愚か者の後悔

国王リチャードの誤算 ②

議会の後、家族を集めて話し合いの場を設ける事になった。

「ビアンカ、お前には大いに失望した。兄に対してあのような残酷な仕打ちに加え、愛し合う二人が同じ場所で静かに眠る事すら許さぬとは、人の心が無いとしか思えぬ。家族として同席する事すら苦痛だ!」

ビアンカは子どもの頃から私や王妃に認められようと媚びるように振る舞い、周囲の人間の顔色ばかり窺っていた。失望したと突き放せば縋ってくるはず。
棺が出発していない今ならまだ間に合う。ビアンカが自分の態度を反省し許しを請うなら、ブレナン大公領のどこかに二人が一緒に眠れる場所を提供することを条件に家族と認めて受け入れてやろう。
そう思っていたのに、まるで興味がなさそうに首をかしげて詰られた。

「お父様にどう思われようと、そんなことどうでもよろしいわ。
それはさておき、レナート兄様とオフィーリア姉様に残酷な仕打ちをしたのはお兄様とお父様のほうでしょう?
愛し合う二人を無理やり引き裂いて生き地獄を見せた挙句、何の落ち度もないオフィーリア姉さまを邪魔になったからと殺してしまうだなんて、およそ人の出来る事ではないわ。まるで人の皮を被った悪魔のよう」

これは誰だ?ビアンカはこんな娘ではなかったはずだ。
いつもおどおどと私の顔色を窺い、何を言われても無視をされても媚びるように機嫌を取りに来る娘だったはずだ。
王家の色も持たない、取るに足らない存在の分際で歯向かうとは!

「貴様は父を悪魔と言うか!お前などもう娘とは思わん!」

「あら、今更ですか? 王家の色を持たずに生まれた私を見て、自分の娘ではないと大騒ぎしたのでしょう? 知っていますよ。私の色を理由にお母様の不貞を主張して離縁できると実は大喜びしていたことも、私の左手の小指の形が王家に伝わる遺伝と一致していると分かると赤子の私の手を潰そうとした事も全てね。でも未遂に終わって、お母様の不貞も主張できなくなったのですもの。残念でしたわね」

自身への父親からの虐待と言える内容を、ころころと笑いながら実に楽しそうにしゃべっている。
他の家族は黙ったまま声を上げるものがいない。
私は目を見張ったまま口を開けても言葉が出てこない。
どこまで知っているのだ。何を知っているのか。

「愛する人と二人で並んで眠りに就きたいと切に望んでいるのは、実はお父様ご自身でしょう?
本来は霊廟に埋葬されない側妃のシェリル様と並んで葬られたいから、前例を作りたくて躍起になっているのですよね。
何度も何度もお母様を事故に見せかけて亡き者にするよう細工してもことごとく失敗して、やっと諦めましたのね。今度は並んで埋葬される方法を模索ですか」

「き、貴様は一体何を言い出すのだ!許される発言ではないぞ!」

「そんなお芝居は不要でしてよ? 未遂に終わったのはガレリア侯爵家の護衛と影が全て未然に防いでいる事ですからお母様はもちろん全てご存じですわよ。ねぇお母様?」

王妃のバーバラを見やると、いつもと変わらぬ微笑みを湛えた顔を向けている。
側妃のシェリルは涙を浮かべて俯いている。

「大半は事が発覚する前にシェリル様がガレリア家とお母様に報告して下さっていたのよ?
ご存じでしたか? シェリル様は愛するお父様に人の道を踏み外して欲しくなかったのですって。
ねぇ、お父様? よかったわね。悪魔にならずに済んで」

「愛するものと結ばれない苦しみがお前にわかるのか!
愛してもいない女と子を儲けなければならない屈辱がお前にわかるというのか!
やっと手に入れても日陰の身にしかしてやれない。私たちの仲を引き裂く女を憎んでも仕方ないではないか!」
 
どうしてこうなった?
一体何が起こっている?

「愛してもいない男の子を生さなければならない屈辱はお母様も同じでしょうに。
お母様も愛する方と引き裂かれていたとは思いませんでしたか?
自業自得を不幸と捉えて感傷に浸るところも、自分と愛する人以外の感情を慮れないところも、愚かにも自分たちの愛情を人の命よりも優先する所もお兄様と呆れる程そっくりだわ。
例え日陰の身となっても、それでもお父様と結ばれたいと覚悟を持って嫁いだシェリル様を一番苦しめたのは、私情に駆られて浅はかな行動を起こしたお父様だわ。一体今までシェリル様の何を見ていらしたの?」

いかに国王でも、王妃の殺人未遂となれは処刑を免れない。
引き際を間違えればビアンカは間違いなくこの事実を利用して私を最も残酷な形で引き摺り下ろすだろう。
私はもう国王でいてはいけない。

早い段階で第一王子ジョージを後継者としていたため、第二王子ルイス、第三王子チャールズ共に王子教育しか施していない。
即位してから優秀な側近を付けて教育をしたとして、ビアンカに対峙できるまでにどのくらい時間が掛かるだろうか。

「・・・病気療養として離宮に下がろうと思う。バーバラ、本当に今まで済まなかった。おこがましい願いだが、ルイスとチャールズの後ろ盾になってもらえるだろうか。
シェリル、一緒に来てくれるか?」
 
バーバラは、やっと解放されるわと呟きながら鷹揚に頷いた。
シェリルはそっと私の腕に手を添えてくれた。

私はビアンカの前に思わず跪いて懇願した。

「私は今すぐに退位する。王妃殺害未遂はどうか公表しないでくれ!ルイスかチャールズの即位に傷を付けたくないのだ。お願いだ!」

ビアンカは呆れたようにため息を吐いて立ち上がった。

「跪く相手を間違っていましてよ。そんなことすらわからないのですか?
全てはお母様とガレリア侯爵家の裁量次第。
今までもそうだったのですよ?
お父様には知らないほうが幸せな事がまだまだたくさんありそうですわ。
これから楽しみですわね」

慌ててバーバラを振り返ると、何もかも諦めたような冷めた目で見下ろされた。

「この期に及んでも国の心配ではなく保身と私情優先とは・・・
しかも親子そろって女連れで離宮にお籠りだなんて、どこまで王家の恥を歴史に残すおつもりかしら」
 
ビアンカが部屋を出ようと私の横を通り過ぎた時、扇子をパシリと閉じ、さも今思いついたように私の背後で足を止め、耳元に顔を寄せ囁かれた。

「でも、この国が無くなれば、恥ずべき歴史も残りませんわね」

びくりと振り返った私を、微かに口角を上げて見据えた顔は既に為政者の物だった。

踵を返し軽やかな足取りで優雅に部屋を後にするビアンカを、私は呆然と見送るしかできなかった。


◇◇◇
あれから一年半、私は王妃殺害未遂の罪で起訴され有罪となり貴族牢に幽閉された。
シェリルはその計画を全て未然に防いだ功績を認められ、女男爵位を賜り自由の身となった。
心身ともに支えてくれたシェリルを巻き込まずに済んだことだけは良かったと言える。

数日後、ビアンカから送られてきた裁判での証拠資料の裏表紙には王妃の署名があった。

【かつての旦那様へ慈悲を込めて
 王家の誇りは常に右手に】
ルクセル王国 王太后 バーバラ・フォン・ルクセル

あぁ、やはり私は許されない。
何度も命を奪おうとしたのだから当然だ。

その夜、指輪の毒をワインに垂らして一気に煽った。

薄れてゆく意識の中で考える。
あの日ビアンカに言われるまでバーバラにも想い人がいたかもしれないなど考えもしなかった。
それを全て捨てて王家に嫁がされ、子を生し、王妃の激務を熟すしかなかったバーバラ。
彼女が望んで嫁いだわけでもないのに、私は理不尽に虐げて冷遇した挙句、何度も殺そうとした。
自分は愛するシェリルを手に入れて、執務をバーバラに押し付けて甘い時間を過ごしていたのに。
分刻みのスケジュールと私が押し付けた大量の執務量を考えれば、バーバラに心を癒す時間や場所があったとは思えない。

恨まれて当然、良く今まで恥ずかしげもなく生きていられたものだ。
しかしこれですべて終わる。

ゆっくりと目を開けると辺り一面を覆い尽くす氷の中で身動きが取れなくなっていた。
私は永遠にここにいる。もう二度とバーバラを煩わせる心配はない。


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