放課後の生徒会室には、恋するウサギがいます!【第2回1話だけ大賞エントリー】
第一章 うさぎ、跳ぶ
お昼休みの教室に、スピーカーから流れてきたのは大好きな相原愁生徒会長の声だった。
「生徒会副会長、吉居仁。書記、高梨卯依、梶原大樹。至急生徒会室まで来るように。繰り返します。二年二組の吉居、一年のうさぎ、梶原は生徒会室まで」
会長が、私を呼んでいる⁉ しかも大至急だなんて! こうしてはいられない!
給食の〆である牛乳を、ゆったりと飲んでいた私は、チュウズズズッとほっぺたをすぼめてストローで一気に残り半分を吸い込んだ。
「うさぎちゃん、生徒会の定例会は昨日よね?」
「うん、そうだったはず?」
そういえば、今日はなんで呼ばれてるのだろう?
「生徒会長の声、なんだか怒ってたよね」
「そう? 私には『早くおいで、待ってるよ』って、やさしく聞こえたんだけどな?」
「うさぎちゃん、一度耳鼻科行っておいでよ」
気の毒そうに苦笑いをする隣の席の長瀬未来ちゃんに首をかしげながら、席を立ち空になった皿が並ぶ給食トレイを持つ。
【うさぎちゃん】
それは私のニックネームだ。
名前の中に卯年の『卯』があるからか、それともいつもツインテールをしているせいか、入学してからすぐに生徒会長につけられた呼び名は、今ではクラスにも広まっている。
「じゃあ、いってくるね! 五時限目までには戻ってこられると思うけど」
「あたりまえでしょ! いってらっしゃい」
食器を片付け、見送ってくれた未来ちゃんに手をふり、四階にある一年三組の教室を飛び出して、五組の前の階段まで行くと。
「あ、大樹くん」
「おう」
五組から出てきたのは私と同じ生徒会書記であり、一緒に名前を呼ばれていた梶原大樹くんだった。
「今日って、なんの日だっけ?」
「わからん」
なんだ、大樹くんもわからないのか。
私の気持ちが急いでいるからだろうけど、大樹くんはいつも通りゆっくりと歩き始めようとしてる。
「ねえ、急ごうよ、大樹くん! 会長が待ってるよ」
「あ、おい、廊下は走っちゃダメだって」
大樹くんの声を置いてきぼりにしながら、二段飛ばしで階段を下る。
だって、会長が私を待ってるんだもん。名指しで呼び出しちゃうくらい、待っているんだもん、足取りだって軽くなる。
制服のベージュ色のジャケットをひるがえし、緑色のスカートの裾も、ツインテールといっしょにピョンピョンはねあがる。
一階にたどりついて廊下を生徒会室に向かって、スキップしていたら、
「おい、高梨! 廊下を走るな」
と、男の人に注意を受けてしまう。
「すみません~!」
先生に怒られたのかとビクンと背筋を伸ばして立ち止まり振り向くと、副会長の吉居先輩がクスクスと笑っていた。
そこに大樹くんも、ようやく追いついてきた。
「また跳ねてたね、うさぎちゃん」
「吉居先輩、ビックリさせないでください! この間、担任にめちゃくちゃ怒られたばかりなんです。階段を跳ぶなって」
「それは、うさぎちゃんが悪いよね。仕方がない」
楽しそうに目を細めた吉居先輩に、私も確かにと反省しながらうなずいた。
吉居先輩は、アイドルみたいなキレイな顔立ちで笑った。
学年は一つしか違わないのに、すごく大人な感じがする人。
未来ちゃんも『副会長ってめっちゃかっこいいよね!』って言ってたし、ファンが多いと聞くからモテてるみたいだ。
「ちゃんと考えてきた? うさぎちゃんも大樹も」
「え?」
「ほら昨日、会長が言ってたでしょ? 二人とも忘れてる?」
え~っと、なんだっけ?
大樹くんと二人そろって首をかしげたら、苦笑いした吉居先輩が、先に生徒会室のドアをノックし内側へとドアを押し開けた。
「ごめんね、遅れちゃって。今日、日直でさ」
「失礼します」
「失礼いたします」
吉居先輩、大樹くん、私の順で生徒会室に滑り込むと、真正面の生徒会長席に座りこちらを見ているのは相原愁会長だ。
会長の背後から降り注ぐ窓からの春の陽ざしは、まるで後光のようで神々しく見える。
ああ、今日もまた、利発そうな銀縁メガネも、淡い茶色のクセ毛のやわらかな髪も、薄く引き結んだ唇も、全部全部!
「遅れてすみませんでした! 好きです! 会長!」
「いいから、席につけ!」
「ええっ⁉ 今日ハジメテの告白をそんな簡単に流さないでくださいよ!」
「若干、語弊があるな。今日【は】だろ、今日一日を通してだろ? 同じセリフを昨日も一昨日も毎日聞いている」
「間違えてます、会長! 毎日じゃありません、土日は無理です! もし家を教えて下さるなら、土日も告白しに行きますが」
「絶対、やだ」
頭を抱えたように会長が首を横に振った瞬間、生徒会室に笑い声が広がる。
先に席についていた議長である二年一組の戸澤明日香先輩が、まあまあと肩を落としている会長をいさめながら話し出す。
「よし、全員揃ったよね? 早速だけど、春の体育祭についての案をまとめようか」
「あ、そうでしたね!」
今、思い出したと声に出した私を。
「やっぱり、忘れてたな」
冷たい視線の会長が、ジロリとにらんでいた。
うちの学校の体育祭は、春と秋にあり、小学校の時のようなリレーなどがあるのが秋。
春は球技大会、これは毎年生徒会が主催しているらしいんだけど――。
***
昨日の昼休みのこと。
毎週恒例の火曜日の生徒会定例会にて、その議題が上がった。
「毎年、女子はバレー。男子はサッカーって、なんかもっと真新しいものはないか」
会長の放った一言に、確かにと全員がうなずいた。
女子はバレーなのか……、とっても苦手だし、絶対イヤだな、という意味で私もコクンコクンとうなずいた。
「だったら、明日までに一人一人考えてこない? どんな競技がいいか」
***
明日香先輩の提案に、今日も集まることが決まっていたというのにすっかり忘れていたなんて……。
「明日香は? なんか、いい案思いついた?」
吉居先輩からの問いかけに、明日香先輩がうなずく。
「卓球とか、どうかな?」
「ダメ! 卓球台には限りがあるだろ? そんなの対戦が永遠に終わらないって。現実的じゃない」
「んじゃ、オレが考えてきたバドミントンなんかも」
「無理だな、ペアにしたってコート数が絶対的に足りない。全員参加となったら、何日かかることか」
「だよなあ」
明日香先輩と吉居先輩の案は、会長からすぐにダメ出しされてしまった。
「大樹は? なんかある?」
「えっと、バスケ、とか」
「うん、コートが足りないし。人数もそこまで使わないよな」
「だったら、去年のままでいいんじゃない? それか男子は野球で、女子はソフトボールとか」
吉居先輩が昼休みの時間を気にしてか、時計をチラチラ見ながら早めに話を進めようとしている。
「ソフトボールって外でやるんだよね? 日焼けしちゃう! そんなのイヤですよね、なっちゃん先輩!」
明日香先輩に助けを求められたのは『なっちゃん先輩』こと、この中で唯一の三年生である会計の瀬野夏海先輩だ。
皆の意見を静かに聞いていた、なっちゃん先輩は微笑む。
「私は、どっちでも大丈夫! ソフトボールも楽しそうだよ? 明日香ちゃん、絶対いいピッチャーになりそうだし」
「なっちゃん先輩、なんで、私がピッチャーだと思うんです?」
「だって明日香ちゃん肩が強そうじゃない? ね、うさぎちゃん」
「どうせ剣道で鍛えた腕は筋肉ですよ」
ふくれる明日香先輩に、くすくす愛らしく笑うなっちゃん先輩、間にはさまれた私は愛想笑いで切り抜けようとして、会長と目が合った。
「うさぎは? まさか、考えてこなかったなんて」
「そんなわけ、」
あははとごまかすように笑っているのは見透かされているようだ。
うん、すっかり忘れていた。
だけど、さっきの流れで思い付いちゃったもんね。
「ドッジボールです、クラス対抗ドッジボール! 人数が多いので各クラス男女混合で二つの班に分けて、コートチェンジの時に入れ替えるのとか、」
我ながら今考え付いたとはいえ、いい案じゃない? と語っていたら全員の目が一斉に私に向いているのに気づく。
「な、な――んて、ドッジボールなんて球技じゃないですよね?」
おどけて舌を出して冗談ぶって見せたら会長が首を横に振る。
「ドッジボールは立派な学校球技だ。そして俺も同じくドッジボールを提案しようとしていた。ただ、二つの班に分けるのは考えつかなかったが、そうだな、いいかもしれない。生徒会でオリジナルのルールを作って、各クラス委員にそれを提示しよう。どうだろうか?」
「賛成します」
「賛成!」
「いいんじゃない?」
満場一致でドッジボールに決まった瞬間、会長が私を見て目を細めた。
それがまるで褒められたくらい嬉しくなって、私もニッコリ笑い返したらすぐに真顔に戻ってしまった。
うう、塩対応すぎるよ、会長ってば! そのツンデレ感も素敵なんですけどね!
「ごめん、ルール決めは次回の定例会までにそれぞれ考えてくるってことでいいかな? 次の時間は体育だから先に行くわ。明日香もだろ?」
「そうだった! ごめんね、また来週、もしくはヒマがあれば放課後に!」
「オレも部活が、なかったら顔出すよ」
今日の五、六時間目は二年一組と二組が合同体育らしく、明日香先輩と吉居先輩がお先にと出て行く。
「じゃあ、私もお先に~! ごめんね、相原くん。昼休みしか手伝えなくて」
「いえ、夏海センパイにまでお手数おかけして申し訳ないです」
「オレも次、教室移動があるのでお先に! 会長、放課後、あまり来られなくてすみません」
「気にするな! 大樹のことバスケ部の連中がほめていたぞ。有能なんだってな! 部活がんばれよ!」
「はい、ありがとうございます! がんばります!」
では、と頭を下げて、なっちゃん先輩と連れ立って出て行く大樹くんを見送った後、生徒会室に残されたのは私と会長の二人だけ。
「お前も、もう行っていいぞ、うさぎ」
「いえギリギリまで、ここにいます。いさせてください! 五時間目のチャイムが鳴ったらダッシュで行きますし」
「四階までダッシュで間に合うかよ」
「案外足が速いので、行ける気がします」
「気だけじゃ無理だろ」
あきれたようなため息をつく会長が立ち上がる。
「会長? まだ十分ありますよ?」
「俺が動かなきゃ、うさぎも動かないんだろ? 行くぞ」
「は、はいっ!」
背中を追いかけるように生徒会室を出たら、待っていてくれるやさしさに、また心が躍り出す。
「私は放課後来ますからね、必ず」
「たまには休んでいいんだぞ」
「またまた~! 私がいなきゃさびしいでしょ? 静かでしょう?」
「さびしくはないが、静かでいいかもな」
「え――!」
抗議の声をあげた私に会長が、ふっと口の端をあげた。
今、笑ってくれた?
「ずい分、助かってるよ。この二ヶ月でうさぎがこなしてくれた案件もあったし。ありがとうな」
「会長……」
そんな優しい笑顔を見ちゃったら、私、また……。
「大好きです! お礼は会長とのデート券でいいですから!」
「やらん。つうか、そんなもんはない!」
「会長、冷たすぎます!」
「おまえが、熱すぎるんだってば」
突き放すような言い方をするのに、ちゃんと私の歩幅に合わせてくれる会長のやさしさを私はちゃんと知ってるもん。
あの日、生徒会室をノックした時から、私はずっと――。
「生徒会副会長、吉居仁。書記、高梨卯依、梶原大樹。至急生徒会室まで来るように。繰り返します。二年二組の吉居、一年のうさぎ、梶原は生徒会室まで」
会長が、私を呼んでいる⁉ しかも大至急だなんて! こうしてはいられない!
給食の〆である牛乳を、ゆったりと飲んでいた私は、チュウズズズッとほっぺたをすぼめてストローで一気に残り半分を吸い込んだ。
「うさぎちゃん、生徒会の定例会は昨日よね?」
「うん、そうだったはず?」
そういえば、今日はなんで呼ばれてるのだろう?
「生徒会長の声、なんだか怒ってたよね」
「そう? 私には『早くおいで、待ってるよ』って、やさしく聞こえたんだけどな?」
「うさぎちゃん、一度耳鼻科行っておいでよ」
気の毒そうに苦笑いをする隣の席の長瀬未来ちゃんに首をかしげながら、席を立ち空になった皿が並ぶ給食トレイを持つ。
【うさぎちゃん】
それは私のニックネームだ。
名前の中に卯年の『卯』があるからか、それともいつもツインテールをしているせいか、入学してからすぐに生徒会長につけられた呼び名は、今ではクラスにも広まっている。
「じゃあ、いってくるね! 五時限目までには戻ってこられると思うけど」
「あたりまえでしょ! いってらっしゃい」
食器を片付け、見送ってくれた未来ちゃんに手をふり、四階にある一年三組の教室を飛び出して、五組の前の階段まで行くと。
「あ、大樹くん」
「おう」
五組から出てきたのは私と同じ生徒会書記であり、一緒に名前を呼ばれていた梶原大樹くんだった。
「今日って、なんの日だっけ?」
「わからん」
なんだ、大樹くんもわからないのか。
私の気持ちが急いでいるからだろうけど、大樹くんはいつも通りゆっくりと歩き始めようとしてる。
「ねえ、急ごうよ、大樹くん! 会長が待ってるよ」
「あ、おい、廊下は走っちゃダメだって」
大樹くんの声を置いてきぼりにしながら、二段飛ばしで階段を下る。
だって、会長が私を待ってるんだもん。名指しで呼び出しちゃうくらい、待っているんだもん、足取りだって軽くなる。
制服のベージュ色のジャケットをひるがえし、緑色のスカートの裾も、ツインテールといっしょにピョンピョンはねあがる。
一階にたどりついて廊下を生徒会室に向かって、スキップしていたら、
「おい、高梨! 廊下を走るな」
と、男の人に注意を受けてしまう。
「すみません~!」
先生に怒られたのかとビクンと背筋を伸ばして立ち止まり振り向くと、副会長の吉居先輩がクスクスと笑っていた。
そこに大樹くんも、ようやく追いついてきた。
「また跳ねてたね、うさぎちゃん」
「吉居先輩、ビックリさせないでください! この間、担任にめちゃくちゃ怒られたばかりなんです。階段を跳ぶなって」
「それは、うさぎちゃんが悪いよね。仕方がない」
楽しそうに目を細めた吉居先輩に、私も確かにと反省しながらうなずいた。
吉居先輩は、アイドルみたいなキレイな顔立ちで笑った。
学年は一つしか違わないのに、すごく大人な感じがする人。
未来ちゃんも『副会長ってめっちゃかっこいいよね!』って言ってたし、ファンが多いと聞くからモテてるみたいだ。
「ちゃんと考えてきた? うさぎちゃんも大樹も」
「え?」
「ほら昨日、会長が言ってたでしょ? 二人とも忘れてる?」
え~っと、なんだっけ?
大樹くんと二人そろって首をかしげたら、苦笑いした吉居先輩が、先に生徒会室のドアをノックし内側へとドアを押し開けた。
「ごめんね、遅れちゃって。今日、日直でさ」
「失礼します」
「失礼いたします」
吉居先輩、大樹くん、私の順で生徒会室に滑り込むと、真正面の生徒会長席に座りこちらを見ているのは相原愁会長だ。
会長の背後から降り注ぐ窓からの春の陽ざしは、まるで後光のようで神々しく見える。
ああ、今日もまた、利発そうな銀縁メガネも、淡い茶色のクセ毛のやわらかな髪も、薄く引き結んだ唇も、全部全部!
「遅れてすみませんでした! 好きです! 会長!」
「いいから、席につけ!」
「ええっ⁉ 今日ハジメテの告白をそんな簡単に流さないでくださいよ!」
「若干、語弊があるな。今日【は】だろ、今日一日を通してだろ? 同じセリフを昨日も一昨日も毎日聞いている」
「間違えてます、会長! 毎日じゃありません、土日は無理です! もし家を教えて下さるなら、土日も告白しに行きますが」
「絶対、やだ」
頭を抱えたように会長が首を横に振った瞬間、生徒会室に笑い声が広がる。
先に席についていた議長である二年一組の戸澤明日香先輩が、まあまあと肩を落としている会長をいさめながら話し出す。
「よし、全員揃ったよね? 早速だけど、春の体育祭についての案をまとめようか」
「あ、そうでしたね!」
今、思い出したと声に出した私を。
「やっぱり、忘れてたな」
冷たい視線の会長が、ジロリとにらんでいた。
うちの学校の体育祭は、春と秋にあり、小学校の時のようなリレーなどがあるのが秋。
春は球技大会、これは毎年生徒会が主催しているらしいんだけど――。
***
昨日の昼休みのこと。
毎週恒例の火曜日の生徒会定例会にて、その議題が上がった。
「毎年、女子はバレー。男子はサッカーって、なんかもっと真新しいものはないか」
会長の放った一言に、確かにと全員がうなずいた。
女子はバレーなのか……、とっても苦手だし、絶対イヤだな、という意味で私もコクンコクンとうなずいた。
「だったら、明日までに一人一人考えてこない? どんな競技がいいか」
***
明日香先輩の提案に、今日も集まることが決まっていたというのにすっかり忘れていたなんて……。
「明日香は? なんか、いい案思いついた?」
吉居先輩からの問いかけに、明日香先輩がうなずく。
「卓球とか、どうかな?」
「ダメ! 卓球台には限りがあるだろ? そんなの対戦が永遠に終わらないって。現実的じゃない」
「んじゃ、オレが考えてきたバドミントンなんかも」
「無理だな、ペアにしたってコート数が絶対的に足りない。全員参加となったら、何日かかることか」
「だよなあ」
明日香先輩と吉居先輩の案は、会長からすぐにダメ出しされてしまった。
「大樹は? なんかある?」
「えっと、バスケ、とか」
「うん、コートが足りないし。人数もそこまで使わないよな」
「だったら、去年のままでいいんじゃない? それか男子は野球で、女子はソフトボールとか」
吉居先輩が昼休みの時間を気にしてか、時計をチラチラ見ながら早めに話を進めようとしている。
「ソフトボールって外でやるんだよね? 日焼けしちゃう! そんなのイヤですよね、なっちゃん先輩!」
明日香先輩に助けを求められたのは『なっちゃん先輩』こと、この中で唯一の三年生である会計の瀬野夏海先輩だ。
皆の意見を静かに聞いていた、なっちゃん先輩は微笑む。
「私は、どっちでも大丈夫! ソフトボールも楽しそうだよ? 明日香ちゃん、絶対いいピッチャーになりそうだし」
「なっちゃん先輩、なんで、私がピッチャーだと思うんです?」
「だって明日香ちゃん肩が強そうじゃない? ね、うさぎちゃん」
「どうせ剣道で鍛えた腕は筋肉ですよ」
ふくれる明日香先輩に、くすくす愛らしく笑うなっちゃん先輩、間にはさまれた私は愛想笑いで切り抜けようとして、会長と目が合った。
「うさぎは? まさか、考えてこなかったなんて」
「そんなわけ、」
あははとごまかすように笑っているのは見透かされているようだ。
うん、すっかり忘れていた。
だけど、さっきの流れで思い付いちゃったもんね。
「ドッジボールです、クラス対抗ドッジボール! 人数が多いので各クラス男女混合で二つの班に分けて、コートチェンジの時に入れ替えるのとか、」
我ながら今考え付いたとはいえ、いい案じゃない? と語っていたら全員の目が一斉に私に向いているのに気づく。
「な、な――んて、ドッジボールなんて球技じゃないですよね?」
おどけて舌を出して冗談ぶって見せたら会長が首を横に振る。
「ドッジボールは立派な学校球技だ。そして俺も同じくドッジボールを提案しようとしていた。ただ、二つの班に分けるのは考えつかなかったが、そうだな、いいかもしれない。生徒会でオリジナルのルールを作って、各クラス委員にそれを提示しよう。どうだろうか?」
「賛成します」
「賛成!」
「いいんじゃない?」
満場一致でドッジボールに決まった瞬間、会長が私を見て目を細めた。
それがまるで褒められたくらい嬉しくなって、私もニッコリ笑い返したらすぐに真顔に戻ってしまった。
うう、塩対応すぎるよ、会長ってば! そのツンデレ感も素敵なんですけどね!
「ごめん、ルール決めは次回の定例会までにそれぞれ考えてくるってことでいいかな? 次の時間は体育だから先に行くわ。明日香もだろ?」
「そうだった! ごめんね、また来週、もしくはヒマがあれば放課後に!」
「オレも部活が、なかったら顔出すよ」
今日の五、六時間目は二年一組と二組が合同体育らしく、明日香先輩と吉居先輩がお先にと出て行く。
「じゃあ、私もお先に~! ごめんね、相原くん。昼休みしか手伝えなくて」
「いえ、夏海センパイにまでお手数おかけして申し訳ないです」
「オレも次、教室移動があるのでお先に! 会長、放課後、あまり来られなくてすみません」
「気にするな! 大樹のことバスケ部の連中がほめていたぞ。有能なんだってな! 部活がんばれよ!」
「はい、ありがとうございます! がんばります!」
では、と頭を下げて、なっちゃん先輩と連れ立って出て行く大樹くんを見送った後、生徒会室に残されたのは私と会長の二人だけ。
「お前も、もう行っていいぞ、うさぎ」
「いえギリギリまで、ここにいます。いさせてください! 五時間目のチャイムが鳴ったらダッシュで行きますし」
「四階までダッシュで間に合うかよ」
「案外足が速いので、行ける気がします」
「気だけじゃ無理だろ」
あきれたようなため息をつく会長が立ち上がる。
「会長? まだ十分ありますよ?」
「俺が動かなきゃ、うさぎも動かないんだろ? 行くぞ」
「は、はいっ!」
背中を追いかけるように生徒会室を出たら、待っていてくれるやさしさに、また心が躍り出す。
「私は放課後来ますからね、必ず」
「たまには休んでいいんだぞ」
「またまた~! 私がいなきゃさびしいでしょ? 静かでしょう?」
「さびしくはないが、静かでいいかもな」
「え――!」
抗議の声をあげた私に会長が、ふっと口の端をあげた。
今、笑ってくれた?
「ずい分、助かってるよ。この二ヶ月でうさぎがこなしてくれた案件もあったし。ありがとうな」
「会長……」
そんな優しい笑顔を見ちゃったら、私、また……。
「大好きです! お礼は会長とのデート券でいいですから!」
「やらん。つうか、そんなもんはない!」
「会長、冷たすぎます!」
「おまえが、熱すぎるんだってば」
突き放すような言い方をするのに、ちゃんと私の歩幅に合わせてくれる会長のやさしさを私はちゃんと知ってるもん。
あの日、生徒会室をノックした時から、私はずっと――。