たった100秒間の運命

第1章

「今日もいい天気〜」

朝の空気に、大きく伸びをする。

今年の夏もこれでもかというほどに暑かった。
外に出て、こんなふうに伸びをできる秋は大好きだ。

社員証をカバンのポケットから取り出し、首にかける。
アッシュカラーに染めた長髪を紐の外側に出し、外巻きになったウェーブを軽く撫でる。
胸の前には、高坂清花と書かれた社員証が軽やかに揺れた。

私が働く『&FOODS(アンドフーズ)』のオフィスは、都内の巨大なオフィスビルの二十階。
同じ建物に外資や大手IT、広告代理店まで入っていて、朝のエレベーターは常に待ち時間が発生する。

「高坂さんおはようございます!」
「坂井さんおはよう〜」

エレベーターを待つ間。同じく&FOODSに勤める後輩に話しかけられた。

飲食業界でそれなりに名前の通る会社ということもあり、女性社員には華やかな子が多い。
坂井さんも例外ではなく、白いブラウスの上に、秋らしいくすみカラーの薄手カーディガンを羽織り、清楚な揺れるピアスを身につけていた。

「今日も秋っぽくておしゃれですね!高坂さんの服装私大好きです!」
「坂井さんに言われると嬉しいな〜」

そこで働く身として、私も身だしなみには手を抜けない。
今日は茶色のジレと同色のパンツがセットになった、落ち着いた雰囲気のセットアップ。
メイクも、派手さはないけれど、社会人としての清潔感を意識していた。

エレベーターに乗り込むと、坂井さんはさっとボタンの前へと入り込み、開閉係を担う。
今時の身なりをしていても、大企業の社員らしい振る舞いにほんの少し笑みがこぼれた。

「清花さん、昨日の打ち合わせ内容、共有しておきました」
フロア内に入ると、すぐに別の後輩に話しかけられた。

「ありがとう。確認するから、とりあえず修正からやってもらえる?」

席に着くまでの間に、何人かに話しかけられ、私は、脳内にある引き出しを次々と開くことになった。
間違えることなく引き出しに手をかけ、テンポよく指示を返していく。

「あー、その件は一回私に回してくれる?」
「うん!それは進めて大丈夫!」

社会人6年目ともなれば、それなりに社内での経験は積んできている。
ここで少しでも間違えれば、仕事が滞ることはわかっていて。
だからこそ、全ての仕事を完璧に把握できるよう常に努力を重ねているのだ。

「助かります! 清花さんがいると安心です」

そう言われると、さすがに少しくすぐったい。
私は、照れているのがバレないように軽い微笑みで返し、あとは淡々とパソコンへ向き直った。

頼られるのは嫌じゃないし、かっこいい自分でいたい。
自分の中に常にある気持ちを再確認し、メールの確認からいつも通り、業務を始めた。
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