日本語が拙い外国人と恋仲になりました

10・会いたい



 ある日の夜。
 眠りに落ち、私は見知らぬ場所へと降り立った。キラキラと光を放つ夜の街の中。
 ここは、どこだろう。
 ふと隣に目を向けると、彼がいた。チョウさんが、何ごともなかったかのように屈託のない笑顔を私に向けていて。
 ああ、そっか。私、夢を見ているんだ。

 夜の遊歩道を、二人並んで歩んでみる。その先で、見たこともない風景が広がっていた。大きなタワーや巨大ビルが建ち並ぶ広大な街。
 この景色は、私のイメージする上海の世界でしかない。
 いつもチョウさんが楽しそうに話していた。上海の素敵なところを。夜景が綺麗で、料理もおいしいものがたくさんだって。街の中を案内するって、彼は言ってくれたのよね。

 夢の中のチョウさんも、嬉しそうに笑っていた。眩しい光に照らされ、表情まで輝いていた。
 でも──瞳の奥は、なぜだか切なさで埋もれている気がするの。
 ただ無言で、川沿いの遊歩道を歩き続ける。周囲には誰もいなくて寂しい雰囲気。
 いつものチョウさんなら、拙い日本語で絶え間ないお喋りをするはずだ。大抵はどうでもよくて、半分は何を言いたいのか分からない。そんな彼の話を聞くのが私は好きだった。
 けれど──夢の中のチョウさんは現実とは違う人。
 創造の世界で想像のチョウさんと歩いたって、なんにも楽しくないよ。
 私が一人勝手に憂いていると、突然チョウさんが立ち止まった。自然と、私の足も歩むのをやめる。

「……どうしたの?」

 私が問うと、チョウさんはじっとこちらを見つめた。
 瞳を潤わせ、笑顔をなくしてこんなことを口にするの。

「ムラオカさん。我想你」

 彼の声質そのものだった。その声は、とても震えていた。
 ……変なの。ただの夢なのに。妙にリアルで、目の前にいる人が、まるで本物のチョウさんなんだって勘違いしてしまいそうになる。
 私はチョウさんの目を見つめ返し、ゆっくりと頷いた。

「チョウさん、私も……。あなたに、会いたいです」

 我也想见你。 
 夢の中だとしても、この言葉だけは嘘なんかじゃない。私の本心だよ。
 ねえ、チョウさん──
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