Naked Love〜涙の跡を舌で辿る時〜
ぽたり、
思わずフローリングの上に敷かれたラグマットに落としてしまったスマホ。
それをなんとか手に取って放心状態になる。
なかなか光らない黒いロック画面に、透明な雫が幾つも落ちていく。
込み上げる感情は、毒の様にぐるぐると体の中を巡りまわって、気持ち悪い。
何時も、だ。
ふわふわとした幸せな気持ちにされるだけさせられた後で、必ず凄いスピードで深淵に堕とされる。
何年…それこそ毎日飽きずに、めげる事もなく好きだと想っても、私の気持ちを丸ごと伝えても、それが本人へと真っ直ぐ届く訳なんて無くて。
それでも、縋るようにしてこの恋を叫び続けた私に対して、彼は優し過ぎて…優し過ぎるほど酷で。
隠す事もせず長い間を掛けて綴った私の気持ちを、十分過ぎる程知っているのにも関わらず。
その全てを否定する形で、私には何も言わずに遠い遠い異国へと旅立ってしまった。
そう…何故か"私に"だけ、何も告げずに…。
前日までは、確かに私の気持ちに『ありがとう』と返してくれていたのに。
それを聞いた友達は皆口々に、
「そんな酷い人なんて、もう忘れなよ!」とか、
「辛い思いしたなら、次の恋に進んじゃおうよ!」
なんて言って慰めてくれたけれど。
私は、ずっと彼にだけ想いを注いでいたから、今更何をどうしたら良いのか分からなくて。
今、どんな形で、異性との関係を構築していけば良いのかなんてイメージすら全く湧かなくて…ただただ、心をぐらぐらと揺らしている他に術がなかった。
それでも、空っぽになった心を自分で何とか大丈夫だと、言い聞かせる事が出来る様になって来たのに、何で彼はこのタイミングに帰国を決めたのか。
確かに、不意に訪れる寂しさなんかに襲われ、涙を流す時もあるけれど、咄嗟にやってくる凶悪的な孤独や苦しみに衝動的な行動を起こしてしまいそうになる時もあるけれど、やっとの思いで、何とか自分だけの力で抑え込んで、踏ん張って、感情の起伏をコントロール出来る様になって来たのに…。
彼以外の人と一瞬でも、"恋"というモノを感じられる様になって来たのに…。
あまりにもいきなりの事過ぎて、その事を聞かされた瞬間は、私には息も凍る程に、体が強張った。
けれど、もしも向こうから何かしらのアクションがあったとしても、そんな事をされたって何も変わらない。
だって此方から会いに行く事はもう絶対に無いし、本当に全てが今更なのだ。
もう…あの頃の様には戻る事は無いのだから。
兎に角、あの頃の絶望を二度と自分は味わいたくない。
失った時間に恋の幻想を燃やす程、子供ではなくなってしまったのだから。
そう、自分の中で何とか折り合いを付けて、流れた涙を少し乱暴に拭って、深呼吸をした。
これは、私の中にある一つのケジメの様なもの。
彼…悠久くんへの、気持ちの整理はとっくに済んでいる筈だから。
何も怖がる事は一つもない。
あれは幼い頃の理想が見せた、単なる憧れの朧げな夢物語。
きっと、彼からすれば私の好きは「その内治る麻疹」のような出来事だったのだろう。
今の私は、拭えない悲しみや寂しさを抱えてはいるものそれを一人で解決する処世術は、自分の中にある。
だから、スマホの電源を落として、これ以上余計な情報が入って来ないよう、一旦瞳を閉じてから一息を吐いて、流れっぱなしだった映画を止めつつ、バスタブにお湯を張られた事を知らせるメロディーに着替えを持って移動し、気持ちを落ち着かせた。
チッチッチッチッ
電源を落とすと、 耳障りな小さな壁掛け時計の音が、心臓に響く。
頭が割れそうに痛い。
また、私は振り回されてそのまま…良い様に気持ちごと捨てられるのか…?
様々なシチュエーショが、胸の中にとぐろをぐるぐると巻いていく。
もう…本当に無かったことにしたいくらい…今の私にとっては黒歴史なんだ。
若気の至り。
自分の思い上がりで相手の気持を、捕まえられるなんて幻想を、繰り返しだけはなかった。