たった100秒間の運命
「あーすっきりした!」

帰宅してすぐにお風呂に入り、気持ちをすっきりさせた私はリビングでコンビニの袋を広げた。

安くなったお弁当と、おつまみのチーズと枝豆、そして、お気に入りの缶ビール。
ほんのりと漂うキャンドルの香りには似合わないかもしれないけど、これが落ち着くのだから仕方がない。

少し窓を開けると入ってくる秋らしい涼しい空気が、お風呂上がりの火照った体に気持ちよかった。

ベッドの端には先ほど入れたばかりの洗濯物が山のように積んである。

食べ終わったら畳もう。

私はその山と向き合いながら、お弁当に手をつけ、同時にテレビでお気に入りの動画を流し始めた。
いつも通りの至福の時間がモヤモヤしていた心を溶かしていく。

お弁当と一緒にビールを流し込み、人目も気にせず大きく「ああ〜」と声を出す。
枝豆を遠慮なくバクバクと食べられるこの環境は最高でしかない。

「ほんっと、余計なお世話だし」

その日は、取引先との会食に同行し、そのまま同期の渡辺と飲みに行った。

『高坂は、そろそろ結婚とかねーのかよ?』

そのときの渡辺の言葉が、頭の中で反芻され、ついついビールを飲む手が進む。

取引先のお客様も上司もいなくなり、完全に油断しきった言葉だったとわかっているけれど、同期とはいえ、配慮のない言葉に腹が立った。
「私は、結婚の予定はないの」と笑顔で返したつもりだけれど、完全にイラついていた私はその足でコンビニに寄って缶ビールを調達することになったのだ。

結婚することが幸せのゴールじゃないでしょ?
二十代後半だからって『そろそろ結婚?』みたいな空気が、ほんとに苦手。

年齢を重ねて、口に出すことができなくなった言葉たちが、心の奥で静かに渦を巻く。

「わかるよ」
「そういう生き方もあるよね」
素直に伝えたところで、そんな口先だけの物分かりのいい言葉が返ってくるだけで、その目の奥には「それって本当に幸せなの?」という思いが見え隠れする。
結果、惨めな思いをするのは自分なのだ。

そのとき、机に置いていたスマホが震え、大きな音を立てた。

動いていたのは大学時代に仲が良かった女子6人のグループチャット。
サッカーサークルのマネージャー仲間だ。

<今週金曜、久しぶりに集まらない?>

一瞬、ほんの少しだけ憂鬱が浮かぶ。
でもそのかすかな影に蓋をして、枝豆を触ってない方の手でスマホに触れた。

<いいね。私は大丈夫だよ>
<さすが清花!みんなはどう?>

その返信を皮切りに、すぐに他のメンバーも返信を重ねていく。

<旦那に子どもお願いできるか聞いてみるー!>
<うちも夜ならいけるかも!>

みんなが予定をすり合わせている間、私は黙ってビールをひと口。
まとまりそうな雰囲気になったところで、事前にブックマークしてあるお店の中から数軒のお店をピックアップしてURLを送った。

<わー仕事早い!ありがとう!>
<全部おいしそう〜!>

長年働いていれば、プライベートでのやりとりも早くなるものなのだ。
頼られるのは嫌いじゃないし、みんなのことは本当に大好きだ。
それでも、ほんの少し、胸の奥に虚しさが残るのは、どうしてだろう。

SNSを開けば「結婚報告」「ハネムーン」「子どもの写真」が溢れかえっている。
そういう世代だと理解はしているし、そのどれにも心から「おめでとう」を送れる。

そもそも私は、昔から友達の誕生日や記念日はプライベート用のカレンダーにメモをして通知を飛ばすほど、お祝いすることにこだわりを持っていた。

友達の大切な日はお祝いしたい。
昔はその一心で送っていたメッセージに、最近はほんの少し濁った気持ちが混じるのは、気のせいだろうか。

生き方の価値観や、大切にするものの優先順位がずれ始めていることを心のどこかで感じながらも、変わらない温度感で友達を大切にしたいと思うのは、私自身が薄ら感じつつある「孤独」を真正面から見つめないための防御なのかもしれない。
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