悪魔に恋した少年

1話

死体、死体、死体、死体・・・
目に映るもの全てが死体だった。
「少尉、この倒れている人達、全員死んでるのでしょうか?
ただ眠っているだけのようにも見えますが…」
一人の兵が尋ねる。
「ああ、全員が死んでいる。
これまで奴が現れた地に生き残りは一人もいない」
少尉が答える。
兵の言った通り、街の住人は皆、ただ眠っているだけのようだった。
街には今しがたまで普通に生活していた匂いが漂っている。
戦争ともなれば、街は噴煙と瓦礫の山と化し、欠損した死体が転がり血飛沫が散る。
だが、街も人も何一つ傷ついてはいない。
ただ人々が倒れている以外は、至って平和な街の景色だった。
「もう1キロはこの光景が続いていますが…」
重ねて兵が呟く。
少尉に連れ立って偵察に訪れた兵3人は、いずれもげんなりした様子だ。
「こんなものじゃない。奴がひとたび力を発動すれば、半径3キロの人間は一瞬で死に至る」
「3キロ…!?」
「現実離れした数字だが、真実だ。民衆に動揺を与えないよう被害は過小に報道されている。
末端の兵にも真相は伝わっていまい」
ふと目をやると、まだ5歳くらいの子供が倒れていた。
手に握りしめた茶色の袋からは、ジャガイモやトマトが散らばっている。
おつかいの帰りだったのだろうか。
「こんな子供まで…まさしく"悪魔"ですね」
一行は、この光景を作り出した主に憎悪が自然とこみ上げてきた。
「"悪魔の一族"の仕業に間違いなかろうが…これだけの芸当ができる者はそうはおらん。おそらくは…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夕焼けが沈みはじめ、空が紫に染まっていく。
「ふわああ…」
古びた木のベッドを軋ませ、一人の少年が起き上がった。
これからがバルの活動時間だ。
バルは埃だらけでボロボロの鏡に映った自分の姿を見て顔をしかめた。
短い寸詰まりの手足、妊婦のように飛び出た腹は、醜い子豚を連想させた。
細い目、大きく広がった低い鼻、突きだした分厚い唇、どのパーツを見ても醜い顔だ、とバルは思った。
油ぎった髪にまで目を游がせてから、バルは忌々しげに鏡から目を背けた。

床に置かれた小さな丸テーブルから、茶色い紙袋を取り上げ、中の串肉を出して貪る。
牛肉に塩をかけ、串を刺して焼いただけのもので、バルの好物だった。
取り置いていた3本を食べ終え、串までしゃぶって捨てると、バルは粗末な寮を出た。

街の中心部に向かってひたすら歩き続ける。
すれ違う人が徐々に少なく、やがてほとんどいなくなり、
街が夜の闇に包まれた頃、バルは街の中心の時計塔に着いた。
時計塔の横に備え付けられた倉庫に入り、バケツとモップを取り出し、水道からバケツに水を入れると、
再び時計塔に戻り、ドアを開けて電気を点けた。
かなり薄暗いが、スイッチを入れるだけで電球の灯りが点る。
"南側"の世界でも、まだ都市の一部にしか使われていない、珍しい代物だ。
スイッチを押すだけで灯りが点るなんて時代は進歩したなぁとバルは改めて感心すると、螺旋階段を上り始めた。
「ひい、ふう……」
頂上までは約30メートルある階段を、バルは幾度も休みながら上り続ける。
ようやく頂上にたどり着くと、バケツを床に下ろし、
モップを水に浸けて、またひとしきり休む。
「はあっ、はあっ……よし、やろう」
一人呟くと、バルは階段をモップで擦り始めた。
この時計塔を夜の内に掃除しておくこと、それがバルの仕事だった。
バルはモップの水を絞ることもなく、ひたすら階段を擦りながら下りていった。

ーーーそれは掃除を始めて、5分ほど経った頃だった。
「あの…」 唐突に上から声がした。
女の声だった。
「わっ!」
バルは驚いて後退り、階段から落ちそうになった。
「ごめんなさい…お仕事中に声をかけてしまって…」
バルは見上げて、声の主を見る。
灯りに仄かに照らされたシルエットは、バルとさして年の変わらなさそうな少女だった。
12~3歳ほどだろうか。
黒髪に、足下まで伸びた黒のローブと、黒ずくめの姿だから気づかなかったのかもしれない。
「ううん、全然大丈夫。でも何でこんな時間にここに…?」
バルは問いつつ、改めて少女の顔を凝視して、驚いた。
少女が、絵に描いたような美少女だったからだ。
薄明かりにも、神が創ったような相当に整った顔をしていた。
避けられ、忌み嫌われこそすれ、滅多に女に話しかけられることのないバルだった。
それもなぜ、こんな美少女が自分に声をかけてくるのだろう。
バルはいぶかしんだ。
「それは……ちょっと街の夜景を見てみようと思って……」
少女は躊躇いがちに答えた。
「ふぅん…まぁ全然ぼくはいいけど…」
バルはいまいち納得できなかったが、少女と話せる喜びの方が上回っていた。
「…この街、夜、綺麗だよね。電気が灯るから」
しばしの沈黙のあと、バルが言うと
「ですよね…!そうなんです!だから…」
と少女が食いついた。
しかし、バルは言ってみたものの、まだこの街に電気は普及しておらず、灯りはまばらだ。
こんな時間に本当に夜景を見る為にいたのか、疑問は解けないままだった。

再び、しばしの沈黙のあと、今度は口を開いたのは少女だった。
「突然ですが…この街にカミラスが攻めてくるという噂、聞いたことありますか…?」
本当に突然の話だった。
カミラスといえば隣の国だ。
それが攻めてくるとはどういうことだろう。
「カミラス…?カミラスとはふかしんじょーやく?を結んでるはずだけど…」
難しい話はバルにはわからなかったが、隣国とは互いに戦争をしないと取り決めていることくらいはバルでも知っていた。
「…不可侵条約は反古にされます。カミラスは"北"につきました。
3日後にはこの街に攻め込むつもりです」
少女は年齢の割に大人びた口調で答える。
確かに世界は北と南に分かれた大戦争の真っ最中だ。
だがこの街は前線からはまだ遠く離れている。
何より、なぜこの少女はそんなことを知っているのだろうか。
「何でそんなことわかるの?」
バルが問うと、少女は戸惑いの表情を浮かべた。
「…噂で聞いたんです。私はカミラスからこの街に来たから…」
バルは釈然としない思いだった。
「カミラスから…?もうじき攻めてくるのに…?」
再びバルが問うと
「あはは…そ、そうですよね…」
と、少女は明らかに狼狽した。
「ですがこれは本当の話みたいなんです…信じてもらうのは難しいですが…」
少女は気を取り直して続ける。
「ううん、信じてないわけじゃないけど…」
「…3日後にカミラスが攻めてきた時は瞬く間に街は包囲されます。
そうなればもう逃げることはできないと思います。
ですから今のうちに避難した方が…」
ようやく少女が言いたいことが理解できた。
だがバルは少女の話を信じていなかった。
そんな噂は聞いたこともなければ、こんな少女が国家の機密情報を知っているはずがないことくらいバルでもわかる。
嘘をついて騙そうとしているのだろうか。
少女の目的は何なのだろう。

「でも仕事があるから…ぼくでもできる仕事やっと見つけたんだよ。
この仕事なくしたら次が見つからない…」
バルはこの清掃の仕事に就くまで、幾度も仕事を変え、あるいは解雇されてきた。
時計塔の夜間清掃ならば、誰とも関わることなく、自分のペースで終えられる。
それは他人との交流を極端に苦手とするバルの天職だった。
「お金は私が出します。新しいお仕事が決まるまで生活できるだけの…だから早く逃げた方が…」
少女は真剣な目をして訴えた。
だが、この言葉によって、バルの少女に対する疑いは確信へと変わった。
なぜ初めて会っただけの人にそこまでするのか。
まして嫌われ者の自分に。
何か裏の企みがあるに決まってる。
そう、バルは確信した。
「…もしかして、そうやってぼくをどこかに連れてって、壺とか買わせようとかしてないよね…?」
バルが疑いに満ちた顔で聞くと、少女はどうしていいかわからず困惑した。
「それか罰ゲームでぼくを騙そうとしてるとか…」
バルは続ける。
これまでの11年の人生、騙され利用され虐げられ踏みにじられてきたバルだった。
少女が何か悪巧みをしている。
その方がよほど信じられる可能性だった。
「あ、怒ってないんだよ…でも本当のこと教えてほしい…
この仕事なくなったらぼく本当に困るから…」
少女が黙ってしまったのを見て、バルは慌てて顔色を伺うように言う。
何かしら企んでいるであろう少女に対する怒りはあった。
だがそれにしても、バルは他人が怖かった。
人は自分を傷つける力を持っている、そして自分は哀しいほど非力であることを、
バルは11年の人生で骨身に沁みさせられていた。
怒りと恐れの入り雑じった目で少女を見るバルだったが、少女の答えは予想に反したものだった。
「ですよね…こんな話、信じてもらえるはずないですよね…」
少女は怒ってはいなかった。
ただ落ち込み、困惑した表情で呟いた。
「でも本当の話なんです…!どうしたら信じてもらえるか…」
少女は独り言のように呟き、俯いた。
しばし考えているようだ。
バルもまた、どうしていいかわからなくなった。

しばらくの沈黙の後、少女は時計塔の切り抜き窓を指した。
「…3日後の明け方、この窓からカミーユ平原を見ていてください。
カミラス軍はカミーユ平原から攻めてきます。
カミラス軍の姿が見えたら逆方向の南…テトのパン屋さんがある方へ逃げてください。
南は包囲が一番薄いはずですから、逃げられる可能性があります。
テトのパン屋さん、知ってますか?」
少女は逃げる手筈を説明したが、全て嘘だと確信したバルは最早、空ろにしか聞いていなかった。
「あぁ…うん。知ってる…」
バルが曖昧に答えると、少女はまだ何か言いたげな顔をしながら、
「でしたら、私はこれで…」
と言い、階段を降りたーーーー
と、次の瞬間、少女は階段を転がり落ちていった。
「ーーーっっ…!」
少女は、階段と階段の繋ぎ廊下でようやく落下を止めると、痛みに呻きながら再びよろよろと立ち上がった。
「あ、足下気をつけて。暗いから」
バルが声をかけると、
「うっ、うん…それでは…」
と言い残し、ふらつきながら少女は去っていった。
ーーーバルがモップを搾らない為にできた水溜まりで少女が足を滑らせたことには、バルは全く気づいていないようだった・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーー3日後ーー
「7、8…あっ!」
時計塔の掃除を適当に終えたバルは、モップを逆さに立てて遊んでいた。
「また落としてしまった…10秒って難しいな…」
バルはモップを拾うと、再び掌の上で逆さに立てようとして、ふと思い出した。
「そういえば今日か…」
あの変わり者の少女が、戦争が起きると言った日である。
だがやはり、街には何の変化もない。
「カミーユ平原を見ろって言ってたけど…また階段上がるの面倒くさいな…」
バルはあらかた掃除を終えて、螺旋階段の下まですでに降りていた。
少女は何者だったのだろう。
何か裏の企みがあったのか、変わった娘だったのか。
いずれにせよ録なものではなかった。
バルは改めて思った。

ーーその時だった。
ドンという、耳元で太鼓を鳴らされたような音が響いた。
次いで、雷が間近に落ちたような、凄まじい轟音。
「雷……!?いや…まさか……!」
煙の臭いがした。
何かが焼け焦げる臭い。
ドン、ドン、ドンと太鼓を連続して鳴らす音。
「ひいっ!」
バルは耳を塞ぐが、爆音は体にまで響いてきた。
恐る恐る塞いだ耳を開けると、次に聞こえてきたのは人々の悲鳴と絶叫だった。
「助けて!」「戦争だ!!」「殺される!」「逃げろ!」
耳を澄ますと、そのような声が届いてきた。
「そんな…馬鹿な……本当にっ…」
バルは愕然として、立ち竦んでいた。
「たしか…テトのパン屋って言ってたっけ…テトのパン屋ってどこだったっけ…!?
それに今から逃げても、すぐ包囲されるって…」
バルは頭も回らなくなった。
どれくらいそうしていただろう。
爆音が鳴り止んだ。
人々の悲鳴の波も少し収まったようだ。
皆、避難したのだろうか。
「ぼくも逃げないと…早く、早くっ…!」
だが、バルは腰が抜け、その場から全く動けなくなってしまった。
ドアまでたどり着けず、外の様子さえわからない。
再び人々の悲鳴が近づいてくる。
大砲の音が鳴り響いていたのとは逆方向からだ。
次に聞こえてきた言葉は、バルの背筋を凍らせるものだった。
「囲まれてる!」「逃げられない!」
パン、パン、という音。絶叫。
鉄砲の音だ、とバルは察した。
ひとしきり砲撃を終えた後は、カミラスの兵が突撃し、一人一人皆殺しにしていくつもりなのだ、と思った。
あの少女が言っていたことは本当だった。
だが今になって、逃げていれば良かったと後悔しても遅かった。
バルは少女が助けに来ることをどこかで期待していた。
誰も知らない国家の機密情報を知っていた少女。
それは"能力者"だったからかもしれない。
だとしたら、その能力を使ってーーー。
しかし、どれだけ待っても少女は来なかった。

「ここはまだ開けてないぞ!」「3、2、1、突入!」
バンというけたたましい音と共に、3人の男が勢いよくドアを開けて突撃してきた。
全員まだ10代の若者のようだ。
「ひいっ!」
バルは恐怖で全身を硬直させた。
「何だ…子供じゃないか」「どうする?」
3人はしばしの間相談を始めた。
バルは恐怖のあまり一歩も動けずにいた。
「殺そう。住民は皆殺しにしろという命令だろ」
1人の男が言う。
誰も異論はないようだった。
「やめっ…やめてくださいっ…!命だけは…何でもしますから…」
バルは恥も忘れて、口から命乞いの言葉が漏れた。
無駄とわかっていても言わずにはいられなかった。
「誰がやる?」
だが、バルの命乞いには誰一人耳を貸さず、3人は粛々と指令を実行しようとしていた。
「俺がやろう」
1人が名乗りを上げた。
そうして、掌をバルに向ける。
「動くなよ。苦しむからな」
そう言うや、掌が真っ白に輝き始めた。
「うわあああ!助けてえ!」
バルは叫ぶと、3人に突進した。
虚を突かれた3人は一瞬退く。
その隙に、バルは螺旋階段をかけ上がった。
「チッ…手間かけさせやがって」
言うと、1人が光り輝く掌をバルに向けた。
次の瞬間、掌から目も眩むような炎が噴出した。
バルはすんでの所で炎を回避する。
"能力者"のようだ。
「待てっ!このガキっ!」
3人は怒号を発しながら階段を上り追いかけてきた。
バルは自分のどこにこんな勇気があったのか不思議だった。
毎日、階段を上っていたことで知らず鍛えられていたのか、
自分でも信じられない速さで階段をかけ上がっていく。
先の能力で、螺旋階段の下に火をつけられることをバルは恐れた。
そうなれば、逃げ場もなく焼き殺されてしまう。
だが、頭に血が上った3人にその気はないようだった。

「うわあああっっ!!」
今度は悲鳴を発したのはバルではなかった。
1人が階段で滑り、咄嗟にもう1人を掴んだ為に、2人揃って階段下に転がり落ちたのだ。
バルがモップを搾らない為にできた水溜まりによるものだ。
1人は、もう1人の下敷きになり、骨が折れたらしい。
バルは見る余裕がなかったが、それは掌から炎を出した能力者だった。
痛みにより、2人共に動けずにいる。
「大丈夫か!?」
「先に行け!」
1人が叫んだ。
「チッ…!拭いとけよっ!」
無事だった1人が舌打ちすると、再び追いかけてきた。

「はあっ、はあっ」
バルは息が切れ始める。
喉は焼け付くように熱く、心臓は鼓動で破裂しそうだった。
だが、立ち止まる事は死を意味する。

「待てコラァ!」
追ってきた1人が言うや、バシンという鋭い音と共に、壁や螺旋階段が鉄の鞭を幾条も叩きつけたように削り取られた。
この男も何らかの能力者のようだ。

バルの体力は限界に近づいていた。
だが、バルには一つだけ知っている事があった。
この街の住民なら誰でも、バルなら尚更ーーー
そこにさえたどり着けば、あるいは。
その一心で、ようやくバルは階段の頂上にたどり着いた。

そこは、無数の歯車が剥き出しになった部屋だった。
バルは廊下を進み、その先にある、船のハンドルのようなものに手をかける。
再び鉄の鞭を打ち付ける、鋭い金属音が鳴り響いた。
「わっ!」
鉄で出来た歯車に、深く削り取られた鞭の跡が幾条も付く。
「はあっ、はあっ、、豚野郎のくせに足が速いじゃねえか」
追いついた男が吐き捨てる。
「だがもう逃げられんぞ、このデブ」
バルは一瞬、恐怖を忘れ、ムカッとした。
怒りをハンドルに込め、力一杯回し続ける。
「この期に及んで何を企んでやがる!止めろ!」
ヒュッと風を切る音。
バルは咄嗟に身を屈めた。
再び、鋭い金属音と共に、つい先ほど体があった場所に深々と鞭の跡が付く。

「わあああああっ!」
バルは恐怖に襲われるが、身を屈めたまま、それでもハンドルを回す手を止めない。
「止めろと言ってるだろ!」
男が歩みながら、再び手を振るうーーその時だった。
ボォン!ボォン!と、爆発するような音。
「あ"っっ!!」
それは時計塔の鐘が鳴る音だった。
毎日6時に必ず鳴るこの音がバルは嫌いだった。
それは凄まじい轟音だからだ。
バルはハンドルを回すことで、時計塔の文字盤を6時に戻し、鐘を鳴らした。
予め、予期していたバルに比べて、至近距離で鐘を鳴らされた男は、音による吐き気のあまり動けなくなった。
「うわあああああっ!」
バルは叫ぶと、再び男に突進した。
大人顔負けの体重があるバルである。
力を込める余力のない男は、予想外の突進に吹っ飛び、歯車に頭を打ち付けそのまま動かなくなった。

バルは階段に向かって走り続ける。
2人があのまま倒れていてくれたら、あるいはーーー。
バルは一縷の望みに賭けていた。
だがーーー。

「わっ!」
1人の男が出口の前に立ち塞がっているのを見たバルは、慌てて立ち止まった。
無事だったもう1人が追いついてきたのだ。
男は、倒れている男を一瞥し、ゆっくりとバルに近づく。
「…どうやってこいつを…?」
バルはその問いには答えず、踵を返して逃げ出した。
だが、先に回したハンドルの所で、壁際に追い詰められてしまう。
「…大したガキだが、これで終わりだ」
男は掌をパンと叩き合わせ、そのまま両手を上にかざす。
両手の上にはエネルギーが集まり、巨大な白い球が出来上がった。
バルは今度こそ死んだ、と思った。
あの白い球が当たれば痛いだろうか。
それとも熱い・・・
いずれにせよ、せめて一瞬で死ねるように祈った。
と、同時に、光の球は放たれた。
光は触れるもの全てを消し去りながら、バルの元に一直線に向かい、
凄まじい轟音と共に、壁に大穴が空いた。
光の通った跡の物は全て蒸発し、消し飛んだかのようだった。
バルもまた・・・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ぎゅっと閉じた目を開けると、屋根裏のような部屋にいた。
と思った瞬間、景色は目まぐるしく切り替わり続ける。
一瞬、見える景色もまた屋根裏や倉庫の中のようだ。
再びどこかの屋根裏部屋の中に入ると、そこで景色の切り替わりは終わった。
そこには使われなくなった家具などの物が乱雑に置かれていた。
ここが天国、あるいは地獄ーーあの世なのだろうか。

「…ごめんなさい。遅くなってしまって…」
女の声がした。
綺麗な声だと思った。
天使か妖精の類だろうかーーー。
バルは女を見て、時計塔で逢った少女だと気づいた。
「君は…もしかして…?」
バルが問うと、
「…そうです。私は"悪魔の一族"です」
と少女は答えた。
だがバルは"悪魔の一族"とは何か知らず、初めて聞く言葉だった。
「悪魔の一族、って何?」
バルが再び問うと、少女は自分が早とちりしていたことに気づいたようだ。
「ご存じない…ですか?」
「うん」
少女はひどく落胆したようだった。
言わなければ良かったという後悔が全身から現れている。
「…忘れてください」
少女は消え入りそうな声で言う。
「気になるよ」
天使かと思いきや、悪魔とは何なのか。
地獄にでも連れて行かれるのか。
バルは困惑した。
「…戦場を抜けられたら、落ちついた場所に着いたらそこで説明します」
「ここはどこなの?」
「どこかの家の屋根裏です。まだ包囲を抜けられてはいません」
改めて見ると、少女は疲弊しているようだった。
そして、どうやら自分は死んだ訳ではないようだ。
「大丈夫?」
「…うん。もうじき包囲の境界線だから。魔力も回復したし…行こう」
そう言うと、また目まぐるしく景色が切り替わり始めた。
どこに連れて行かれるのか・・・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「将校3人がかりでこの様とは。情けない」
住民の殲滅をあらかた終えて時計塔に来た男が言う。
「それも無能力者の子供1人に。能力者ではなかったのだろう?」
「おそらくは。能力者であれば、この状況で能力を使わない事は考えられません」
「ただの子供に能力者2人もやられるとはな…」
「ですが少佐、最後は確実に仕留めました。ご覧の通り」
光の球を放った将校は、壁の大穴を指して言う。
「それで、死体はどこにある?」
少佐が問う。
「跡形もなく蒸発したものと思われますが…」
「ならば確実に死んだという保証はなかろう」
「はっ……」
「要注意人物として上に報告しておけ」
「それほどですか…?」
「無能力者の子供が、能力者2人を無力化したのだ。どうあれただ者ではない。
どこかに陰を潜め、ゆくゆく危険人物にならぬとも限らぬからな。
あるいは…何者かが……」
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