百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
人事査定の女、越名和果。
「越名さん、結婚間近の婚約者と別れたらしいよ!」
「え?! あの真面目な越名さんが?! あんな菩薩如来みたいな人でも人を振るの?!」
「違うだろ。きっと相手がクソ真面目な性格についてけなくなったんだろう。」
当たらずも遠からず。
会議室から聞こえる社員たちの噂話に耳をすませる私、越名和果28才。社内では度々こうして私の悪口がささやかれている。
今回の一件も、噂通りに事が運ばれたようなものなのだ。
「百十一、お前なら越名さんでも落とせるんじゃね?」
「はは。じゃあ俺が落としたらいくらくれる?」
「ええとねえ。2万。」
「言ったな? てめぇマジだぞ。」
なな。なんとおぞましい取引……
し、信じられない。人を賭け事に利用するだなんて。そんなこと言うのはどこの誰なの?!
こっそり会議室をのぞけば、『なるほど』と納得する人物がいて、なんだか腑に落ちてしまう。
と。今は仕事中。冷静に冷静に。面談資料を胸に抱え、気を落ち着かせる。
一定の歩幅を保ち、パンプスの音をなるべく鳴らさないよう会議室に入る。
営業部社員一同にお辞儀をすれば、彼らの姿勢がピンと張った。
「それではこれより、第一期人事査定面談を執り行いたいと思います。」
笑顔で伝えれば、彼らの表情に気まずさと緊張の色が浮かぶ。
そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。
私の悪口一つで人事評価を下げたりはいたしませんから―――。
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