元プロバンドマンの部下は、私に気づかない~まさかの再会オフィスラブ~
その頃。


和那もまた、自宅でクローゼットの前で格闘していた。


普段の休日ならもっとゆっくり過ごす。洗濯をして、掃除をして、それから買い物へ出かける。もちろんそのまま、家でノンビリのパタ-ンもある。


でも今日は、クローゼットを開けたまま腕を組み、難しい顔をしている。


「どうしようかな。」


ハンガーに掛かった服を一枚手に取り、鏡の前で合わせる。


「う~ん・・・。」


戻して、別の一枚を手に取る。


「これかな。」

 
鏡を見る。


「……仕事っぽいな。」


また戻す、思わず苦笑いだ。


「プレゼン行くんじゃないんだから・・・。」


誰に言うでもなく呟く。


こんなに服選びに時間が掛かるなんて・・・スーツを着てれば事足りる、そんな生活を送っている弊害を、今更ながら痛感する。


「私、何やってるんだろ。」


そう言った瞬間だった。頭の中で、聞き慣れた声が響いた気がした。


『ナミ。あんた、それ着て、これからどこ行くつもり?』


高校時代からの親友、柚希の声だった。


『今日は休みなんだから、もっと肩の力抜きなよ。』


「うるさい。」


思わず、口走ってしまう。現実に柚希がここにいるわけではないのに、まさか妄想に説教されるとは思わなかった。


和那はもう一度クローゼットへ向き直る。今度は、仕事を忘れて選んでみる。肩の力を抜いて、自然体で。そして、柔らかな色合いの一着を取り出す。


「これ、だ・・・。」


ネクストリンクの・・・なんて肩書がつかない素の自分がそこに立っていた。なぜか、少しだけ照れくさくなって、思わず視線を逸らす。


「こんなのでいいかな?」


鏡の中の自分に問いかける、返事はない。でも、さっきまでより笑顔になっている自分がいた。


時計を見る。


「そろそろ行こう。」


バッグを手に取り、玄関へ向かう。


鏡の前を通り過ぎようとして、ふと足を止めた。


前髪を少しだけ整える。


「・・・よし。」


その小さな呟きは、ほとんど無意識だった。


同じ朝、違う場所で。


二人は同じように、小さく「よし。」と呟いていた。


もちろん、そのことを二人は知らない。
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