。未だにされたことはないけど。
「いつも隣にいる副会長さんは? 今日はいないんです?」
「吏翔なら先生に呼ばれたから、席を外しているよ。どうして?」
「ハグならその副会長さんにしてもらえばいいのではと」
「やめてよー、考えただけでもおぞましい」
ここは私立聖桜学園の四階、生徒会室である。
びっくりだよね四階って。イメージ的に学校って三階建てなのに、うちは四階。広いし部屋数多いしで、一年の頃は何度迷子になったことか。
二年になった今でも、たまに現在地が分からなくなるのに。
いわゆるセレブ校といわれるであろう、聖桜学園。生徒の大半は金持ちとか御曹司とか社長令嬢とか、そんな人たちだ。
正門の近くには送迎車専用の駐車場があるし、食堂にあるメニューはどれも高級食材を使ったものばかり。学校行事も規模が大きくて、毎年修学旅行は貸切のクルーズ船で日本一周をしているみたいだし。
例にも漏れず、この生徒会長様も御曹司の一人。なんなら、この人の親が一番この学園を支援しているんじゃないかな。
というのも、巨額の寄付金を渡したり新たな施設を建設したり、色々とこの学園に貢献しているのだ。おかげさまで、教師たちも先輩に頭が上がらないようで、花京院玲夜の言うことは絶対みたいな暗黙の了解があるとかないとか。
そこら辺は、クラスの人たちから盗み聞きたものなので私もあまり詳しくはないけれど。
「あの、ちなみに私は何故ここに呼ばれたんですかね」
「僕の心の安寧のため」
「帰りますね」
「まぁ待ってよ」
生徒会室のドアに行こうとした瞬間に、呼び止められる。
私、何故か、本当に何故かこの人に気に入られていた。いつからだったか……確か、去年の梅雨時、ちょうど今くらいの時期だ。もう一年だなんて早すぎる。
いや、何で? 意味が分からない。可愛い子なら他にも沢山いるよ? 選り取りみどりでしょ? 有名女優の娘だっているのに、何故一般庶民の私なんだ? もしかしてあれか? 金持ちなんて腐るほど見てきたから、逆に一般庶民の方に興味がある的な? ははっ、はっ倒してやりてぇ。
「…………うざ」
「呼び止めただけなのに随分な言われようだなぁ」
そう、私は一般庶民だ。別にどこかのお嬢様でも金持ちでもない。平々凡々、可もなく不可もなくな人間。
そんな私が何故この場違いすぎる学園に入学出来たのか。
……ただのコネだよ。悪かったな、特別な才能があるわけじゃなくて。
実はこの学園の理事長が私のお母さんの父、つまり私からすればお爺ちゃんなのだ。
お爺ちゃんは私が幼い頃からずーっと可愛がってくれていた。それは今でも健在で、今でも色んな贈り物を私にくれる。
そんなお爺ちゃん、私の高校生になった姿をどうしても見たいと言って、この学園に来るように言ってきたのだ。
流石に無理でしょ……とは思いながらも、お爺ちゃんの悲しそうな顔を見たくもないので、ダメ元で聖桜学園を受けてみたらまさかの合格。コネって恐ろしい。
「私の大事な大事な昼休みを、これ以上奪われたくないんですけど」
昼休みに急に、生徒会室に来てと携帯にメールが送られてきて、嫌な予感を抱きつつ来てみたら、冒頭のセリフを言われたわけだ。
「僕より大事?」
「当たり前でしょ何を抜かしてやがるんですか?」
「段々と僕に対して遠慮がなくなってきたよね」
「他の女子生徒に頼めば、先輩が欲しい言葉をくれますよ。よって、これからは私ではない女子に頼んでくださいね。ハグだって、喜んで引き受けると思いますし」
「えー」
すると、先輩はつまらなさそうに唇を尖らせて机の上に顎を乗せる。
「……紗耶がいい」
「わがままですね。これだから金持ちのボンボンは……」
腕を組み、隠すことなく特大のため息を吐いてやった。
初めて先輩を見た時は、優しそうな見た目と優しい性格から、リアル王子様みたいな人だなと思っていたんだけど……意外と面倒くさい性格であることが、何度もこうして話している内に分かってしまった。
目を閉じて彼から目線を逸らしていたのだが、ふと片目だけを開けて先輩の方を見てみる。
アンティーク調のデスクには積み上げられた紙の山が三つほど作られていて、それだけでなく、机の上には何枚も付箋が貼られている。
きっと、全て会長である彼がやる仕事なのだろう。
ハグをしたいと私を呼び出して急に言い出したのは、もしや疲れているからなのでは? そうか……なるほど。
そこでハッとあることを思い出した私。ブレザーのポケットに手を突っ込んでみて、中に入っていた物を取り出した。
未だに唇を尖らせている先輩に、ガキかよと思いながらも隣へ歩み寄る。
「花京院先輩、口」
「?」
「口開けてください」
すると、全く疑うこともなく私の言う通りに口を開けてきた。思わず顔が引きつる。
確かに開けろと言ったのは私だけど……それでいいのか生徒会長。警戒心もクソもない。
どうするの、これでもし唐辛子でも投げ込まれたら。あなた確か辛いの苦手だったよね?
まぁ多少痛い目みてもらった方がいいか……なんて思いながら、私はその開いた口の中に容赦なく包装紙から出した物を突っ込む。
「んぐっ」
驚いたようでくぐもった声を上げた先輩は、目を丸くさせながら口を手で隠した。
私が口の中に入れた物、それは。
「……飴?」
「スーパーとかコンビニでよく売ってるやつで申し訳ないですけどね。私は飴なんかに高い金を出したくないんで。まず飴自体苦手ですし」
登校の途中に、たまたま助けたおばあちゃんからもらった飴玉。断れずに受け取ってしまったから、どうしようかと困っていたけど、こんな所で役に立つとは。
「……疲れた時は甘いものがいいらしいですよ」
「…………」
横から先輩が見上げているのだろう、視線がすごい刺さる。いたたまれず、すぐにその場から離れて生徒会室のドアへと大股で向かう。
「じゃ、私そろそろ行きますね。せいぜい過労死しない程度に頑張ってください。……失礼しました」
ガチャリとドアを開けて、私は生徒会室を後にした。
コロコロと舌で飴玉を転がしてみると、口の中に広がる甘いイチゴ味。
「………ふふっ」
嬉しくてニヤける頬が抑えられない。
その時、生徒会室のドアが開いて、中に副会長が入ってきた。
「お待たせー、玲夜……って何笑ってるの?」
「ううん、何でもないよ」
「何もないならニヤニヤしないでよ……てっきり疲れでおかしくなったのかと思ったじゃんかー」
「失礼だねぇ」
「すみません、言っている意味がよく分かりません」
「あ、携帯に搭載されてる人工知能の真似? 可愛いね、余計に抱き締めたくなっちゃった」
「ああああストップ! ストーップ!!」
座り心地の良さそうな洒落たデスクチェアから立ち上がった目の前の男子から、勢いよく後ろへと下がる。
そのあまりのスピードに、ムスッとしたような顔を浮かべるこの男子……花京院玲夜先輩。またの名を生徒会長様だ。
「そんなに拒否しなくたっていいじゃないか」
「しますって、誰が貴方とハグしたいと思いますか」
「んー…………全員?」
「うっわ腹立つ」
「ははっ、冗談だよ」
再び椅子へ座り直した先輩にホッと胸を撫で下ろす。
この人、本当にしかねないから怖いのだ。未だにされたことはないけど。
「いつも隣にいる副会長さんは? 今日はいないんです?」
「吏翔なら先生に呼ばれたから、席を外しているよ。どうして?」
「ハグならその副会長さんにしてもらえばいいのではと」
「やめてよー、考えただけでもおぞましい」
ここは私立聖桜学園の四階、生徒会室である。
びっくりだよね四階って。イメージ的に学校って三階建てなのに、うちは四階。広いし部屋数多いしで、一年の頃は何度迷子になったことか。
二年になった今でも、たまに現在地が分からなくなるのに。
いわゆるセレブ校といわれるであろう、聖桜学園。生徒の大半は金持ちとか御曹司とか社長令嬢とか、そんな人たちだ。
正門の近くには送迎車専用の駐車場があるし、食堂にあるメニューはどれも高級食材を使ったものばかり。学校行事も規模が大きくて、毎年修学旅行は貸切のクルーズ船で日本一周をしているみたいだし。
例にも漏れず、この生徒会長様も御曹司の一人。なんなら、この人の親が一番この学園を支援しているんじゃないかな。
というのも、巨額の寄付金を渡したり新たな施設を建設したり、色々とこの学園に貢献しているのだ。おかげさまで、教師たちも先輩に頭が上がらないようで、花京院玲夜の言うことは絶対みたいな暗黙の了解があるとかないとか。
そこら辺は、クラスの人たちから盗み聞きたものなので私もあまり詳しくはないけれど。
「あの、ちなみに私は何故ここに呼ばれたんですかね」
「僕の心の安寧のため」
「帰りますね」
「まぁ待ってよ」
生徒会室のドアに行こうとした瞬間に、呼び止められる。
私、何故か、本当に何故かこの人に気に入られていた。いつからだったか……確か、去年の梅雨時、ちょうど今くらいの時期だ。もう一年だなんて早すぎる。
いや、何で? 意味が分からない。可愛い子なら他にも沢山いるよ? 選り取りみどりでしょ? 有名女優の娘だっているのに、何故一般庶民の私なんだ? もしかしてあれか? 金持ちなんて腐るほど見てきたから、逆に一般庶民の方に興味がある的な? ははっ、はっ倒してやりてぇ。
「…………うざ」
「呼び止めただけなのに随分な言われようだなぁ」
そう、私は一般庶民だ。別にどこかのお嬢様でも金持ちでもない。平々凡々、可もなく不可もなくな人間。
そんな私が何故この場違いすぎる学園に入学出来たのか。
……ただのコネだよ。悪かったな、特別な才能があるわけじゃなくて。
実はこの学園の理事長が私のお母さんの父、つまり私からすればお爺ちゃんなのだ。
お爺ちゃんは私が幼い頃からずーっと可愛がってくれていた。それは今でも健在で、今でも色んな贈り物を私にくれる。
そんなお爺ちゃん、私の高校生になった姿をどうしても見たいと言って、この学園に来るように言ってきたのだ。
流石に無理でしょ……とは思いながらも、お爺ちゃんの悲しそうな顔を見たくもないので、ダメ元で聖桜学園を受けてみたらまさかの合格。コネって恐ろしい。
「私の大事な大事な昼休みを、これ以上奪われたくないんですけど」
昼休みに急に、生徒会室に来てと携帯にメールが送られてきて、嫌な予感を抱きつつ来てみたら、冒頭のセリフを言われたわけだ。
「僕より大事?」
「当たり前でしょ何を抜かしてやがるんですか?」
「段々と僕に対して遠慮がなくなってきたよね」
「他の女子生徒に頼めば、先輩が欲しい言葉をくれますよ。よって、これからは私ではない女子に頼んでくださいね。ハグだって、喜んで引き受けると思いますし」
「えー」
すると、先輩はつまらなさそうに唇を尖らせて机の上に顎を乗せる。
「……紗耶がいい」
「わがままですね。これだから金持ちのボンボンは……」
腕を組み、隠すことなく特大のため息を吐いてやった。
初めて先輩を見た時は、優しそうな見た目と優しい性格から、リアル王子様みたいな人だなと思っていたんだけど……意外と面倒くさい性格であることが、何度もこうして話している内に分かってしまった。
目を閉じて彼から目線を逸らしていたのだが、ふと片目だけを開けて先輩の方を見てみる。
アンティーク調のデスクには積み上げられた紙の山が三つほど作られていて、それだけでなく、机の上には何枚も付箋が貼られている。
きっと、全て会長である彼がやる仕事なのだろう。
ハグをしたいと私を呼び出して急に言い出したのは、もしや疲れているからなのでは? そうか……なるほど。
そこでハッとあることを思い出した私。ブレザーのポケットに手を突っ込んでみて、中に入っていた物を取り出した。
未だに唇を尖らせている先輩に、ガキかよと思いながらも隣へ歩み寄る。
「花京院先輩、口」
「?」
「口開けてください」
すると、全く疑うこともなく私の言う通りに口を開けてきた。思わず顔が引きつる。
確かに開けろと言ったのは私だけど……それでいいのか生徒会長。警戒心もクソもない。
どうするの、これでもし唐辛子でも投げ込まれたら。あなた確か辛いの苦手だったよね?
まぁ多少痛い目みてもらった方がいいか……なんて思いながら、私はその開いた口の中に容赦なく包装紙から出した物を突っ込む。
「んぐっ」
驚いたようでくぐもった声を上げた先輩は、目を丸くさせながら口を手で隠した。
私が口の中に入れた物、それは。
「……飴?」
「スーパーとかコンビニでよく売ってるやつで申し訳ないですけどね。私は飴なんかに高い金を出したくないんで。まず飴自体苦手ですし」
登校の途中に、たまたま助けたおばあちゃんからもらった飴玉。断れずに受け取ってしまったから、どうしようかと困っていたけど、こんな所で役に立つとは。
「……疲れた時は甘いものがいいらしいですよ」
「…………」
横から先輩が見上げているのだろう、視線がすごい刺さる。いたたまれず、すぐにその場から離れて生徒会室のドアへと大股で向かう。
「じゃ、私そろそろ行きますね。せいぜい過労死しない程度に頑張ってください。……失礼しました」
ガチャリとドアを開けて、私は生徒会室を後にした。
コロコロと舌で飴玉を転がしてみると、口の中に広がる甘いイチゴ味。
「………ふふっ」
嬉しくてニヤける頬が抑えられない。
その時、生徒会室のドアが開いて、中に副会長が入ってきた。
「お待たせー、玲夜……って何笑ってるの?」
「ううん、何でもないよ」
「何もないならニヤニヤしないでよ……てっきり疲れでおかしくなったのかと思ったじゃんかー」
「失礼だねぇ」
