落とされる気なんてなかったのに
《第3話 落としゲームは止まらない》
翌朝。
学校に向かうため玄関を出た瞬間、スマホが震えた。
〈一ノ瀬玲央〉
『おーい。起きてんだろ? 5分後に迎え行く』
(……はい!?)
慌てて返信する。
『来なくていいって昨日言いましたよね!?』
数秒後。
『聞こえなーい。外出とけ』
(聞こえてないんじゃなくて、聞く気がない……!)
自転車を押して少し歩くと、
角を曲がったあたりに黒いキャップの男が背を向けて立っていた。
背の高さも、雰囲気も、見間違いようがない。
「……玲央くん?」
「おっ、来た来た」
振り返った彼は、当然のように笑っていた。
「なんで…来たんですか」
「お前が昨日暗かった理由、まだ聞いてねーだろ」
「そ、それは……!」
「だから迎えに来た」
(だからって理由になってない……!)
「歩けよ。送ってく」
「ちょっと、学校には来ないで! バレたら――」
「来ねぇよ。途中までだし」
玲央は私の自転車のハンドルを奪って、
すたすたと歩き始めた。
「え!? なんで持ってくの!?」
「手、冷えてんだろ?
自転車押すのくらい俺がやる」
「……っ」
こういうところだけ妙に優しい。
それが逆にやりづらい。
「で? 昨日元気なかった理由は?」
「……べつに、なんでもありません」
「“べつに”は理由だろ」
「ち、違います!」
「じゃあ目見て言え」
「み、見ないでください……!」
「かわい。逃げんのか?」
からかう声なのに、
どこか本気で探ろうとしている目をしていた。
(この人、ほんと……なんでこんなに鋭いの……)
「そんな顔すんなって。
怒ってねぇから」
「怒ってるように見えるんですけど……」
「怒ってねぇよ。
――ただ」
玲央が急に足を止めた。
心臓が跳ねる。
「……他の誰かのことで元気なかったなら、ムカつくだけ」
「……っ!」
「まあ、いいけどな。言いたくなったら言えよ」
そう言って、また歩き出す玲央。
あっさりした態度のくせに、言葉の意味が重い。
(“他の誰か”って……なに……
そんなの、まだ……)
彼の言葉は、心の奥にずしんと残った。
***
「七海、マスクズレてんぞ」
玲央がひょいと近づいて、
私の頬に軽く手を添えた。
「っ!?」
「ほら、じっとしてろ」
「い、いいよ、自分でできるから……!」
「できてねぇから言ってんだろ。黙れ」
(黙れって……!)
そのままマスクの端を直してくれる。
顔が近すぎて、息が詰まる。
「……なに緊張してんの?」
「し、してない……!」
「嘘つけ。
鼓動聞こえんぞ?」
「き、聞こえてない!!」
「聞こえるって。近いし」
……意図的に近づいてるくせに。
「よし」
玲央がマスクを整えて、私の額に指先でトン、と触れた。
「いい子」
「っ……!?」
反射的に後ろへ下がると、
玲央は声を出して笑った。
「そんなに照れんなよ」
「て、照れてないです!!」
「はいはい」
軽く流すその感じが、
逆に胸を熱くさせた。
***
住宅街の角で、玲央が足を止める。
「ここでいい。先生とか出てくんの嫌だしな」
(……先生?)
そのワードに、
なぜか胸の奥が、ちくっとした。
「……七海」
「?」
玲央は私の視線をまっすぐ捕まえた。
「今日、変な男に話しかけられんなよ?」
「へっ?」
「気をつけろって言ってんだよ」
「な、なんで……」
「なんでも。
……嫌だからだよ」
「!!」
それは、
“独占欲”にしか聞こえなかった。
「行けよ。遅刻すんな」
玲央が私の自転車のハンドルを渡しながら、
ふっと微笑む。
「……また後でな、七海」
その声は、いつもの毒舌じゃなくて、
なぜか少しだけ優しかった。
(……なんなの……
昨日より……もっと、意識してしまう……)
胸の鼓動が止まらないまま、
私は学校へ向かった。
放課後、事務所に向かうと、スタッフさんたちが慌しく準備をしていた。
「七海ちゃん、玲央くんのスケジュール、今日ハードだから助かるわ~!」
「いえ……私、まだ全然慣れなくて……」
「玲央くん、七海ちゃんが来るって知って、ちょっと機嫌よさそうだったよ?」
「えっ……」
なにそれ。
どういう状態なの……。
控え室の扉をノックすると、
中からすぐに声がした。
「入れよ、七海」
(また、なんで分かるの……)
扉を開くと、玲央はソファで台本を読んでいた。
「お前、来るの遅かったな」
「す、すみません……」
「謝れって言ってねぇし。
その顔で言う“すみません”は嫌いじゃねぇけど」
「な、なにそれ……」
玲央は台本を放り投げ、
気怠そうに立ち上がりながら私のほうへ歩いてきた。
距離が縮まっていく。
心臓の音がうるさくなっていく。
「今日はさ、撮影の合間に……ちょっと練習したいシーンがある」
「れ、練習……?」
「恋愛ドラマの、胸キュンのとこ」
(胸キュンの……ところ?)
「台本の相手役がまだ遅れててな。
お前、代わりやれ」
「ええっ!? む、無理無理無理!!」
「無理じゃねぇよ。立っててセリフ読むだけ」
「立ってるだけじゃないでしょ絶対……!」
「鋭いな。まあ……ちょっとだけ動きあるけど」
(ちょっとの動きが怖いんですけど……!)
「はぁ……わかりました……」
「素直じゃん。かわい」
玲央はニッと笑って台本を手渡してくる。
***
「ここ。立て」
玲央は私の前に立ち、台本を指で示す。
「このシーン、セリフは――
『好きだよ。他の誰かを見るの、嫌だ』」
そのセリフは、
まるで昨日言われた言葉の延長みたいで、
胸がぎゅっとなった。
「……じゃ、動き合わせんぞ?」
「え、動きって……」
「お前の腰、こうやって――」
玲央の手が、ゆっくりと私の腰に回る。
「っ……!」
「怖がんな。抱くだけだよ」
(だ、だけってなんの“だけ”!?)
腕に囲まれ、逃げられない距離。
顔が熱くて、まともに見られない。
「目そらすな。セリフ合わせなんだから」
「む、むり……」
「むりじゃねぇよ。
ほら、俺の目見て」
眉を寄せて、ほんの少し低い声で言われると、
反射的に視線が戻ってしまう。
(こんな顔で見られたら……無理だって……)
「……じゃあ言うぞ」
玲央は私の顎に軽く手を添え、
顔の角度をそっと上げる。
「七海」
「っ……!」
名前を呼ばれただけで、
全身が熱で染まっていく。
「好きだよ。
君が……他の誰かを見るの、嫌だ」
その直後――
唇が、ふれてしまった。
「……っ……!」
ほんの一瞬の、軽いキス。
でも胸の奥が爆発しそうなほどドキドキして、
呼吸の仕方さえ忘れてしまう。
すぐ離れると思ったのに。
玲央は、ほんの少し角度を変え、
もう一度、触れるように唇を重ねた。
ふわり。
やわらかくて、甘い熱が広がる。
「……っ……な……」
声にならない息が漏れた瞬間、
玲央はやっと唇を離した。
額が触れるほど近い距離で、
熱のこもった声で言う。
「……こんなキス、お前にしかしねぇよ」
「っっ……!」
「練習とか関係ねぇから」
「れ、練習じゃ……ない……の……?」
「当たり前だろ。
お前、震えてんじゃん」
「べ、べつに……!」
「はいはい。嘘下手」
玲央は腰に回した手を離しながら、
満足そうに笑った。
「……かわいすぎな」
その顔が、本気で。
しかも、少し照れていて。
胸がぎゅうっと熱くなる。
***
撮影に戻ると、共演の女優さんが玲央に話しかけてきた。
「一ノ瀬くん、今日ほんっとかっこいいね!」
「まぁ、ありがとうございます」
自然に笑って返している玲央。
女優さんは玲央の腕にそっと触れた。
(……な、なんか……嫌……)
そんな自分に気づいて、
胸がざわついた瞬間――。
玲央の目が、
まっすぐ私に向いた。
(っ……)
女優さんの手をそっと避けるようにして、
玲央は距離をとった。
その動きが、
明らかに“私に見せるため”のものだった。
***
撮影が終わり、私が資料を片付けていると、
玲央が近づいてきた。
「七海」
「な、なに……?」
「……あんま、さっきみたいな顔すんなよ」
「っ……さ、さっきって……」
「俺が誰かと話してるときの、お前の顔」
「私、どんな顔してました!?」
「知らねぇよ。でも……」
玲央は一歩近づき、手首をつかむ。
「……俺が嫌だった」
「っ……!」
「だから離れんなよ」
低い声に、足がすくむ。
「わかった?」
「……うん」
答えた瞬間、
玲央はほっとしたように息を吐いた。
「いい子」
頭を優しく撫でる。
キスの感触がまだ残る唇が熱くなった。
(私……もう……)
胸が苦しいほどドキドキして、
息まで乱れた。
それを全部見透かすように、
玲央は私の耳元にささやく。
「……マジで離れんなよ。
七海は……俺が落とすんだから」
「っ……!」
その言葉で、
心臓は完全に玲央のものになりかけていた。
***
帰り道。
玲央が「じゃあな」と手を振って去っていったあと。
事務所の出口で、誰かの肩とぶつかった。
「あ、ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫ですよ」
低くて穏やかな声。
(……え? この声……)
スーツ姿の男性が、優しく微笑んでいた。
「もしかして……七海?」
「え……どうして……」
「久しぶりだな。
明日からよろしくな」
(……あ……)
胸が強く締め付けられる。
昔と変わらない、あの優しい目。
「また学校で会おう」
その一言で、
私の日常は、音を立てて揺れ始めた。
(……遥真くん……?)
学校に向かうため玄関を出た瞬間、スマホが震えた。
〈一ノ瀬玲央〉
『おーい。起きてんだろ? 5分後に迎え行く』
(……はい!?)
慌てて返信する。
『来なくていいって昨日言いましたよね!?』
数秒後。
『聞こえなーい。外出とけ』
(聞こえてないんじゃなくて、聞く気がない……!)
自転車を押して少し歩くと、
角を曲がったあたりに黒いキャップの男が背を向けて立っていた。
背の高さも、雰囲気も、見間違いようがない。
「……玲央くん?」
「おっ、来た来た」
振り返った彼は、当然のように笑っていた。
「なんで…来たんですか」
「お前が昨日暗かった理由、まだ聞いてねーだろ」
「そ、それは……!」
「だから迎えに来た」
(だからって理由になってない……!)
「歩けよ。送ってく」
「ちょっと、学校には来ないで! バレたら――」
「来ねぇよ。途中までだし」
玲央は私の自転車のハンドルを奪って、
すたすたと歩き始めた。
「え!? なんで持ってくの!?」
「手、冷えてんだろ?
自転車押すのくらい俺がやる」
「……っ」
こういうところだけ妙に優しい。
それが逆にやりづらい。
「で? 昨日元気なかった理由は?」
「……べつに、なんでもありません」
「“べつに”は理由だろ」
「ち、違います!」
「じゃあ目見て言え」
「み、見ないでください……!」
「かわい。逃げんのか?」
からかう声なのに、
どこか本気で探ろうとしている目をしていた。
(この人、ほんと……なんでこんなに鋭いの……)
「そんな顔すんなって。
怒ってねぇから」
「怒ってるように見えるんですけど……」
「怒ってねぇよ。
――ただ」
玲央が急に足を止めた。
心臓が跳ねる。
「……他の誰かのことで元気なかったなら、ムカつくだけ」
「……っ!」
「まあ、いいけどな。言いたくなったら言えよ」
そう言って、また歩き出す玲央。
あっさりした態度のくせに、言葉の意味が重い。
(“他の誰か”って……なに……
そんなの、まだ……)
彼の言葉は、心の奥にずしんと残った。
***
「七海、マスクズレてんぞ」
玲央がひょいと近づいて、
私の頬に軽く手を添えた。
「っ!?」
「ほら、じっとしてろ」
「い、いいよ、自分でできるから……!」
「できてねぇから言ってんだろ。黙れ」
(黙れって……!)
そのままマスクの端を直してくれる。
顔が近すぎて、息が詰まる。
「……なに緊張してんの?」
「し、してない……!」
「嘘つけ。
鼓動聞こえんぞ?」
「き、聞こえてない!!」
「聞こえるって。近いし」
……意図的に近づいてるくせに。
「よし」
玲央がマスクを整えて、私の額に指先でトン、と触れた。
「いい子」
「っ……!?」
反射的に後ろへ下がると、
玲央は声を出して笑った。
「そんなに照れんなよ」
「て、照れてないです!!」
「はいはい」
軽く流すその感じが、
逆に胸を熱くさせた。
***
住宅街の角で、玲央が足を止める。
「ここでいい。先生とか出てくんの嫌だしな」
(……先生?)
そのワードに、
なぜか胸の奥が、ちくっとした。
「……七海」
「?」
玲央は私の視線をまっすぐ捕まえた。
「今日、変な男に話しかけられんなよ?」
「へっ?」
「気をつけろって言ってんだよ」
「な、なんで……」
「なんでも。
……嫌だからだよ」
「!!」
それは、
“独占欲”にしか聞こえなかった。
「行けよ。遅刻すんな」
玲央が私の自転車のハンドルを渡しながら、
ふっと微笑む。
「……また後でな、七海」
その声は、いつもの毒舌じゃなくて、
なぜか少しだけ優しかった。
(……なんなの……
昨日より……もっと、意識してしまう……)
胸の鼓動が止まらないまま、
私は学校へ向かった。
放課後、事務所に向かうと、スタッフさんたちが慌しく準備をしていた。
「七海ちゃん、玲央くんのスケジュール、今日ハードだから助かるわ~!」
「いえ……私、まだ全然慣れなくて……」
「玲央くん、七海ちゃんが来るって知って、ちょっと機嫌よさそうだったよ?」
「えっ……」
なにそれ。
どういう状態なの……。
控え室の扉をノックすると、
中からすぐに声がした。
「入れよ、七海」
(また、なんで分かるの……)
扉を開くと、玲央はソファで台本を読んでいた。
「お前、来るの遅かったな」
「す、すみません……」
「謝れって言ってねぇし。
その顔で言う“すみません”は嫌いじゃねぇけど」
「な、なにそれ……」
玲央は台本を放り投げ、
気怠そうに立ち上がりながら私のほうへ歩いてきた。
距離が縮まっていく。
心臓の音がうるさくなっていく。
「今日はさ、撮影の合間に……ちょっと練習したいシーンがある」
「れ、練習……?」
「恋愛ドラマの、胸キュンのとこ」
(胸キュンの……ところ?)
「台本の相手役がまだ遅れててな。
お前、代わりやれ」
「ええっ!? む、無理無理無理!!」
「無理じゃねぇよ。立っててセリフ読むだけ」
「立ってるだけじゃないでしょ絶対……!」
「鋭いな。まあ……ちょっとだけ動きあるけど」
(ちょっとの動きが怖いんですけど……!)
「はぁ……わかりました……」
「素直じゃん。かわい」
玲央はニッと笑って台本を手渡してくる。
***
「ここ。立て」
玲央は私の前に立ち、台本を指で示す。
「このシーン、セリフは――
『好きだよ。他の誰かを見るの、嫌だ』」
そのセリフは、
まるで昨日言われた言葉の延長みたいで、
胸がぎゅっとなった。
「……じゃ、動き合わせんぞ?」
「え、動きって……」
「お前の腰、こうやって――」
玲央の手が、ゆっくりと私の腰に回る。
「っ……!」
「怖がんな。抱くだけだよ」
(だ、だけってなんの“だけ”!?)
腕に囲まれ、逃げられない距離。
顔が熱くて、まともに見られない。
「目そらすな。セリフ合わせなんだから」
「む、むり……」
「むりじゃねぇよ。
ほら、俺の目見て」
眉を寄せて、ほんの少し低い声で言われると、
反射的に視線が戻ってしまう。
(こんな顔で見られたら……無理だって……)
「……じゃあ言うぞ」
玲央は私の顎に軽く手を添え、
顔の角度をそっと上げる。
「七海」
「っ……!」
名前を呼ばれただけで、
全身が熱で染まっていく。
「好きだよ。
君が……他の誰かを見るの、嫌だ」
その直後――
唇が、ふれてしまった。
「……っ……!」
ほんの一瞬の、軽いキス。
でも胸の奥が爆発しそうなほどドキドキして、
呼吸の仕方さえ忘れてしまう。
すぐ離れると思ったのに。
玲央は、ほんの少し角度を変え、
もう一度、触れるように唇を重ねた。
ふわり。
やわらかくて、甘い熱が広がる。
「……っ……な……」
声にならない息が漏れた瞬間、
玲央はやっと唇を離した。
額が触れるほど近い距離で、
熱のこもった声で言う。
「……こんなキス、お前にしかしねぇよ」
「っっ……!」
「練習とか関係ねぇから」
「れ、練習じゃ……ない……の……?」
「当たり前だろ。
お前、震えてんじゃん」
「べ、べつに……!」
「はいはい。嘘下手」
玲央は腰に回した手を離しながら、
満足そうに笑った。
「……かわいすぎな」
その顔が、本気で。
しかも、少し照れていて。
胸がぎゅうっと熱くなる。
***
撮影に戻ると、共演の女優さんが玲央に話しかけてきた。
「一ノ瀬くん、今日ほんっとかっこいいね!」
「まぁ、ありがとうございます」
自然に笑って返している玲央。
女優さんは玲央の腕にそっと触れた。
(……な、なんか……嫌……)
そんな自分に気づいて、
胸がざわついた瞬間――。
玲央の目が、
まっすぐ私に向いた。
(っ……)
女優さんの手をそっと避けるようにして、
玲央は距離をとった。
その動きが、
明らかに“私に見せるため”のものだった。
***
撮影が終わり、私が資料を片付けていると、
玲央が近づいてきた。
「七海」
「な、なに……?」
「……あんま、さっきみたいな顔すんなよ」
「っ……さ、さっきって……」
「俺が誰かと話してるときの、お前の顔」
「私、どんな顔してました!?」
「知らねぇよ。でも……」
玲央は一歩近づき、手首をつかむ。
「……俺が嫌だった」
「っ……!」
「だから離れんなよ」
低い声に、足がすくむ。
「わかった?」
「……うん」
答えた瞬間、
玲央はほっとしたように息を吐いた。
「いい子」
頭を優しく撫でる。
キスの感触がまだ残る唇が熱くなった。
(私……もう……)
胸が苦しいほどドキドキして、
息まで乱れた。
それを全部見透かすように、
玲央は私の耳元にささやく。
「……マジで離れんなよ。
七海は……俺が落とすんだから」
「っ……!」
その言葉で、
心臓は完全に玲央のものになりかけていた。
***
帰り道。
玲央が「じゃあな」と手を振って去っていったあと。
事務所の出口で、誰かの肩とぶつかった。
「あ、ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫ですよ」
低くて穏やかな声。
(……え? この声……)
スーツ姿の男性が、優しく微笑んでいた。
「もしかして……七海?」
「え……どうして……」
「久しぶりだな。
明日からよろしくな」
(……あ……)
胸が強く締め付けられる。
昔と変わらない、あの優しい目。
「また学校で会おう」
その一言で、
私の日常は、音を立てて揺れ始めた。
(……遥真くん……?)