愚か者の後悔

王太子ジョージの後悔 ①

彼らに会ったら何と声を掛ければいいのだろう。
いや、同じ所へ行くことなどできるはずがない。
願わくは生まれ変わって、今度は彼らを支えられたら・・・

◇◇◇
私は肥沃な土地と鉱山を有するルクセル王国の第一王子ジョージとして生を受けた。
国境となる大河を挟んだ隣国とも友好な関係を保ち、国は裕福で国内情勢も穏やかだった。
筆頭侯爵家のガレリア出身である王妃バーバラの第一王子であったため、後ろ盾も申し分なく、王太子に指名されるのは既定路線だった。

同腹の妹である第一王女ビアンカがおり、ガレリア家の派閥であるフォルン伯爵家から嫁いだ側妃シェリルを母に持つ第二王子ルイスと第三王子チャールズとは仲も良く、王宮内で弟たちとは蟠りなく過ごしていた。

父である国王リチャードの同腹の姉アメリアは、三家ある公爵家のうちで一番血筋の遠いグレイ公爵家へ嫁いでおり、嫡男アルフォンス、次男ルーカス、三男レナートの三人の男子を儲けていた。
嫡男アルフォンスはもとより、次男のルーカスもグレイ公爵家の持つ伯爵位を継ぐ予定のため、三男のレナートは幼い頃からもう一つの公爵家であるブレナン公爵家へ養子に入る事が決まっていた

十歳になった頃、レナートは宰相を務めるブレナン公爵に連れられて王宮に来るようになり、私たち兄弟妹と一緒に従弟として交流を持つことになった。
将来の宰相として、王家との、とりわけ将来の王太子である私との関係を強くしておくことが目的だった。

同い年の私とレナートは、勉強も剣術も切磋琢磨しながら育ち、お互いの立場で国を支えていくと信じて疑わなかった。

あの日までは。


私の十一歳の誕生日の茶会は、将来の王太子妃候補と側近候補を選定する見合いの場でもあった。
近隣国には年の近い王女がいないため、国内の選りすぐりの令息・令嬢が集められた華やかな茶会だった。
初めて大勢の着飾った令嬢たちに囲まれるという経験をした私はその勢いに圧倒され、一時休憩室に下がったのだが、その部屋のテラスに面した、会場から少し離れた庭園の片隅に居るレナートを見つけた。
レナートはかわいらしい令嬢と一緒だった。
彼女には以前、王宮で宰相のブレナン公爵と一緒に挨拶を受けたことがある。
一つ年下のブレナン公爵令嬢のオフィーリアだった。
ブレナン公爵家にはオフィーリアしか子が無く、レナートが養子に入る事は将来オフィーリアの伴侶となる事を意味していた。
二人の姿を見た瞬間、その漠然とした事実が一気に現実となった。
仲良く向かい合って楽しそうに屈託なく笑う二人の笑顔と、いつもと違う心を許したレナートの様子は、今は子供ながら将来は仲睦まじい恋人となる事を容易に想像できる柔らかな雰囲気だった。
ほほえましい二人がちょっと羨ましくもあり、冷やかしてやろうとテラスに出た。

ふと、オフィーリアの髪に木の枝を削って作った小さな花飾りが挿されているのが目に留まった。
今朝の剣の稽古中に騎士団長が手慰みに作り方を教えてくれたものだ。
女の子の目の前で作って渡すと喜ばれるぞと言いながら。
私もレナートも弟たちも側近たちもこぞってやってみたが、誰一人花に見える形にさえ出来なかったはずだ。
それを見ていた騎士団の連中にも、モテたいなら練習あるのみと笑いながら慰められたのだ。

共に切磋琢磨し良い意味でのライバルと思っていたレナートに対し、もやもやとした言いようのない感情が生まれた。
レナートは将来、宰相となり家臣となる。
私はそのレナートにもちろん負けたことはないが、勝ったこともない。
その意味を唐突に理解した。

何をしてもいつも私と肩を並べて表情を変えないレナートのとりすました顔が思い浮かぶ。
オフィーリアのあの笑顔を私に向けるようにすれば、レナートの顔は悔しさに歪むだろうか。

突然湧き起った感情を隠して声を掛けると、レナートは今までの柔らかい雰囲気を消していつものすました顔で私に対応した。

気に入らない。

オフィーリアにはとりわけ優しく声を掛けて、飛び切りの笑顔で接した。
今までどんな令嬢も私のこの笑顔を見れば頬を染めて見つめ返してきたのに、オフィーリアは令嬢の顔を崩さなかった。

気に入らない。

私はこの時から、レナートの悔しがる顔を見る為だけにオフィーリアに執着するようになったのだった。
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