日本語が拙い外国人と恋仲になりました
序章

0・答えられない想い

 金曜夜の芝公園。赤く光りを放つ東京タワーを背景に、彼は想いの丈を打ち明けてきた。

「ワタシはアナタを愛している」

 カタコトの日本語で、一生懸命に言葉を紡ぐのが愛らしい。頬を赤らめながら微笑むその顔は、三十五歳の男性とは思えないほどあどけない。
 そんな彼に向かって、私は眉を落とす。

「チョウさん」
「はい」
「ごめんなさい。あなたの気持ちは嬉しいです。でも、ごめんなさい」

 私の言葉に彼は──チョウ トウリョウさんは目を点にする。眉を八の字にして首を傾げた。

「なぜ。ワタシの何が悪いのか」

 チョウさんの声が震えている。
 心苦しくなってしまう……。だとしても、受け入れられない。

「チョウさんがとても素敵な人だっていうのは知っています。でも、あなたの気持ちに答えられない」
「それは……ワタシが、中国人だから?」

 ぎこちなく、私は首を横に振ってみせる。
 肩をすくめ、チョウさんは全く納得できないというように疑問を投げ続けた。

「ああ、分かった。ワタシは歳が上だ。ムラオカさんより十歳も上なんだ。それが、よくなかったのか」
「うーん……そういうこと、かな。本当に、ごめんなさい」

 正直、その二つの点は関係ない。国籍とか年齢とか、そんなの全然気にしないもの。別の理由で、私はチョウさんとの関係を深められないだけ。
 彼は仕事を真面目にこなし、何事にも一生懸命で、とても優しい性格の持ち主だ。一緒に過ごす時間は、私にとって尊いもの。本音を言うと、彼に惹かれている。
 でも……ううん、だからこそ、私は彼の想いに応えることができない。 
 私なんかが(・・・・・)チョウさんみたいに素敵な人と釣り合うわけがない。いや、それよりも私はもう誰とも付き合う資格すらないの。
 だからこれからもずっと、チョウさんとは友人のままがいい。このときの私はそう思っていた。

 チョウさんは涙目になりながらも、はっきりとした口調でこう言った。

「アナタは心の広い方だとワタシは知っている。ワタシの気持ちに嘘はない。だからムラオカさんも忘れないでほしい。いいですか?」
「……え、ああ……はい」

 それってつまり、諦めないよって宣言……? 私なんかよりいい女の人、沢山いるんだから早く忘れた方がいいよ。

 この日、芝公園から見える東京タワーだけは美しく輝き続けていた。 
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