私と僕の、幸せな結婚までのお話
私の幸せな結婚までのお話

準聖女となりました

晴れ渡る青空

今日は私の結婚式

お父様にエスコートされてバージンロードを進む私を待っているのは、満開の桜の木の下、透き通った瞳でまっすぐに私を見つめる最愛の方

聖女に婚約者を奪われた哀れな令嬢と噂する方々もいるけれど、それってとても心外だわ。
幸せな私の結婚までのお話、聞いて下さる?


◇・◇・◇・◇
私はエーヴェル王国のブルク侯爵家当主フロイツの長女のルイーゼとして生を受けました。
お母さまのワイマー大公第二公女のフリーデリケは、難産の末、私を産み落とすと儚くなってしまわれました。

後妻に迎えられたのは、お母様の侍女として付き従った元伯爵令嬢のマリア様です。
お母様に対する並々ならぬ忠誠心と才覚と美貌に加え、何よりも私に向けるその愛情深さを買われ、当主以下使用人一同の熱心な説得の末、フリーデリケお母様の父であるワイマー大公様からの最期の一押しでやっとのことで侯爵夫人となることに頷いてくれたそうです。

ワイマー大公閣下は先王の従兄にあたり、大公妃様亡き後二人の公女様たちを大切に慈しんでいる事は有名でした。
どちらの公女様も大公家を担って行くだけの健康に恵まれていなかったため、大切にしてくれる家に嫁いで子に恵まれればその子を跡取りにとお考えだったそうです。
しかし、私の伯母に当たる公女様は社交デビューを迎える前に感染症により早世され、残されたフリーデリケお母様の出産に際しても当時お母様の侍女だったマリア様と共に大変お心を砕かれていたそうです。
そして再び見舞われた悲しみの中、懸命に愛情を注ぎ守り慈しんでくれるマリア様を見込んで私を託したそうです。

フリーデリケお母様を崇拝するように慕う義母となったマリアお母様に、私は心から慈しまれ愛されて育ちました。
私の生みの母であるフリーデリケお母様がいかに素晴らしい女性だったかをうっとりと語り、その娘である私がどれほど大切な存在かを態度で示し、侯爵であるお父様や使用人たちをも巻き込んで、まるで宝物のように大切に育ててもらったのです。

その愛情はマリアお母様に長男のフリードと次男のデリックが生まれた後も揺るぎなく、私たち姉弟たちは皆同じように慈しみ愛され、世間でよくある後妻や腹違いの兄弟との確執など皆無のとても温かい家庭でした。
また、お祖父様であるワイマー大公家の強力な後ろ盾により集められた家庭教師たちの人選も素晴らしく、侯爵家の令嬢子息として非の打ちどころの無い教育を施す一方、それぞれの才能や興味を酌み、それに相応しい環境も整えてくれました。


あれは忘れもしない三歳のある日、私はやっと座れるようになったフリードをあやすために紙を折って飛ばして遊んでいました。
風に乗って遠くまで飛んでいく紙に周囲の大人たちは目を見張り、驚愕しました。
そして、これは誰にも見せてはいけないと強く諭されたのです。
初めて見る大人たちの真剣な顔が怖くて泣いてしまったことを覚えています。

それ以降、言ってはいけない、見せてはいけないと言われることが増えていく中、下の弟デリックの洗礼式の日、教会の尖塔を見た私がマリアお母様にこっそり囁いた『えんぴつみたいね』という言葉を司教様に聞かれてしまい、聖女特有の言葉だと大騒ぎになってしまいました。
このまま教会に留め置くようにとの要請をお父様とマリアお母様に頑として撥ね付けられ、共に出席していたお祖父様のワイマー大公が娘の忘れ形見である私を抱き上げて出口に向かう様子を見て苛立った司教様は、あろう事かワイマー大公閣下の進路に両腕を広げて立ちはだかり、尊大な態度で脅しの言葉を投げかけました。

「我々に逆らう者には神罰が下る! 大人しく従うのが御身のためですぞ!」

お祖父様は私を抱き上げたまま、不遜な態度でこちらを睨みつける司教様を睥睨して静かに仰いました。

「不敬である」

ワイマー大公閣下の短い言葉が終らぬうちに大公家の護衛達に床に叩きつけられるように取り押さえられた司教様に目を向けることなく、私を抱き上げたお祖父様を先頭に、家族みんな何事もなかったかのように教会を後にしました。

エーヴェル王国ではトマス大司教を中心とした教会が絶大な力を持っています。
教会は古くから聖女召喚の儀式を行っており、聖女の知識を奇跡として広める事で国民からの崇拝と信仰をゆるぎないものにしているのです。
しかし、いくら力を持っていたとしても大公閣下への不敬は許されることではありません。
その日以来、ブルク侯爵邸に滞在しているワイマー大公閣下宛てに、手紙を携え面会を求めるトマス大司教様の使者が日参しましたが、ワイマー大公が手紙を受け取り使者へ面会の承諾を与えて地下牢に収監されていた司教様を引渡したのはあの日から十日後の事でした。

その十日間、私の無意識の行動は歴代聖女の奇跡や行動に酷似している事が明らかになった事で「準聖女」として幼いうちに召し上げて家族や世間から隔離したい教会に対し、全力で愛娘を守る姿勢を崩さないブルク侯爵家と後ろ盾であるワイマー大公家、それに加えて教会の力を削ぎたい王家の思惑が一致し、私は第四王子フィリップ殿下の婚約者に決まったのです。

教会との面談は、国王陛下の招集として王宮の謁見室で行われました。
フィリップ殿下と私が並んで王族席に座っている意味を悟って驚愕した司教様たちの「聖女は純潔を失えば力を失う」という必死の訴えを、国王陛下はトマス大司教様を見据えながら「準聖女」は適応外であると退け、王命として宣言されました。

「ブルク侯爵家息女ルイーゼを第四王子フィリップの婚約者とする」

その場にいた全ての人間が最敬礼を執り国王陛下の言葉に従います。
それでもなお諦めない教会側は、国民のために力を発揮するのは「準聖女」の義務であり、王族の婚約者であるなら猶更であるとし、国民のために一刻も早く教会に身を置いて聖女教育を受けるべきだと主張しました。
それを聞いていた王妃陛下からお言葉が発せられました。

「真の聖女は既にそなたらの下におわすではないか」

トマス大司教様は王妃陛下に向き直り答えました。

「聖女の御業を顕現されている以上、我々教会が保護するのが神のご意思だと存じます」

王妃陛下は扇を広げ目を細めて『ほほ』とお声を漏らし、トマス大司教様を見据えて続けられました。

「王家の血を引く高位貴族家の令嬢であり更に王子妃となる事が決まった準王族を『保護』とは、トマス大司教殿はいつから我が王家と肩を並べる地位に就かれたのやら」

そのお言葉にハッとして慌てて頭を下げた大司教様の言葉を待たず、王妃陛下は断じられました。

「準王族を護るのは王家の務め、教会がルイーゼ嬢を『保護』する必要はない。
今代の聖女は降臨された時には既に成人していた。聖女教育とやらは王子妃教育の合間で十分だ」

トマス大司教様は頭を下げたまま絞り出すような声で『御意』と告げられ、漸く面談はお開きになりました。

こうして私は妃教育の合間に教会へ「お勉強」に通う事が決まったのです。
しかし、王家から第四王子妃に割り当てられる近衛騎士たちとブルク侯爵家から派遣できる護衛騎士たちだけでは、教会への「お勉強」に向かう道中に万が一【神の御業】で不慮の事故に巻き込まれたとしても私を守り切れるとは限りません。
そこで、フィリップ殿下と私は次期ワイマー大公夫妻に指名される事になり、大公家選りすぐりの護衛騎士達に幾重にも囲まれた物々しい大所帯で教会へ向かう事になりました。

私は当面の第四王子妃と未来の大公妃教育のため王宮に居室を賜り影の護衛が付く事で【神の啓示】と称した誘拐や拉致から守られ、教会への「お勉強」には婚約者のフィリップ殿下も同行することで【神のご意思】という名の監禁から守られる事になったのです。

流石は大司教にまで上り詰めた方、十重二十重に守られフィリップ殿下と言う大公閣下以上の高貴な目の上のたん瘤まで加わり、内心では非常に苦々しく思っている事を微塵も感じさせない慈悲に満ちた厳かなお姿で今日も私とフィリップ様に薫陶を授けておられます。

曰く、聖女を娶りその力を削ぐ事は果たして神の意志に沿うものでしょうか。
曰く、王都に君臨する王家と国の末端隅々まで目の届く教会、一体どちらが聖女の恩恵を広く施せるでしょうか。
曰く、聖女を独占し更にその聖力を削いで民から聖女の恩恵を奪った王家から民心は離れて行かないでしょうか。
曰く、神は拙僧に清らかなお二人を世俗の穢れからお守りするよう強くお望みなのです。

そして最後には必ずこう語られて見送られます。

「聖女の事は長きに渡る歴史を引継ぎ自ら接してきた拙僧が王宮や貴族たちの誰よりも深く理解し良く分かっているのです。どうか神の代弁者たる私の言葉だけを信じ、哀れにも知らぬうちに世俗に汚された周囲の言葉に惑わされず決して耳を傾けませんように。
聡いお二人には、どうすれば良いか言わずともお分かりですね。
我々は賢明なご判断を期待しておりますよ。」

帰りの馬車の中で『難しいお話はよく分からないね』と無邪気に笑い合う私たちは周囲の大人たちに温かく見守られていました。

そんなある日の「お勉強」の休憩時間、いつものように教会の中庭でフィリップ殿下と共に侍女の持参したお茶を頂いている時、北の回廊に面した部屋の扉がほんの少し開いている事に気が付きました。
お茶が終り礼拝堂に戻る際、私は中庭のほころび始めた花の香りに混じる微かなにおいに足を止めました。胸が苦しくなるような感情を呼び起こしたそのにおいに、突如『病室のにおいだ』と確信した私が扉へ辿り着くより早く、そばに立っていた聖騎士に扉は閉ざされてしまったのです。
そこは1階の日当たりの悪い回廊の片隅にある小さな部屋です。
この出来事がある前、その聖騎士は私たちのお茶会のために回廊に配備された護衛だと思っていました。
しかしその部屋を護る為に聖騎士が控えているとすれば全く意味は変わります。
この教会内で聖騎士が護衛に就く人物はトマス大司教様を除けばただ一人。
胸が締め付けられるほど強く感じた、決して軽くはない病を得ている状況と聖女様の身分ではありえない下位の居室の位置から、考えられることは一つです。

私は気付いたことを悟られぬよう普段通りに過ごし、帰りの馬車でフィリップ殿下と馬車に同乗する側近たちと、どこかで聞いているであろう影ににその事を伝えました。
その日の夕食後、私の私室にやって来た国王王妃両陛下に優しく問われてその時の状況をお話しました。
そして王妃陛下の教会への訪問が秘密裏に決定したのです。

一週間後に迎えた「お勉強」の日、いつものようにフィリップ殿下と私を出迎えたトマス大司教様は、続いて馬車から降りていらした王妃陛下に驚愕していました。
王妃陛下は大司教様の挨拶を手で制し、立ち止まることなく教会の扉を潜るや否や開口一番に仰いました。

「聖女殿をこれへ」

そのまま奥に進んでいく王妃陛下に腰を落として付き従うトマス大司教様は、一瞬の動揺を誤魔化すように眉を落として答えました。

「聖女様は病を得て静養中でございますゆえ、御前に参じる事が叶いません」

そこで足を止めた王妃陛下は、傍らのトマス大司教様に向き直りその顔を見据えながら問いかけました。

「医師を呼んだ記録も形跡すらないが、何の病か」

「気鬱の病でございますれば…」

「医師でないそなたがなぜ診断を下す」

王妃陛下はトマス大司教様の返答を待たずに再び進み始め、迷いなく回廊へ向かう後を慌てて追いかけて来たトマス大司教様や司教様たちの制止を聞くことなく、居室の前に控える聖騎士に扉を開放させました。
そこで目にしたのは想像を超えた質素な部屋でした。
まだ寒さの残るこの時期に火の気もなく、薪桶が無造作に放り込まれている小さな暖炉は長年使われた形跡もありません。
がらんとした部屋にあるのは、窓辺に置かれた小さなテーブルと一脚の椅子の他には質素な寝台だけ。
そして、突然の訪問者にも頭を上げる事すら出来ないほど憔悴した様子でその寝台に横たわっているのは、聖女特有の黒髪と黒曜の瞳を持った女性でした。
王妃陛下は寝台に駆け寄り、女性の手を取って優しく語りかけました。

「聖女様、このような状態になるまで助けられず本当に申し訳ございません。
でももう大丈夫です。わたくしと共に参りましょう」

聖女様は王妃陛下の女性護衛騎士に大切に抱えられ、私たちが部屋を出ようとすると扉の前にトマス大司教様始め司教様たちが入口をふさぐように立ち並んでいました。

「この期に及んで往生際の悪いことだ。
国の宝たる聖女殿を虐げて衰弱させた罪は重い。
大人しく道を開けよ」

この騒動でトマス大司教の一派は聖女様を虐げた罪で糾弾され、破門の上国外へ追放という重い罪で一掃されました。
新たに就任したジョン大司教様は貴族の出身で大変な野心家だと噂されている方でした。
トマス前大司教の長年の虐待と罪深い行いにより聖女様が衰弱して聖力を発揮できないと大々的に知らしめることにより、新たな聖女召喚の大義名分を得たジョン大司教様は、殊勝な態度で聖女様を見舞い気遣いを見せるものの看病の人員や医師の手配などは王家に丸投げのまま、教会内では嬉々として新聖女召喚の準備を進めていらっしゃると、いつになく沈んだ様子の王妃陛下から伺いました。
教会の聖女様の扱いと召喚されて道具のように扱われる待遇に、お心を痛めておられるご様子でした。

それから一年半、
王宮での手厚い看護も空しく、今代の聖女様が王妃陛下に看取られて身罷られると、ジョン大司教様はすぐに新たな聖女召喚儀式が行う事を決めました。
私は教会からの要請で、国王王妃両陛下と共に聖女召喚に立ち会うことになり、お父様とマリアお母様に手を引かれて、普段は固く閉ざされている召喚の間に控えていました。

部屋の中央に魔方陣が現れ、青白い光が立ち上り始めたと思うと、瞬く間に部屋は目を開けていられないほどの光に包まれました。両親は私をかばうように抱きしめ合い、二人の腕の中で私はぎゅっと目を瞑りました。

光が収まり、目を開けると、魔方陣の真ん中に女の子が呆然と座り込んでいました。
「…ホスピスのパジャマ…」
自分の口から零れた言葉に驚いたと同時に意識が遠のき始め、必死の表情で手を握りながら私の名前を呼ぶ両親の顔を眺めながら、ゆっくりと意識が途絶えました。
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