《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》
第4章

Scene1「少しだけ近づいた距離」

 その夜、麻里奈はなかなか眠れなかった。
 ベッドに横たわり、目を閉じても、瞼の裏に浮かんでくるのは──
 あのときの、大和の目。
 
 迷いと真剣さが同居した、まっすぐな視線。
 そして、言葉の端に滲んだ、ほんの少し照れたような笑顔。
 
 昔と、変わっていなかった。
 
 優しくて、不器用で。
 自分の気持ちを伝えるのが下手なくせに、
 大切なものだけは、決して見逃さない人。
 
 (……ずるいよ)
 
 思わず、小さく呟く。
 胸元の毛布をぎゅっと握りしめると、心臓の鼓動が指先に伝わってきた。
 
 夜の静けさが、まるで心の奥を映す鏡のようで。
 麻里奈は、目を閉じたまま、そっと息を吐いた。

 
 翌朝。
 撮影スタジオには、すでにスタッフの声が飛び交っていた。
 
 照明の調整。
 カメラ位置の確認。
 衣装の最終チェック。
 
 いつもと変わらないはずの現場なのに、
 麻里奈の胸の鼓動だけが、やけに落ち着かない。
 
 「おはようございます」
 
 スタジオに足を踏み入れると、数人のスタッフが軽く会釈した。
 その中に──いた。
 
 カメラチェックをしていた大和が、ふと顔を上げる。
 
 視線が、合った。
 
 ほんの数秒。
 けれど、昨日まで感じていた気まずさはなく、
 代わりに、言葉にできない柔らかさが、空気に滲んだ。
 
 「……おはようございます」
 
 麻里奈が先に声をかけると、
 大和は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、それから少し照れたように頷いた。
 
 「昨日……ありがとうございました」
 
 「ううん。私のほうこそ……」
 
 それ以上は、続かなかった。
 いや、続けられなかった。
 
 けれど、確かに感じていた。
 昨日まではなかったものが、ふたりの間に生まれていることを。
 
 ――ほんの少しだけ、近づいた距離。


 
 スタジオの奥では、須田光輝がスタッフに指示を出していた。
 その視線が一瞬だけ、ふたりのほうをかすめる。
 
 何かを確かめるように。
 けれど彼は、何も言わず、静かに背を向けて歩き去った。
 
 まだ、誰にも言葉にできない変化。
 それは、気づかれないように、しかし確かに──
 動き始めていた。
< 50 / 73 >

この作品をシェア

pagetop