私と僕の、幸せな結婚までのお話

婚約破棄の舞台裏 -フィリップ殿下視点-

ココとの結婚式を控え、私とココは王妃の茶会に招かれた。
今日は珍しくルイーゼ嬢が同席しておらず、三人でルイーゼ嬢がココを王城に連れてきた日とその頃を懐かしく穏やかに話していた。
あの頃はルイーゼ嬢が婚約者として王城で暮らしており、頻繁に訪問するブルク侯爵家の人々とも家族の様に楽しく過ごしていたのだ。
ルイーゼ嬢曰く、ココは召喚前の世界では特別とされる高貴な家柄の令嬢だったという。
幼くして召喚されたとはいえ、その躾はこの世界の貴族令嬢と遜色がないはずだとも言っていた。
その言葉通り、ココのマナーや所作は教育係が驚くほどの優雅さと気品があり、こちらの世界の知識も砂に水が滲み込むように吸収して行った。
そして、子供のころから病院で過ごしていたのなら、医療知識や公衆衛生に詳しいはずだと色々質問して行き、この世界で転用できる方法や手段、広めて活用していく方法など一緒に考えてココの居場所を作る手助けをしてくれていた。

そんな中、女神さまの神託が顕現し、ルイーゼ嬢は私とココの記憶を手放してしまった。
私は当時、ルイーゼ嬢という婚約者がありながらココに惹かれてしまったことを隠すのに必死だった。
その醜い心を女神さまに見抜かれて、ルイーゼ嬢から私の記憶を消されたのだと思っていた。
それはココも同じで、二人が屈託なく幸せになるなど許されないのではという気持ちがお互いの心の底に重石のように残っていた。

しばらくの歓談の後、王妃が人払いをして真剣な表情で私とココに向き直った。

「ルイーゼ嬢には固く口止めされているけれど、あなたたちには話しておかなくてはなりません。
ルイーゼ嬢が神託を受けたあの日の事は、全てルイーゼ嬢の計画です。この事を知っているのは陛下と私、ワイマー大公閣下とブルク侯爵夫妻だけです。
それから、ルイーゼ嬢は記憶を失ってはいないわ」


ああ、やはり。
時折ふと、以前の記憶があるのではと思う事があった。
しかし、ココとの婚約がなくなることを恐れた私はそのことに目を瞑ってしまったのだ。
傍らのココはハンカチで静かに目元を押さえている。

「どうあれ、この10年の事を振り返ってもルイーゼ嬢が心からあなたたちの幸せを願ってくれている事は明らかです。彼女の気持ちを汲み、民に尽くして必ず二人で幸せになりなさい。」

そう言って立ち去った王妃と入れ替わりに、ルイーゼ嬢が案内されてやって来た。
私たちの様子を見て、王妃様は話してしまわれたのねと、眉を下げて微笑んで言った。

「私の秘密を聞いて下さる?」

ルイーゼ嬢は、ココの召喚の日に見た前世の記憶を話してくれた。
ココの召喚前の人生を聞き、せっかく生まれ変わったこの世界でココが幸せになるように力を貸すと決めたこと、私たちが想い合っている事に気が付いてあの神託の場を計画した事も。

「だって、あの時の私たちは7歳だったでしょう? 前世の私が亡くなった時の孫と同じくらいの年齢だったのですもの。フィリップ殿下が孫と同じに見えて困惑していたの。結婚なんて絶対無理だって思ってしまったこと、許していただけるかしら?」

おどけた口調でそう告げられた後、柔らかい表情になってもう一つの秘密も告げられた。
桜の木の下の前世の夫からの告白が嬉しくて、約束のその日を心待ちにしている事を。

「今の私の姿が前世と違うように、彼もきっと前の姿ではないと思うの。でもね、彼の透き通った瞳はきっと変わらないわ。」

そう華やかに笑って、ルイーゼ嬢は帰っていった。
残された私とココは、彼女の今までに報いるために私たちの人生を捧げる事を決めた。
桜はこの国や近隣諸国には自生していないが、今は閉鎖されている離宮の奥の庭で毎年春になると息を飲むほど美しく咲き誇っている。
私たちの結婚式の一月後、奇しくもルイーゼ嬢の18歳の誕生日頃に桜が満開になるのだ。この時期、このタイミング、これも女神様からの思し召しかもしれない。
私たちは、自身の結婚式の準備もそこそこに、ルイーゼ嬢の誕生日パーティーの準備を始めた。

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