Starry Flight, I Will Remember You
機会ー言葉にならない思い Chance ― Unspoken Feelings

Occasion ― Les pensées indicibles

彼が、何度も視線を送っているのに、私は振り返らない。

仕事に集中するふりをして、心の奥ではその気配を感じながらも、あえて目を合わせない。

やがて、彼は耐えきれなくなったように声をかけた。

「すみません。」

私は振り返り、笑顔を作る。

「はい、いかがなさいました?」

彼は一瞬、言葉を探すように口を開きかけて、閉じる。

「あ、あの…」

その声はかすかに震えていた。

何を言おうとしているのか、私には分かってしまう。

けれど、ここは機内。

私は客室乗務員で、彼は乗客。

その境界線を越えることは許されない。

「ご用件は?」

私は丁寧に問い返す。

プロとしての声色を保ちながら。

彼は視線を逸らし、少し間を置いてから小さく笑った。

「…いや、なんでもない。」

その言葉に、胸の奥がざわめく。

彼の瞳に宿る迷いと未練を感じながらも、私は深く頭を下げて通路を離れた。

背中に残る視線の熱が、長いフライトの時間をさらに切なくしていく。
< 5 / 10 >

この作品をシェア

pagetop