夜と最後の夏休み

10.くらげ

 これは詩音の日記のようなもの。ただのつぶやき。誰にも言わない。ドクハクって言うらしい。こないだ読んだ本に書いてあった。詩音の……独白。


 さっきまで夜と一緒に美海の家でいろいろ食べていた。

 夜は昨日のお詫びだと、バケツサイズのアイスを持ってきていて、美海はお兄さんに教わったのだとふかふかのパンケーキを焼いていた。詩音だけなんにもないから急いでスーパーでフルーツの缶詰を買ってきた。

 三人でパンケーキにたんまりアイスとフルーツを乗せて、たんまり食べた。なんだか夏休みみたいで(いや、夏休みなんだけど)、許されたみたいで、楽しくて楽しくて、帰ってきたら気が抜けてしまった。

 ばあちゃんは家にいなくて、机の上に


『昼は時分で用意するように』


 なんて置き手紙が置いてあるだけだった。だから余計に差がきつくて、こうして畳の上に寝転がっている。



 詩音の家は、ここから遠い都会にある。たぶん夜と美海が来たら目を白黒させちゃうような、ビルとマンションばかりの場所。二人を驚かせてみたい気持ちと、家で小さくなっている詩音のかっこ悪いところを知られたくないから絶対にこないでほしい気持ちがあって、どっちかっていうと、来ないでほしい気持ちが強い。

 親からも兄姉からも疎まれて、できが悪いと敬遠されて。こうやって夏にはばあちゃんのところに追いやられている。


 去年、美海に言われたから、詩音は親に話をした。でも、聞いてもらえなかった。


「お兄さんもお姉さんも大事な時期なの。わかるでしょう?」

「お前一人のわがままで兄姉の夢を邪魔する気か?」

「お前は本当に俺の邪魔ばかりだな」

「私たちのこと、あなたは嫌いなの?」


 結局。家族とごはんを食べたいとか、話を聞いてほしいとか、そういう詩音の願いは両親と兄姉にとってはただのワガママだったらしい。


「はい、ごめんなさい。詩音がわがままでした」


 だから詩音は中学受験を決めたんだ。寮のある中学にして、家を出ようって。親は詩音に時間をかけるのは嫌がったけど、お金をかけることは嫌がらなかったから、寮のある中学に進学することはなんにも言わなかった。そういう学校は学力も高いし


「兄さんや姉さんみたいに立派な人になりたいんだ」


 そう言えば簡単だった。寮に入れば詩音には一切時間をかけなくていいしね。



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