思川桜、ひとひら。

Ⅳ.嫉妬 at 図書館

 オシエのお勧め通り、私は図書委員になった。仕事は、委員のメンバーが交代で返却された本の整理、返却し忘れている生徒への督促、時々開かれるミーティングで購入希望の図書を話し合ったり、廃棄や他の施設に寄贈する図書を整理したり。彼女から聞いた通り、ラノベの蔵書も結構充実していて、私からの購入の要望も普通に通った。これは小遣いが浮いて助かる。
 貸出手続きはバーコードリーダーを使ってセルフでやってもらい、日々の当番も週に一度回ってくる程度なので、そんなに負担感はなかった。

 図書委員になったことをきっかけに、放課後は学校の図書館に入り浸っていることが多くなっていた。オシエがたいていソコに居るからなおさら。彼女は図書館を利用して宿題も読書も済ませている。その最中はすごく集中していて近寄りがたいオーラを振りまいているけど、あまりにも退屈になって構ってちゃんモードになった私は、ついつい声をかけてしまう。そんな時でも彼女は嫌な顔をせず、『なになに、それで?』と熱心に聞いてくれる。

「ねえ、オシエ、ひとつ聞いていい?」
「なになに、言ってみ」
 そう言って、読みかけの本に栞をはさむ。
「あなたってスポーツ得意そうに見えるけど……日焼けもしてるみたいだし、以前は体育系の部活とかやってたんじゃないの?」
「おお、いい勘してるねえ。じゃあ教えてあげっか……実は中学の時、ソフトテニスやってたんだ。だけんど、三年の大会の時に変なコケ方して、足を痛めちった。だから、今でも歩き方、ちょっと気になんべ?」
「ええ? 全然気にしてなかった……じゃあ今はもう?」
「ハハハ、体育会系少女はもう引退。残ったのはこの通り、地グロの素肌と学校労災でおりた給付金だけ……あ、そのお金、親からもらって本を買いまくって使っチった。だから、文学少女はまだまだビギナーレベルだね」
「……そうだったんだ、ごめんね。話したくないこと聞いちゃって」
「ううん、ぜんぜん。あ、でさ、何で本好きになったかっていうとね……中三の夏に桜野女子(ここ)で『一日体験学習会』というのがあって行ってみたんだ。この学校入りたかったし。その時に取り上げたのが、山本有三の『路傍の石』……いいことが書いてあったんだよね」
「え、どんなこと?」
「あれ、路傍の石、読んだっつってなかったけ?」
 どき。
「ああ、だいぶ前だし、斜め読みだから……」
「まあいいよ……えーとね、『たったひとりしかいねえ自分を、たった一度しかねえ人生を、マジに生かさなかったら、人として、生まれてきた甲斐がないじゃん』ってことが書いてあったんだ……それを読んでアタシは救われた。テニスに縛りつけられなくてもいいんだって。また自分の好きなことを探せばいいんだって……そして本が好きになった」
「いい出会いがあったんだね」
 私は、そんな風に自分を変えるきっかけをつかんだオシエが少しだけ羨ましかった。

「……そう、だからキクノにも出会えた」
「え?」
「なんでもね」
 そう言って彼女は再び本を開いて栞をはずした。

 〇

 七月七日、七夕。
 制服はだいぶ前に夏服に変わっていた。
 上衣は白のブロード。ひざ丈ヒダ付きの紺のスカートで、襟とカフスは三本の白いラインが入った紺色。襟の下に巻く三角のスカーフは絶妙な淡さと深さの紺色。この日は家を出る前に鏡の前に立ち、入念に身なりを整えた。
 放課後、桜野高校(男子校)とわが桜野女子高の図書委員交流会がある。一年に一度、おり姫様と彦星様が出会う日に、こういうイベントをやるとは何とも心憎い。男子校との交流イベントは、文化祭やフォークダンスなど、年にいくつか企画されているが、七夕の日のイベントだけは図書委員の特権だ。楽しみ……のはずだったが、でも、あれ? なんかそうでもないような……

 テーマとなる図書は、住野よる著『君の膵臓をたべたい』。まだアニメ映画化される前の話だ。事前に読んで交流会に臨むが、普段ラノベしか読まない私でも、ぐいぐいと引き込まれてしまった。後半の急展開に頭の中がぐちゃぐちゃに翻弄される。夜が更けるのを忘れページをめくった。

 〇

 桜野女子高の図書館に両校の図書委員が集まった。合計四十八名。男女三人ずつ六名八グループに分かれ、この作品に関してグループごとに与えられたテーマについて意見交換し、最後にグループの代表者が発表する。

 私のグループに与えられたテーマは『もし、桜良が余命を全うしていたら、主人公の僕はどんな行動をとっただろうか』というものだった。

 グループでの意見交換を通じて思ったことは、読む人によって、こんなに考え方や好みが違うんだ、ということだった。ハッピーエンドを望む男子。バッドエンドを予想する女子生徒。メリーメリーバッドエンドというのもあるらしい。実際には桜良が余命を全うできなかったこの物語は、どれにあたるんだろうか。なんかわからなくなってきた。

 もう一つ思ったこと、というより気になったことは、別のグループになってしまったオシエは今、何をやっていて何を感じているんだろう、ということだった。

 彼女のグループのテーブルをチラ見すると、オシエは手に持つカラーのマッキーで模造紙に何やら書きこみながらウンウンと頷き、男子生徒の話を聞いている。和気あいあいと。いや、今自分がいるグループがギスギスしているわけではないが。これは『隣りの芝生』というやつだ。

 私は自分の考えを無難に発言し、無難に意見交換に参加した。グループで発表する内容は、模造紙に書きこんでくれていた男女の図書委員に全面的に任せた……いけない。集中力が途切れてしまっている。

 片や。オシエは、グループでの議論でも、全体会に移ってからの発表や意見交換の場でも、活発に発言し、他の生徒の言葉に耳を傾けていた。そんな彼女に男子生徒はもちろん、桜野女子高の生徒達も熱い視線を送っている。
 オシエからこっちにチラチラと視線を送ってくれているような気もするが、私は敢えて気づかないフリをする。つくづく嫌な性格だ。

 この場で初めて気づく。そして、気づいた自分に驚いた。
 私は男子生徒に嫉妬しているんだということを。それだけでなく、オシエと仲良く話している女子生徒達にも。要は、ここにいるみんなに嫉妬し、腹黒い感情を抱えている。それを抱えたまま、膜の中に閉じこもろうとしている。

 心の中で彼女を責める。ねえオシエ、なんでそんなにダレとでも仲良く話せるの?
 私が今、どんな気持ちでいるのか、どうしてわかってくれないの?

 もともと自分の性格はあまり好きじゃないけど、この時改めて気づくことになった。私って、なんて心が狭く、臆病で、嫉妬深いんだろう。そして自分を諫める。こんな人間、誰も好きになってくれないよって。そして、『私自身も私を』好きになってくれないよって。


 九十分余りの交流会は終了したが、オシエはまだ同じグループの男女と話している。
 ちらっと睨んだ私の視線に気づいた彼女は、両脇の生徒に会釈をし、こっちにやってきた。

「お疲れ、キクノ」
「疲れてなんかないよ」いちいち棘がある。

「そう、よかった。知んねえ男子とかいたから緊張したんじゃねえかと」
「……オシエは随分楽しそうだったね」いちいち棘がある。

「うん、自分の意見をバンバン言えて、みんなのユニークな考え聞けて、すごく楽しかった」
「それはそれは」いちいち棘がある。
「キクノはどうだった? お気に入りの男子とか、めっかったかな?」
 男子のことなんか、どうでもいいんだってば。

「……もう、意地悪!」
 ちょっと大きな声が出てしまった。周りの生徒が振り向く。

「どうしたの?」
 オシエの声が少し震えている。

 私は荷物をカバンにしまい、さっさと図書室を脱出した。
 彼女は追ってこなかった。そりゃそうだろう。今年の当番で後片付けがあるんだから。

 外に出ると、鳴き始めた蝉の声がパワーアップしていた。
 その声に埋もれて、このままどこかに消えてしまいたいと思った。
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