【完結】引きこもり魔公爵は、召喚おひとり娘を手放せない!
38 リュストレーの話 2
『しばらくでいい、私にあの娘を預けよ。よいか、これは国王としての命である』
国王ライオネルは、リュストレーに向かってそう言い放った。
父と息子の視線が正面からぶつかる。
リュストレーはしばらく父を見つめていたが、やがて立ち上がった。
『お断りいたします』
『なに?』
『断ると申し上げたのだ。我が陛下。今の言葉で察しはついた。ミレは母の離宮に運ばれたのですね』
『……異界の人間は、元の異界で暮らすのが一番の幸せであろう。そしてそなたは、国のため、民のため、そして父のために国政に戻るのが義務であり、幸せなのだ』
『幸せとは、自分以外のものが決めるものではないと存ずる。そして、私はもう見つけた』
『異界の娘と暮らすが幸せというか!? リュストレーよ』
『そうです。私はミレ……美玲を取り戻す! 陛下の命には従いかねます』
『それは反逆ともとられる言葉であるぞ!』
王の声が強張る。
『そう思われるなら、どうぞ私を背中からお斬りなされ。私は抵抗致しませぬ。ミレのいない世界に未練などない』
リュストレーは、晴れ晴れと笑った。
『そこまで申すか』
『はい、国王陛下。私は今までのお慈しみに深く感謝申し上げるとともに、公爵位を返上いたしまする。私はもう貴族ではない。王太子ではもちろんない。国を、家族を愛しているが、一人の恋する男である。だから私はこうする!』
そう言って、リュストレーは上着の奥から小さな、しかし鋭い小刀を取り出した。
驚いたアリオンが一歩踏み出すが、止める間もなく、リュストレーは美しい髪を引っ掴み、横に刃を引く。
『なんてことを!』
銀色の光が中空を舞った。
最後の光が落ちる前に、リュストレーは小刀を投げ捨てる。
『御前失礼致します! さらば!』
リュストレーは踵を返した。
『リュストレー……』
ライオネルは呆然と息子の名を呼ぶ。
『兄上!』
その背に呼びかけたのは、王太子アリオンだった。
『ご決意のほどよくわかりました。もう何も申しませぬ。どうぞ行ってらっしゃませ。騙し討ちのようなことをして申し訳ありませんでした』
王太子アリオンが深々と腰を折る。
『ですが、あなたはいつでも私が心よりお慕いする兄上です。どうぞ兄上と呼ぶことだけはお許しください。父上、そして兄上から託されたこの国を、微力ながら守ってゆきますゆえ」
『アリオン……いや、次期国王陛下。不出来な兄を許されよ。父上と共に、この銀獅子国を頼みましたぞ!』
そしてリュストレーは走り出した。
愛する娘、恋しい美玲を救うために。
*****
「へええ〜、そんなことがあったんですか?」
「そうとも。彼らは私のそなたに対する執着を甘く見ていた。美玲さえいなくなれば、私が王宮に戻ってくると思っていたのだろう。物語も書き終えたことだしとな!」
その時のことを思い出したのか、リュストレーは秀麗な眉を激しくしかめた。
「……そなたを救うには後一歩間に合わなかったが」
リュストレーは鼻を啜り上げながら言った。その髪は今は綺麗に整えられている。
「確かにあの時は、めずらしく絶望してしまいました。でも、あの時のあなたの顔や触れ合った時の感覚が忘れられなくて……」
「私もだ……美玲」
「ぐ……」
頬ずりは、かなり恥ずかしい。
今は夕刻でほんの少しちくちくするのは、普段全く目立たない髭だろうか?
「だけど、王様に会うのに、武器を持って行っていいんですか?」
「普通はだめだ。身体検査をされる。だが、私には護身用もあって、小さな小刀を持つことが許されていた。それで髪を切り、父上と弟の前にばらまいてやったのだ」
リュストレーは、どうだ、と言うように美鈴を見下ろした。褒めてもらいたさが顔に滲み出ている。
あとで掃除の人が大変だったろうな、と美玲は、誰とも知らない召使いに同情する。
「それは……かなりかっこいいけど、ちょっとやり過ぎでは? 万一あなたが衛兵とかに殺されちゃったら、こうして会うこともできなかったんですよ」
「それは戦略だ。卑怯な言い方だが、私が殺されることはないと思っていたからな。これでも元軍人だ!」
リュストレーは厚みの増した胸を張った。
「嬉しいけどずるい……お父様の愛を逆手にとってぇ」
「だから髪を切った。縁を切ったのだ。この長い髪は王族の証であり、王家の伝統であり、そして頸木でもあるのだから」
「くびき、ですか」
今の日本では死語だが、意味はわかる。戒めということだ。
「ああ。戦場では味方を鼓舞するため、そしてたとえ敗れたとしても、敵に首を取られる前に自害するため。だから頸木なのだ。呪いと言ってもいい。王家は矛盾だらけだ」
「矛盾とは?」
「父は母を愛しながらも、過去と異能者と交流できるその能力を恐れていた。だから、あの離宮という名の廟を、結界とした。なのに、私が異能の宿命から逃れて長らえたと見るや、王宮に取り込もうと画策し、母を使って私の美玲をニホンに送り返そうとした。勝手なものだ!」
あ、この人、本気で怒ってる。
私のためにずっと怒っていてくれたんだな。
そして、ずっと呼びかけ続けてくれた。
「だから断ち切ったと?」
美玲は広い胸に頬を添えて尋ねた。高くて早い鼓動が流れ込んでくる。
心地のいい音だ。
「そうだ。父も母も私に期待しすぎなんだ。少し人より輝きの強い髪や、瞳を持っただけのこの私に。これは明らかに呪いだろう?」
「まぁ、あなたを見ていれば、誤解を与えてしまうのは仕方ないでしょうね」
美玲にはもう理解できた。
この男が子どもの頃から、期待に応えようとしたことを。
それはきっと血の滲むような努力だったに違いない。おそらく人知れず、誰にもわからないところで学問に勤しみ、武芸の鍛錬をしていたのだろう。
国のために働く良い王太子でいるために、周囲の期待を裏切るまいと。
けれど異能のせいで、罪を重ねたと自戒し、心を閉ざしてしまった。
誰よりも純粋で、頑張り屋で、優しい人。
だから私はこの人のところに帰ってきたんだ。
帰ってきたかったんだ。
「それでもう許してもらえたんですか? 王家とのつながりを断ち切ることを」
「当然だ。私はやるときはやるんだ。ついでに公爵の位も返上した」
「え? じゃ、じゃあ。もう貴族でもないんですか?」
「ないな」
リュストレーはしれっとしている。
「あのぅ……生活はどうするんです? お屋敷は? お屋敷の皆さんは? 念のために伺いますけど、あなた個人の収入はあるんですか」
美玲は恐る恐る尋ねた。
「生活? 収入? そんなもの今まで通りできるのではないか?」
「できるかーい!」
美玲の絶叫が響いた。
あかーん!
やっぱりこの人、生活力ナッシングのおぼっちゃまだった!
国王ライオネルは、リュストレーに向かってそう言い放った。
父と息子の視線が正面からぶつかる。
リュストレーはしばらく父を見つめていたが、やがて立ち上がった。
『お断りいたします』
『なに?』
『断ると申し上げたのだ。我が陛下。今の言葉で察しはついた。ミレは母の離宮に運ばれたのですね』
『……異界の人間は、元の異界で暮らすのが一番の幸せであろう。そしてそなたは、国のため、民のため、そして父のために国政に戻るのが義務であり、幸せなのだ』
『幸せとは、自分以外のものが決めるものではないと存ずる。そして、私はもう見つけた』
『異界の娘と暮らすが幸せというか!? リュストレーよ』
『そうです。私はミレ……美玲を取り戻す! 陛下の命には従いかねます』
『それは反逆ともとられる言葉であるぞ!』
王の声が強張る。
『そう思われるなら、どうぞ私を背中からお斬りなされ。私は抵抗致しませぬ。ミレのいない世界に未練などない』
リュストレーは、晴れ晴れと笑った。
『そこまで申すか』
『はい、国王陛下。私は今までのお慈しみに深く感謝申し上げるとともに、公爵位を返上いたしまする。私はもう貴族ではない。王太子ではもちろんない。国を、家族を愛しているが、一人の恋する男である。だから私はこうする!』
そう言って、リュストレーは上着の奥から小さな、しかし鋭い小刀を取り出した。
驚いたアリオンが一歩踏み出すが、止める間もなく、リュストレーは美しい髪を引っ掴み、横に刃を引く。
『なんてことを!』
銀色の光が中空を舞った。
最後の光が落ちる前に、リュストレーは小刀を投げ捨てる。
『御前失礼致します! さらば!』
リュストレーは踵を返した。
『リュストレー……』
ライオネルは呆然と息子の名を呼ぶ。
『兄上!』
その背に呼びかけたのは、王太子アリオンだった。
『ご決意のほどよくわかりました。もう何も申しませぬ。どうぞ行ってらっしゃませ。騙し討ちのようなことをして申し訳ありませんでした』
王太子アリオンが深々と腰を折る。
『ですが、あなたはいつでも私が心よりお慕いする兄上です。どうぞ兄上と呼ぶことだけはお許しください。父上、そして兄上から託されたこの国を、微力ながら守ってゆきますゆえ」
『アリオン……いや、次期国王陛下。不出来な兄を許されよ。父上と共に、この銀獅子国を頼みましたぞ!』
そしてリュストレーは走り出した。
愛する娘、恋しい美玲を救うために。
*****
「へええ〜、そんなことがあったんですか?」
「そうとも。彼らは私のそなたに対する執着を甘く見ていた。美玲さえいなくなれば、私が王宮に戻ってくると思っていたのだろう。物語も書き終えたことだしとな!」
その時のことを思い出したのか、リュストレーは秀麗な眉を激しくしかめた。
「……そなたを救うには後一歩間に合わなかったが」
リュストレーは鼻を啜り上げながら言った。その髪は今は綺麗に整えられている。
「確かにあの時は、めずらしく絶望してしまいました。でも、あの時のあなたの顔や触れ合った時の感覚が忘れられなくて……」
「私もだ……美玲」
「ぐ……」
頬ずりは、かなり恥ずかしい。
今は夕刻でほんの少しちくちくするのは、普段全く目立たない髭だろうか?
「だけど、王様に会うのに、武器を持って行っていいんですか?」
「普通はだめだ。身体検査をされる。だが、私には護身用もあって、小さな小刀を持つことが許されていた。それで髪を切り、父上と弟の前にばらまいてやったのだ」
リュストレーは、どうだ、と言うように美鈴を見下ろした。褒めてもらいたさが顔に滲み出ている。
あとで掃除の人が大変だったろうな、と美玲は、誰とも知らない召使いに同情する。
「それは……かなりかっこいいけど、ちょっとやり過ぎでは? 万一あなたが衛兵とかに殺されちゃったら、こうして会うこともできなかったんですよ」
「それは戦略だ。卑怯な言い方だが、私が殺されることはないと思っていたからな。これでも元軍人だ!」
リュストレーは厚みの増した胸を張った。
「嬉しいけどずるい……お父様の愛を逆手にとってぇ」
「だから髪を切った。縁を切ったのだ。この長い髪は王族の証であり、王家の伝統であり、そして頸木でもあるのだから」
「くびき、ですか」
今の日本では死語だが、意味はわかる。戒めということだ。
「ああ。戦場では味方を鼓舞するため、そしてたとえ敗れたとしても、敵に首を取られる前に自害するため。だから頸木なのだ。呪いと言ってもいい。王家は矛盾だらけだ」
「矛盾とは?」
「父は母を愛しながらも、過去と異能者と交流できるその能力を恐れていた。だから、あの離宮という名の廟を、結界とした。なのに、私が異能の宿命から逃れて長らえたと見るや、王宮に取り込もうと画策し、母を使って私の美玲をニホンに送り返そうとした。勝手なものだ!」
あ、この人、本気で怒ってる。
私のためにずっと怒っていてくれたんだな。
そして、ずっと呼びかけ続けてくれた。
「だから断ち切ったと?」
美玲は広い胸に頬を添えて尋ねた。高くて早い鼓動が流れ込んでくる。
心地のいい音だ。
「そうだ。父も母も私に期待しすぎなんだ。少し人より輝きの強い髪や、瞳を持っただけのこの私に。これは明らかに呪いだろう?」
「まぁ、あなたを見ていれば、誤解を与えてしまうのは仕方ないでしょうね」
美玲にはもう理解できた。
この男が子どもの頃から、期待に応えようとしたことを。
それはきっと血の滲むような努力だったに違いない。おそらく人知れず、誰にもわからないところで学問に勤しみ、武芸の鍛錬をしていたのだろう。
国のために働く良い王太子でいるために、周囲の期待を裏切るまいと。
けれど異能のせいで、罪を重ねたと自戒し、心を閉ざしてしまった。
誰よりも純粋で、頑張り屋で、優しい人。
だから私はこの人のところに帰ってきたんだ。
帰ってきたかったんだ。
「それでもう許してもらえたんですか? 王家とのつながりを断ち切ることを」
「当然だ。私はやるときはやるんだ。ついでに公爵の位も返上した」
「え? じゃ、じゃあ。もう貴族でもないんですか?」
「ないな」
リュストレーはしれっとしている。
「あのぅ……生活はどうするんです? お屋敷は? お屋敷の皆さんは? 念のために伺いますけど、あなた個人の収入はあるんですか」
美玲は恐る恐る尋ねた。
「生活? 収入? そんなもの今まで通りできるのではないか?」
「できるかーい!」
美玲の絶叫が響いた。
あかーん!
やっぱりこの人、生活力ナッシングのおぼっちゃまだった!