私の中のもう1人の私が好きな人

1話



 池辺里高等学校ーー栃木県にある県立のごく普通の高校だ。周辺には他にも高校はあるが偏差値が高く、その為中学の同級生の半分以上はこの高校に進学をしている。
 顔馴染みばかりで変わり映えはしないが、安心感があり気も楽だ。
 
 ふと琴音は、少し離れた下駄箱で上履きに履き替えている蓮に視線を向ける。
 蓮は琴音よりも成績が良く、当初自宅から割と近い難関高校に進学するものとばかり思っていたが『池辺里高校に行くよ』と当然のように言われた時は驚いた。
 
「どうしたの?」

 暫しぼうっとしている間に、いつの間にか怪訝そうな顔の蓮が目の前に立っていた。

「ううん、何でもない。行こう」

 誤魔化すように笑って1歩、2歩とリズムよく足を踏み出すと、彼も後ろからついて来た。
 
 2年生になってから2ヶ月くらい経つが、油断していると未だに1年生の時の癖で3階まで上りそうになる。

「琴ちゃん、教室は2階だよ」

「あはは、そうだったね」

 そんな時は必ず蓮が優しく手を掴み止めてくれる。頼りなる幼馴染だ。


「五月女さん、おはよう」

 2年2組の教室に入り窓際の一番後ろの自分の席に鞄を置いたタイミングで、少し低く落ち着いた声が聞こえた。

「稲見くん、おはよう」

 声の主である隣の席の彼を見ると透明感のある薄い茶色の瞳と目があう。例の彼に瓜二つのせいか、少し戸惑いながらも挨拶を交わした。
 その瞬間、視界が蓮に遮られる。

「中里くんもおはよう」

「おはよう……。琴ちゃん、手提げ」

 稲見に背を向けながら手提げを琴音の机の上に置くと、蓮はそのまま廊下側の一番後ろの自分の席へと行ってしまった。
 
「もしかして僕、中里くんに嫌われてる?」

 口元に手を当て小声で話す稲見に少し笑ってしまった。

「そんな事ないと思うよ。蓮くんは誰にでもあんな感じだから」

「そうなの?」

「うん、そうだよ。でも本当はすごく優しくて良い人なんだ」

「ふ〜ん」

 納得が出来ない様子でこちらを見る稲見に小首を傾げるが、担任の神山先生が教室に入って来て朝のHRが始まりそのままになった。


 その日の放課後、荷物を纏めていると、稲見に声を掛けられた。

「色々見て回ったんだけど、やりたい部活がないんだよね。参考までに五月女さんがなんの部活に入っているのか知りたくて」

「それならこれから、うちの同好会に見学に来る?」

 話を聞けば、先週転校してきたばかりの稲見はまだ部活を決め兼ねているらしい。なので琴音は期待を込めて誘ってみた。


 校舎の別館の2階にある家庭科室に入ると、少し遅れて蓮と稲見も中へと入って来た。
 ここまでの道中、琴音の後ろをついて来る2人からは不穏な空気を感じた。蓮は黙り込んでいるし稲見は軽快に話し続けていた。
 どうやら2人は余り相性が良くないのかも知れない。

「ここって家庭科室だよね? もしかして調理部?」

 目を丸くしながら教室の中をきょろきょろと見渡す稲見を尻目に、テーブルの上に持参した材料を手提げから出して広げていく。
 するとすかさず蓮が手伝ってくれた。
 
「ううん、うちは和菓子同好会なの」

「和菓子同好会……?」

 和菓子同好会は琴音が作った同好会だ。
 所属人数は琴音と蓮の2人で、活動内容は昔懐かしい和菓子や駄菓子などを作って食べて愛でるという単純なもの。
 池辺里高等学校では部活と認められるのは最低部員数が5人からと規定がある為、現在は残念ながら同好会と名乗っている。

「作って食べるのは分かったけど、愛でるってどういう事?」

「和菓子って見た目が綺麗だし、駄菓子は可愛いから鑑賞して楽しむの!」

 練り菓子が繊細で美しい事は世間一般でも周知の事実だが、その他の大福や饅頭、団子や金鍔など他の和菓子達も美しいと琴音は思っている。そして何よりも愛してやまないのはーーぼたもちだ。

「和菓子特有の繊細な美しさや儚さ、口の中に広がる上品な甘さ! 作る工程が一筋縄ではいかない所も面白いし、出来た時の喜びとか食べた時の幸福感とか全部大好きなの!」

「……」

「……」

 気持ちが昂ぶり思わずテーブルに勢い余って両手をついた。3人で使うには広過ぎる家庭科室にドンっと音が響く。
 蓮も稲見も黙り込み琴音の熱弁を聞いてくれていたが、急激に恥ずかしさが込み上げた。我に返り2人を見れば蓮はいつもと変わらず飄々としていて、稲見は口を半開きにして目を丸くしている。

「えっと、ごめんなさい……」

「ははっ、五月女さんって面白いんだね!」

 恥ずかしさに身を小さくすると、稲見が我慢していたのか噴き出した。

「いいねー和菓子同好会。気に入ったし入ろうかな」

「本当に⁉︎」

 まさかの申し出に琴音は今度は歓喜の声を上げる。

「うん、本当。僕、結構和菓子も好きだしさ」

「ありがとう、稲見くん! 蓮くん、これで同好会3人になるよ!」

「ああ、そうみたいだね」

 余り興味がない様子の蓮は、テーブルの上に並べられいたきな粉と蜂蜜を手に取る。今日はきな粉棒を作る予定だ。

「じゃあ、早速一緒にきな粉棒作ろう!」

 その後、琴音より遥かに器用な蓮と手際のいい稲見によってあっという間にきな粉棒は完成された。
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