思川桜、ひとひら。

Ⅰ.教え by オシエ

 花びらが一片(ひとひら)。

 駅のホームを舞う。
 そして私の肩をかすめ、ゆっくりと黄色い点字ブロックの上にひらりと落ちた。
 そうなると、花びらとしての存在感が急激に失われる。

 いつも、思う。
 桜の樹なんて見当たらないのに。
 どこから花びらは舞い降りてくるんだろうって。

 JR小山駅。
 十二番・十三番線、赤羽新宿・上野東京方面のホームには、お目当てのものは無かった。
 彼女と私をつないでいたものは、跡形もなく。

 微かな残滓は、花びら一片。

 〇

「着きましたよ」
 タクシーの運転手はわざわざ車を降り、手で後部のドアを開けてくれ、付き添いの母と私は、高校の門の前に降り立つ。

 すいすいと門に吸い込まれていく女子高生の姿。今は冬休み中のはずなので、部活だろうか。補習授業だろうか。
 濃紺のセーラー服に、清潔感のある真っ白で大きな襟カバー。
 伝統を感じさせる制服は一目見て気に入った。
 きっと男子はこういう制服の子と並んで歩くのが憧れなんだろうなあ。
 新しい学校での生活を妄想する。

 立派な石垣にはめ込まれた長四角の黒い石。そこに彫られている学校名に目を遣る。

 栃木県立桜野女子高等学校

 え! 
 なんで『女子』がつく? ここ、県立高校でしょ?

「ねえ母さん、ひょっとしてここ女子高?」
「あら、言ってなかったっけ?」
「うん、父さんも母さんも、『県立桜野高校』としか言ってなかったよ」
「……と言ってもね、関東の公立は、たいてい男子校、女子高と別れてるわよ」
「そんなこと知らないよ」
 私は騙されたと思った……父と母に。

 両親は、転勤をきっかけとして二人の故郷である栃木県に一年前から引っ越していた。小さいながらも家を建て、ささやかながらも『故郷に錦』を飾った。
 私は北海道旭川の高校に入学したばかりだったので、一年様子を見て編入しよう、ということになっていたのだ。

 旭川の高校は(もちろん)男女共学で、しかも私服での通学が許されていた。校風も自由で、生徒ひとりひとりの自主性が重んじられていた。居心地がいいので私はそのまま卒業するまで旭川にいたかったが、下宿代もかかるし、知り合いのいない場所にずっと女子ひとり置いておくことが心配とのことで、親からは予定通り一年で編入試験を受けなさいとプレッシャーがかかった。
 転校先が女子高であることを言いそびれたのか、ネガティブ要素を少しでも減らすために敢えて言わなかったのか。恐らく後者だろう。

「ちょっと母さん!」
 ぶんぶくれる私と母の前を、二人組の生徒が通りがかり、歩を緩めた。
「ひょっとして、編入する子け?」
 栗色のショートヘアの女子が私に聞いてきた。

「え、まあ……これから試験だから、受かるかどうかまだわかんないけど」
 わざと落ちてやろうか?
「優秀なんだな、じゃないとここ、試験なんか受けさせてくんねって聞いてるよ」
 これが栃木弁か……北海道弁に似てなくもないが、語尾のイントネーションにクセがあって……ちょっと怖い。
「そんなことないです……それよりあの、ここはホントに女子高なんですか?」
「教えてあげんべか? ここは、去年から女子高になったんだべさ」
「こら、オシエ! ウソを教えたらだめだ……あのさ、ここはもともと女子高さ」
 連れの生徒が、オシエと呼んだ子の頭をコツンと小突き、彼女を玄関の方に引っ張っていった。

「試験がんばんな、待ってっからさ」

 引っ張られながらも、オシエさんは白い歯を見せて、手を振った。
 私も手を振り返す。
 それが、通称オシエ、本名 橋田紀志江(はしだ きしえ)との出会いだった。
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