《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene2「揺れ始めた時間」

 控室のドアが、静かに開いた。
 
「失礼します。麻里奈さん、ちょっといいですか?」
 
 声をかけたのは撮影スタッフのひとり。
 顔を上げた瞬間、麻里奈は息をのんだ。
 
 その背後に──大和が立っていた。
 
「次のカットなんですけど……彼と一緒に、小道具の動きの確認をお願いできます?」
 
「……はい、わかりました」
 
 そう答えながら、視線が自然と彼に向かう。
 数歩先を歩いていく背中。
 昨日よりも、なぜか目を離しづらいと感じるのは──きっと、気のせいじゃない。

 
 スタジオに戻ると、白いセットの中に、ふたりだけの静かな空間が生まれた。
 照明の光がやわらかく反射し、周囲の音が遠くなる。
 世界の輪郭が、ふたりのまわりだけ曖昧になるような感覚。
 
「この角度から入って……あ、服の裾を掴むの、自然な感じでお願いしますねー!」
 
 スタッフの声が、どこか遠い。
 大和が立ち位置を確認しながら動くのを、麻里奈はタブレット越しに見ていた。
 けれど、視線はいつのまにか彼自身を追っている。
 
「……これで大丈夫?」
 
 声に呼ばれて顔を上げると、いつのまにか目の前に彼がいた。
 
「うん。麻里奈さんが確認してくれると、安心する」
 
 その言葉に、胸が小さく跳ねる。
 
 ──今、“麻里奈さん”って。
 
「……何それ。私なんて、ただの裏方なのに」
 
 思わず笑ってごまかすと、大和は少し困ったように眉を下げた。
 
「裏方とか、そういうんじゃなくて……」
 
 一瞬、言葉を探すように間を置いてから、
 
「……一番、ちゃんと見てくれてる人だから」
 
 視線が合う。
 ライトの光が、ふたりの間の空気を照らし出す。
 
 息をするのを忘れるほどの距離。
 けれど、その静けさは長く続かなかった。
 
「桜井くん! 次のテイク入りますー!」
 
 スタッフの声が響き、現実が戻る。
 
「……じゃあ、行ってくるね」
 
 大和は軽く口元を緩め、セットの中央へ向かっていった。
 
 その背中を見送りながら、麻里奈は胸元をそっと押さえる。
 
(今の……どういう意味だったの……?)
 
 問いは答えを持たないまま、
 胸の奥で、小さく、確かに揺れ続けていた。
< 51 / 73 >

この作品をシェア

pagetop