私と僕の、幸せな結婚までのお話
蘇った前世の記憶
目が覚めると、明るい調度の心地よい部屋に似合わない点滴のポールが目に入る。
やはりこれだけは部屋にそぐわない質感だなとふと笑みが零れる。
このホスピスに入所してから4日目になる。
来週が48歳の誕生日だが、おそらく年を重ねることなくこの世を去ることになるんだろうな。
さすが有名なホスピス。あれほど苦しんだ痛みがほとんどなく穏やかに過ごせている。
お見合い結婚をして、十歳年上のまじめな夫とのごく普通の結婚生活は穏やかで幸せだったと思う。
大切にされたと思うし、一人娘も素直に優しく育ってくれて、大好きな人と紹介された男性と思い合って結ばれ、孫を抱くこともできた。
がんが見つかってから治療は積極的にせず、余命宣告を受けた次の日に早期退職してきた夫の行動には驚いたが、その日以来ずっとそばで支えてくれ、共に動ける限り好きなことをして行きたいところに行き、食べたいものも食べ、この半年間、人生で初めて思い切りわがままに過ごしてきた。
ホスピスに入ってからは食べる事を楽しみにしている。
今日のお昼は、いつか行ってみたいと思っていた超高級店のウナギをリクエストした。
それはもうにこにこと頬張って堪能していると、買ってきてくれた娘に「そんなにウナギが好きだったんだね」としみじみ聞かれた。一緒に目を輝かせて食べている5歳の孫に、命日にはみんなでウナギを食べてねと言うと、元気に「うん!」と返事をしてくれた。おいしいウナギ=優しいおばあちゃん。刷り込みは完了だ。
うん、思い残すことはないな。
あ、最後にもう一つ。
夕食はこれまたいつか行きたいと思っていた有名割烹の茶わん蒸しを付けてもらおう。
◎◎‥‥◎◎‥‥◎◎‥‥
目を開けるとお父様とマリアお母様とが私の手握り、そばに座るお祖父様のワイマー大公が揃って顔を覗き込んでいました。
(茶わん蒸しを食べ損ねた…)
という声が頭の中に響いたと思ったら、一気に48年分の誰かの記憶が流れ込んできました。
私は6歳のルイーゼのはず。手を広げて見てみても顔を触ってみても、明るい栗色の髪をひと房掬って見てみても、6歳のルイーゼに間違いなさそうです。
お父様とマリアお母様は泣きながら私をぎゅうぎゅう抱きしめて、お祖父様のワイマー大公は背をさすりながらよかったと繰り返しています。
一体何が起こってこの状況なのでしょうか。
色んな情報が入り混じって、なんだか頭の整理が追いつきません。
皆の興奮が納まりお部屋の中が少し落ち着いて、お医者様が来てくださったりお話をしたりしているうちに、何が起こったのか、なんとなく思い出してきました。
(ホスピスのパジャマを着た女の子が聖女として召喚されて…)
あら?異界の服の名前をなぜ知っているのでしょうか。
(小学生くらいかな…7、8歳くらい…)
48歳の誰かの記憶は留まることを知らず、聖女様を分析してゆきます。
しかしちょっと待ってください。
48歳って、確か今年で44歳のお祖父様のワイマー大公閣下よりも年上ではありませんか!
恐らく前世であろうこのことは、小さい頃から片鱗を見てきたお父様とマリアお母様とお祖父様に打ち明けて相談するとして、年齢は言わないほうが良いかもしれませんね。
なんとなく。
ずっと私の手を握りしめたままのお父様とマリアお母様に、にっこり笑いかけました。
もう大丈夫です、と。
48歳の記憶と6歳のルイーゼの記憶との折り合いがつきはじめ、曖昧ながら線引きが出来るようになってきて改めて思い出しました。
あの子は、48歳の私が最後に過ごしたホスピスのパジャマを着ていたのです。
恐らく物心がつく頃から闘病していたことでしょう。きっと子供らしく遊ぶこともままならなかったのではないでしょうか。
あのホスピスは待遇もお値段も最高との評判で、人生にほぼ納得できた48歳の私が選んで入ったことと7、8歳の子どもが入ることは大きく意味が変わります。
そこに入るという事は、本人はともかく周囲が治療をあきらめたという事です。
そのことに思い至った私は、亡くなったと思った瞬間に召喚されてきっと混乱しているだろうまだ幼い聖女様のこれからの人生を支えようと決心しました。
やはりこれだけは部屋にそぐわない質感だなとふと笑みが零れる。
このホスピスに入所してから4日目になる。
来週が48歳の誕生日だが、おそらく年を重ねることなくこの世を去ることになるんだろうな。
さすが有名なホスピス。あれほど苦しんだ痛みがほとんどなく穏やかに過ごせている。
お見合い結婚をして、十歳年上のまじめな夫とのごく普通の結婚生活は穏やかで幸せだったと思う。
大切にされたと思うし、一人娘も素直に優しく育ってくれて、大好きな人と紹介された男性と思い合って結ばれ、孫を抱くこともできた。
がんが見つかってから治療は積極的にせず、余命宣告を受けた次の日に早期退職してきた夫の行動には驚いたが、その日以来ずっとそばで支えてくれ、共に動ける限り好きなことをして行きたいところに行き、食べたいものも食べ、この半年間、人生で初めて思い切りわがままに過ごしてきた。
ホスピスに入ってからは食べる事を楽しみにしている。
今日のお昼は、いつか行ってみたいと思っていた超高級店のウナギをリクエストした。
それはもうにこにこと頬張って堪能していると、買ってきてくれた娘に「そんなにウナギが好きだったんだね」としみじみ聞かれた。一緒に目を輝かせて食べている5歳の孫に、命日にはみんなでウナギを食べてねと言うと、元気に「うん!」と返事をしてくれた。おいしいウナギ=優しいおばあちゃん。刷り込みは完了だ。
うん、思い残すことはないな。
あ、最後にもう一つ。
夕食はこれまたいつか行きたいと思っていた有名割烹の茶わん蒸しを付けてもらおう。
◎◎‥‥◎◎‥‥◎◎‥‥
目を開けるとお父様とマリアお母様とが私の手握り、そばに座るお祖父様のワイマー大公が揃って顔を覗き込んでいました。
(茶わん蒸しを食べ損ねた…)
という声が頭の中に響いたと思ったら、一気に48年分の誰かの記憶が流れ込んできました。
私は6歳のルイーゼのはず。手を広げて見てみても顔を触ってみても、明るい栗色の髪をひと房掬って見てみても、6歳のルイーゼに間違いなさそうです。
お父様とマリアお母様は泣きながら私をぎゅうぎゅう抱きしめて、お祖父様のワイマー大公は背をさすりながらよかったと繰り返しています。
一体何が起こってこの状況なのでしょうか。
色んな情報が入り混じって、なんだか頭の整理が追いつきません。
皆の興奮が納まりお部屋の中が少し落ち着いて、お医者様が来てくださったりお話をしたりしているうちに、何が起こったのか、なんとなく思い出してきました。
(ホスピスのパジャマを着た女の子が聖女として召喚されて…)
あら?異界の服の名前をなぜ知っているのでしょうか。
(小学生くらいかな…7、8歳くらい…)
48歳の誰かの記憶は留まることを知らず、聖女様を分析してゆきます。
しかしちょっと待ってください。
48歳って、確か今年で44歳のお祖父様のワイマー大公閣下よりも年上ではありませんか!
恐らく前世であろうこのことは、小さい頃から片鱗を見てきたお父様とマリアお母様とお祖父様に打ち明けて相談するとして、年齢は言わないほうが良いかもしれませんね。
なんとなく。
ずっと私の手を握りしめたままのお父様とマリアお母様に、にっこり笑いかけました。
もう大丈夫です、と。
48歳の記憶と6歳のルイーゼの記憶との折り合いがつきはじめ、曖昧ながら線引きが出来るようになってきて改めて思い出しました。
あの子は、48歳の私が最後に過ごしたホスピスのパジャマを着ていたのです。
恐らく物心がつく頃から闘病していたことでしょう。きっと子供らしく遊ぶこともままならなかったのではないでしょうか。
あのホスピスは待遇もお値段も最高との評判で、人生にほぼ納得できた48歳の私が選んで入ったことと7、8歳の子どもが入ることは大きく意味が変わります。
そこに入るという事は、本人はともかく周囲が治療をあきらめたという事です。
そのことに思い至った私は、亡くなったと思った瞬間に召喚されてきっと混乱しているだろうまだ幼い聖女様のこれからの人生を支えようと決心しました。