元プロバンドマンの部下は、私に気づかない~まさかの再会オフィスラブ~
⑦もう逃げない
和那が1つの決意を胸に秘め、ネクストリンクのオフィスに出勤して始まった新たな週。でも、彼女が望むシチュエ-ションはなかなか訪れてはくれない。


その優秀な能力と行動力を、和那はフルに発揮することを、会社から期待されていたし、故に彼女は今日も多忙だった。そして、一方の湊も、もはや以前の彼ではない。相変わらず目立たない、無駄口は少ない、そして少し猫背でパソコンへ向かっている。


でも、会議で意見を言うようになったし、周囲と必要なコミュニケ-ションをとり、協力して事に当たる様子を目にすることも増えて来た。彼は確実に変わった、進歩した。でもそれはネクストリンクのビジネスマンとしての彼であり、彼が本当にそれを望んで日々を過ごしているのかという、和那の疑問は解けないまま、3日が過ぎて行った。


そして・・・


その日、終業時刻を過ぎたオフィスは静かだった。昼間は絶え間なく鳴っていた電話も、今はもう鳴らない。キーボードを叩く音だけが、広いフロアにぽつりぽつりと響いている。。


和那はパソコン画面を見つめたまま、小さく息を吐くと、顔を上げる。


気付けば、フロアにはもう二人しかいなかった。数メートル先、湊が黙々とパソコンへ向かっていた。画面の光がその横顔を照らしている。気付けば、和那は呼び掛けていた。


「朝比奈さん。」


「はい。」


湊が顔を上げた。


「終わらないの?」


和那の問いに、時計を見た湊は


「うわ、もうこんな時間ですか。全然気づかなかった。」


そう言って、苦笑いを浮かべると


「そろそろ切り上げます。」


と答える。すると


「そう。じゃ少し、話せる?」


和那が言うと、一瞬、ほんの少しだけ、彼の目が揺れた気がした。
< 90 / 125 >

この作品をシェア

pagetop