夜と最後の夏休み

09.団扇

「あー……言い過ぎたー……」

 朝起きて、金魚に餌をやる。金魚はもりもり食べて、水槽の中を元気いっぱい泳ぎ回っていた。金魚って、こんな競泳みたいな泳ぎ方の魚だったかなあ。もう少し優雅な動きの魚だと思ってたんだけど。



 リビングに行くと、お父さんとお母さんが団扇でパタパタ扇ぎ合いつつテレビを見ていた。朝のニュースでは熱中症に気をつけてとか、都会のごちゃごちゃしたプールやビアガーデンの様子を流していた。


「美海、朝飯食えよ」

「ありがと。お兄ちゃんが作ったんだ」


 兄が差し出してきた大きなプレートには、やたらおしゃれなパンケーキとサラダが盛り付けられていた。


「すごいね。日に日にすごくなってく」

「おう。それが原因でフラれたんだけどな」


 兄は遠い目になってしまった。お母さんから聞いた話だと、兄の家事能力の高さに彼女が引いてしまったということだ。かわいそ。

 兄の家事能力は高校に入って中華屋でバイトを始めた途端にめちゃくちゃ上がった。これがうなぎ登り?って思うくらい、掃除も料理もいきなり上手になった。


 その前から最低限のことは私も兄もできたのだ。

 何年か前に、お父さんとお母さんのそれぞれのおじいちゃんが、ほぼ同時に具合を悪くして、お父さんもお母さんも介護や手続きで走り回っていたことがあった。

 その間、家のことをするのは私と兄しかいなかったから。


「匠海にあれこれ任せすぎたのかしら」


 なんてお母さんは言っていたけれど、そんなことはないと私は思う。家事はできないよりできた方がいい。兄が最低限の料理ができたから、私はあのときを乗り越えることができたのだ。大げさではなく。


 なーんにもできないくせに、偉そうにぶつくさ言っていた去年の夜を思い出す。あれはダメだ。

 そのときにいろんな人から怒られたせいか、最近の夜は自分のことは自分でやっているらしい。

 夜のお母さんが私のお母さんと


「美海ちゃんのおかげで夜がしっかりしてきて、本当に助かるわあ」


 とか、そういう話をしていた。

 私のおかげかは知らない。知らないけど、たしかに夜にそういうことを言ったことはある。夜は口ばっかりだとか、そういうことを。


(私は夜のなんなのよ)


 私は夜に対して偉そうに怒ってばかりだ。

 でもねー昨晩のは私悪くないよねー。どこからどう考えても押しつけて逃げた夜が悪いですねー。

 それはそれ。切り替えて食卓につく。



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