落とされる気なんてなかったのに

《 玲央side ──猶予なんてやらなきゃよかった。待つのがこんな苦しいなんて》

屋上で「猶予やる」なんて言った自分を、
 朝から何度も殴りたくなっていた。

(なんだよ……猶予って。
 俺、どうせ待てねぇくせに)

 七海が今日どんな顔をするのか。
 昨日の告白をどう受け止めてるのか。

 そんなのを考えるだけで、
 胸がざわざわして落ち着かない。

(七海……昨日の夜……泣いたのか?
 それとも……誰かに相談したのか?)

 そう考えるだけで、
 喉の奥がギュッと締まる。

***

(は?なんで俺、普通に学校向かってんだよ)

 言い訳はこうだ。

「事務所に資料取りに行くついで」

 でも、本当は違う。

(七海の顔、見たいんだよ)

 ただそれだけ。

***

 教室のドアの隙間から、
 七海が席に座る姿が見えた。

(……目、腫れてねぇな)

 その事実だけで息が抜ける。

(昨日……
 泣きすぎて寝れねぇとかじゃなくてよかった)

 でも次の瞬間、
 胸がぎゅっと締まる。

(……もしかして、先生に相談した?)

 その可能性が、
 ほんと最悪だった。

***

「おはよ」

 軽く声をかけたら、
 七海が少しびくっとして振り向く。

 その顔を見ると、
 胸の奥が一気に熱くなる。

(……昨日から、
 俺のこと考えてた顔)

 七海の瞳は、
 少し揺れて、少し赤い。

(あー……無理だ。
 ほんと待てねぇ)

「昨日、ちゃんと帰れた?」

「……うん。玲央くんは?」

「お前が気になって寝れなかった」

「っ……!?」

 本当は少し寝たけど、
 七海の反応が可愛くて、
 つい言ってしまった。

***

 いきなりだった。

「七海」

 先生の声だ。

 七海がすぐに反応して振り向く。
 その動きが自然すぎて、
 嫉妬が喉までせり上がってきた。

(その名前呼び、やめろよ……
 七海が反応してんじゃねぇか……)

 しかも先生は、
 優しい声で七海の顔色を気にしていた。

(お前に心配される筋合いねぇだろ)

 胸の奥がじりじりと焼けるように痛くなる。

(七海……
 なんで先生の声にそんな反応すんだよ)

 七海の表情が曇るのを見ると、
 胸が締め付けられる。

(罪悪感とか……
 感じんなよ。
 そんな顔すんなよ。
 そういうの全部……俺が消してやりてぇのに)

***

 七海が先生と言葉を交わしているのを見て、
 胸がざわつきすぎて気が狂いそうになる。

(何が猶予だよ……
 そんなもんいらねぇ。
 今すぐ俺にしとけって言えよ)

 七海の迷いが見えるたびに、
 自分の決断を悔いた。

(待つって……こんな苦しいもんなのかよ)

 心の中で七海を呼びたくなる。

(七海……
 こっち向けよ……
 他の男のほう向くなよ……)

 でも言えない。
 昨日、「待つ」と言ってしまったから。

(……やべぇ。
 やっぱ待てねぇかもしれねぇ)

 その自覚が胸に重く沈んだ。

***

 先生との会話が終わったあと、
 七海がチラッとこっちを見た。

 ほんの小さな一瞬。

 なのに——

(……あぁもう。
 だめだわ。
 こんなの好きになるだろ……)

 ただ七海が一瞬俺を見ただけで、
 胸の焦げつきが嘘みたいに溶けていく。

(やっぱり……待てねぇけど、
 それでも……お前が俺を見るなら……
 なんでも我慢してやる)

 そんな矛盾した感情が胸の中をぐるぐると駆け巡っていた。
< 29 / 43 >

この作品をシェア

pagetop