愚か者の後悔
王太子ジョージの後悔 ⑤
王宮の結婚式から一か月。
ブレナン公爵領の海の見える丘に建つ二つの墓標の前で、レナートはオフィーリアの命を奪った毒の残りを煽った。
本来なら王家の秘匿事項を知ったものを娶ったものも同じく毒杯を賜ると決まっていたが、
今回の王家から受けた非道な行いに対して、謝罪を受け入れる条件として一か月の猶予をもぎ取った。
オフィーリアを連れて幸せな思い出の詰まったブレナン公爵領に戻り、二人のお気に入りだった海の見える丘に墓標を並べて建てるために。
寄り添うように並んだ墓標にはそれぞれ、レナート・フォン・ブレナン オフィーリア・フォン・ブレナンと刻まれている。二つの墓標の上にちょこんと置かれているのは、斜面を覆う様に咲き誇る水色の花を編んだ花冠だ。王都に居を移す前は花畑の中に二人で並んで腰かけて、どちらが上手に花冠を作れるかよく競争していた。
オフィーリアの花冠には小枝を削って作った小さな花飾りがついている。
昔、王宮で騎士団長に教えてもらった花飾りは素朴で可愛らしく、絶対にオフィーリアに似合うと思った。目の前で作って渡したときの弾ける様な嬉しそうな顔が今でも脳裏に焼き付いている。
都会育ちの殿下たちは苦戦していたようだが、田舎の領地で自然に囲まれて育ったレナートには朝飯前の細工だった。オフィーリアは目の前で花の形になっていく枝をキラキラした目で見つめていた。
それが最後のプレゼントになった。
その時の花飾りをオフィーリアは大切に保管していて、棺の中に入れて欲しいとブレナン公爵への最期の手紙と共に託していた。今はオフィーリアの髪に飾られ、共に眠っている。
まだ幼かったある日、レナートはこの水色の花畑の中に跪き、会心の出来の花冠を捧げてオフィーリアにプロポーズをした。そして命を終えた時にはここに二人のお墓を建てて、仲良く並んで眠ろうと約束していた。
その約束を果たした今日、レナートはオフィーリアのもとへと旅立った。
デビュタントボールの後、私たちの罪の結果を見届けた私とエルサは、その日のうちに離宮での幽閉が決まった。
幸せの絶頂から奈落の底に叩き落された私たち。
いや、そうではない。
自ら奈落へ転がり落ちてしまった愚かな私たち。
私もエルサも、婚約を解消されたオフィーリアが毒杯を賜る事を分かっていた。
私は父王から、エルサはヘルマン侯爵からそれぞれ伝えられていた。
なのに、もしも最悪の結果になったとしても、二人で生涯オフィーリアのために祈り、国のために尽くして幸せになる事が報いになるなどと身勝手極まりない世迷言を口にし、どんな結果でも二人で手を取り合ってこの不幸を乗り越えるなどと臆面もなく言えたのは、オフィーリアの死を第三者から伝え聞く事が前提だったからだ。
その無責任な傲慢さを見抜かれ、オフィーリアの最期に立ち会わされたのだ。
自分たちの罪とその結果がもたらす現実から目を逸らす事は許さないと。
【王太子ジョージは急な病のため王太子位を辞し離宮で静養に入った。結婚は困難な状態のため、ブレナン公爵家オフィーリア嬢との婚約は白紙とする。また、ヘルマン侯爵家エルサ嬢は第一王子への献身を表明し、離宮にて看病に当たる。】
王家からはそう発表された。
愚かな王子と令嬢の失脚劇は一時社交界の噂になるだろうが、すぐに忘れ去られるだろう。
貴族たちにとっては、自分たちに利の無い者は話題にする価値などないのだから。
そう思っていた。
エルサと二人の離宮での生活は穏やかに過ぎて行った。
事実上の幽閉とはいえ、離宮の使用人に不自由なく世話をされ、屋敷の中や敷地の庭は自由に動ける。
離宮に入ってしばらくは食事も喉を通らず、二人で手を取り合っていなければ立っている事すらできなかっただろう。
お互いを慰め合い、ようやく落ち着いた日々を過ごせるようになった。
笑顔はなくとも憂いを含んだエルサはなお美しく、私が王太子妃にと望みさえしなければ将来は側妃として二人で幸せに過ごせたのにと後悔を口にすれば、エルサもまた、自分が身を弁えて側妃としてお仕えすれば、ジョージ様は国王として国を担って行けたのにと俯く。
毎日自ら閉ざしてしまった未来に想いを馳せ、自業自得と口にはしながら、自分たちの不幸を嘆くだけの悲劇の主人公として感傷に浸る毎日だった。
◇◇◇
そんな日々の中、王妃から一冊の本が届いた。
舞台にもなった物語で、王都では貴族から平民まで知らないものはない程の話題の本だという。
物語の舞台になった場所は聖地と呼ばれ、人々がこぞって訪れているそうだ。
物語を元にした美しい旋律の歌は舞台にも使われていて大人気なのだとか。
ここへ来て初めての贈り物をとても喜んだエルサは、庭を眺められる窓辺のお気に入りの椅子に座って読み始めた。
読み進める内、エルサの顔色がみるみる蒼白になっていく。
本から顔を上げて呆然と座るエルサを抱き寄せ、本を取り上げてソファに座らせた。
私たちは許されない、私たちは許されない
蒼白な顔でうわ言の様にそう呟き続け、焦点が合わないエルサを着替えさせて部屋で休ませた。
食事も摂らずに呟き続けるエルサを薬で落ち着かせ、眠ったことを確認してから自室に戻り本を手に取った。
ブレナン公爵領の海の見える丘に建つ二つの墓標の前で、レナートはオフィーリアの命を奪った毒の残りを煽った。
本来なら王家の秘匿事項を知ったものを娶ったものも同じく毒杯を賜ると決まっていたが、
今回の王家から受けた非道な行いに対して、謝罪を受け入れる条件として一か月の猶予をもぎ取った。
オフィーリアを連れて幸せな思い出の詰まったブレナン公爵領に戻り、二人のお気に入りだった海の見える丘に墓標を並べて建てるために。
寄り添うように並んだ墓標にはそれぞれ、レナート・フォン・ブレナン オフィーリア・フォン・ブレナンと刻まれている。二つの墓標の上にちょこんと置かれているのは、斜面を覆う様に咲き誇る水色の花を編んだ花冠だ。王都に居を移す前は花畑の中に二人で並んで腰かけて、どちらが上手に花冠を作れるかよく競争していた。
オフィーリアの花冠には小枝を削って作った小さな花飾りがついている。
昔、王宮で騎士団長に教えてもらった花飾りは素朴で可愛らしく、絶対にオフィーリアに似合うと思った。目の前で作って渡したときの弾ける様な嬉しそうな顔が今でも脳裏に焼き付いている。
都会育ちの殿下たちは苦戦していたようだが、田舎の領地で自然に囲まれて育ったレナートには朝飯前の細工だった。オフィーリアは目の前で花の形になっていく枝をキラキラした目で見つめていた。
それが最後のプレゼントになった。
その時の花飾りをオフィーリアは大切に保管していて、棺の中に入れて欲しいとブレナン公爵への最期の手紙と共に託していた。今はオフィーリアの髪に飾られ、共に眠っている。
まだ幼かったある日、レナートはこの水色の花畑の中に跪き、会心の出来の花冠を捧げてオフィーリアにプロポーズをした。そして命を終えた時にはここに二人のお墓を建てて、仲良く並んで眠ろうと約束していた。
その約束を果たした今日、レナートはオフィーリアのもとへと旅立った。
デビュタントボールの後、私たちの罪の結果を見届けた私とエルサは、その日のうちに離宮での幽閉が決まった。
幸せの絶頂から奈落の底に叩き落された私たち。
いや、そうではない。
自ら奈落へ転がり落ちてしまった愚かな私たち。
私もエルサも、婚約を解消されたオフィーリアが毒杯を賜る事を分かっていた。
私は父王から、エルサはヘルマン侯爵からそれぞれ伝えられていた。
なのに、もしも最悪の結果になったとしても、二人で生涯オフィーリアのために祈り、国のために尽くして幸せになる事が報いになるなどと身勝手極まりない世迷言を口にし、どんな結果でも二人で手を取り合ってこの不幸を乗り越えるなどと臆面もなく言えたのは、オフィーリアの死を第三者から伝え聞く事が前提だったからだ。
その無責任な傲慢さを見抜かれ、オフィーリアの最期に立ち会わされたのだ。
自分たちの罪とその結果がもたらす現実から目を逸らす事は許さないと。
【王太子ジョージは急な病のため王太子位を辞し離宮で静養に入った。結婚は困難な状態のため、ブレナン公爵家オフィーリア嬢との婚約は白紙とする。また、ヘルマン侯爵家エルサ嬢は第一王子への献身を表明し、離宮にて看病に当たる。】
王家からはそう発表された。
愚かな王子と令嬢の失脚劇は一時社交界の噂になるだろうが、すぐに忘れ去られるだろう。
貴族たちにとっては、自分たちに利の無い者は話題にする価値などないのだから。
そう思っていた。
エルサと二人の離宮での生活は穏やかに過ぎて行った。
事実上の幽閉とはいえ、離宮の使用人に不自由なく世話をされ、屋敷の中や敷地の庭は自由に動ける。
離宮に入ってしばらくは食事も喉を通らず、二人で手を取り合っていなければ立っている事すらできなかっただろう。
お互いを慰め合い、ようやく落ち着いた日々を過ごせるようになった。
笑顔はなくとも憂いを含んだエルサはなお美しく、私が王太子妃にと望みさえしなければ将来は側妃として二人で幸せに過ごせたのにと後悔を口にすれば、エルサもまた、自分が身を弁えて側妃としてお仕えすれば、ジョージ様は国王として国を担って行けたのにと俯く。
毎日自ら閉ざしてしまった未来に想いを馳せ、自業自得と口にはしながら、自分たちの不幸を嘆くだけの悲劇の主人公として感傷に浸る毎日だった。
◇◇◇
そんな日々の中、王妃から一冊の本が届いた。
舞台にもなった物語で、王都では貴族から平民まで知らないものはない程の話題の本だという。
物語の舞台になった場所は聖地と呼ばれ、人々がこぞって訪れているそうだ。
物語を元にした美しい旋律の歌は舞台にも使われていて大人気なのだとか。
ここへ来て初めての贈り物をとても喜んだエルサは、庭を眺められる窓辺のお気に入りの椅子に座って読み始めた。
読み進める内、エルサの顔色がみるみる蒼白になっていく。
本から顔を上げて呆然と座るエルサを抱き寄せ、本を取り上げてソファに座らせた。
私たちは許されない、私たちは許されない
蒼白な顔でうわ言の様にそう呟き続け、焦点が合わないエルサを着替えさせて部屋で休ませた。
食事も摂らずに呟き続けるエルサを薬で落ち着かせ、眠ったことを確認してから自室に戻り本を手に取った。