私の中のもう1人の私が好きな人

2話





 初めは余り関わらないようにしようと思っていた。見た目が彼に瓜二つで、どこか気が引けてしまった。
 でも同好会に入ってくれるって言われて舞い上がり、気付けば少しずつ仲良くなっていった。


 今朝は生憎の雨だ。ただ先週から比べると気温は下がり過ごし易い。
 今日は土曜日の休日であり時間がたっぷりとあるので、手の込んだ和菓子が作れる素晴らしい日だ。そして別名ぼたもちの日でもある。勝手にそう呼んでいる。

「へぇ〜、ぼたもちってこんな風に作るんだ。買って食べた事しかないから知らなかった」

 休日だが同好会の活動は行う。寧ろ平日より丸1日使える今日の方がメインと言っていいだろう。
 家庭科室にて琴音と蓮、入会したばかりの稲見の3人は作業に取り掛かる。

 準備したのはもち米に一般的な米、あんこにきな粉、砂糖。先ずはもち米と米を合わせて洗い炊飯器で炊いた。炊き上がった後にボールに移し麺棒を手にする。

「私と蓮くんは半殺し派なんだけど、稲見くんは半殺しにする? それとも皆殺しにする?」

「は、半殺し⁉︎ 皆殺し⁉︎ 」

 声を上擦らせながら後退る稲見に琴音は首を傾げ蓮を見ると呆れた様子で肩をすくめる。

「半殺しは粗くつぶし米粒が半分くらい残る程度、皆殺しは米粒が全く残らないなめらかな状態にする、米の潰し具合の表現の事だ。常識だろう」

「まるで一般常識みたいに語るな! そんな知識ある訳ないだろう!」

「君が無知なだけだ」

 稲見が同好会に入る事になり、人数確保の為とはいえ少し不安ではあった。
 例の彼に似ているからという事も大きいが、蓮とも馬が合わない。そう思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。よく喧嘩する程仲がいいと言う。
 延々と言い合いを続ける2人を見ながら琴音は作業を続けた。


「半殺し、半殺し、皆殺し! ……はい、稲見くんの皆殺し」

「あ、うん、ありがとうございます」

「何で敬語?」

「いや、満面の笑みで凶悪な事を言ってるのが逆に怖くて」

「そうかな、普通だよ」

 言われてみると確かに普通は使わないし聞き慣れない言葉だが、琴音にはしっくりくる。

「それじゃあ、手と手を合わせて頂きます」

 子供みたいだと分かっているが、ぼたもちを食べる時はこれを言わないと美味しさが半減してしまう気がする。昔からの習慣だ。

 皿に載せられた粒餡のぼたもちを目線の高さまで持ち上がるとじっくりと観察する。
 既製品は文句なしに美しく美味しいが、少し歪でもやはり手作りの方が好きだ。酷く懐かしく心の奥底が温かくなる気がする。

「美味い! あんこが甘過ぎないし、餅米の潰し具合も丁度いい!」

 あんこは手作りで昨夜自宅で作った物を持参した。子供のように喜ぶ稲見に琴音は思わず笑う。

「ありがとう、まだいっぱいあるから食べて。蓮くんはどう?」

「やっぱり琴ちゃんのぼたもちが1番美味しいね」

「本当? 嬉しいな」

「うん、本当だよ。でも今日のはいつもと少し味が違う気がする」

「あ、分かった? 実は砂糖を上白糖じゃなくてグラニュー糖に変えてみたんだ」

 暫し隣に座っている蓮と話をしていると、向かい側に座っている稲見が食べる手を止めこちらを凝視してきた。

「稲見くん、もしかしてお腹いっぱい?」

「いやまだ食べれるけど、なんで?」

「えっと、こっちをずっと見てたからそうなのかなって」

「あーなんて言うか、2人って付き合ってる感じ? すごい仲良いよね」

「え⁉︎」

 突拍子もない言葉に琴音は目を丸くする。

「そんなんじゃないよ! 蓮くんとは仲は良いけど私達は幼馴染で昔からずっと一緒だから兄妹みたいな感じなだけで……。ね、蓮くん」

 同意を求めると蓮は真顔で「そうだよ」と言って頷いた。

「ふ〜ん。じゃあ、五月女さんは彼氏いないの?」

「いる筈ないよ。私、こんな感じだから全くモテないし」

 背中までの長い黒髪はお下げにしており、焦茶の瞳は限りなく黒に近い。身長は平均くらい痩せ型ではあるが、出るとこ出ていないのでスタイルは良くない。
 勉強も運動も平均だし、クラスでは少し変わり者の烙印を押され友達も少ない。自慢できる事は蓮と幼馴染である事くらいだ。

「そうかな、十分可愛いからモテそうだけど。でもさ、それなら僕が五月女さんを狙っても問題ないね」

「稲見くん、冗談言うのやめてよー」

「僕、本気だから」

「え……」

「ご馳走様! 片付け出来なくて悪いんだけど、実はこれから用事あるんだ。だから先帰るね」

「あ、え、稲見くん⁉︎」

 残っていたぼたもちを口の中に放り込むと、稲見は颯爽と家庭科室から出て行ってしまった。

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