『ドレスに宿る誓い』―Elara & Lanois 王国を変えた仕立て屋たち―
「広場から王宮へ行くには、確実にここを通る。彼らがこの区画まで来る前に、王都を抜けるぞ。時間はない。
 ――急げ!」

エルヴィンは屋敷へ猛然と駆け込み、
祖母の形見であり宝物でもある
黒鉄のミシンを大事そうに抱え出した。

シルヴィアは胸に白い“運命のドレス”を抱きしめていた。
昨日の夜、
震えるほどロマンティックな時間をくれた
命よりも大切な一着。
それだけは絶対に置いていけなかった。

「エルヴィン様、いよいよなのね?」
「あぁ。これから何が起こっても……二度とお前を手放すつもりはない」
その声には、
凄まじい覚悟と愛が宿っていた。

石畳を揺らすような怒号が、
徐々に近づいてくる。

人々の掲げる松明。
燃え上がる王家の紋章旗。
響く怒りの足音。

革命が、ついに始まった。

「エルヴィン様! いつでも大丈夫です!」
クラウスが馬の手綱を取り、
馬車を動かす準備を整える。

エルヴィンはシルヴィアの手を固く握りしめる。
「もうこの国には二度と戻らない。
 ――でも、俺たちは生き延びる」

「……ええ、あなたと一緒に行くわ」
シルヴィアの声は震えていたが、
瞳の奥には静かな強さが宿っていた。

エルヴィンはその瞳を一瞬だけ見つめ、
次の瞬間、
シルヴィアを抱き寄せるように
馬車へ押し込んだ。

「クラウス! 出せ!!」

「はいっ!!!」

パァンッと鞭が鳴り、
馬が大地を蹴り出す。
馬車は瓦礫の転がる王都の石畳を
激しく揺れながら疾走した。

王宮を目指す市民の群れとは逆方向に。
通りを一つ挟んで、
エルヴィンたちの静かな逃亡劇が始まった。
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