1ヶ月だけ、君の隣で。

第二話 転校生、独占欲を隠せない

 私は、教室のざわめきのど真ん中でため息をついた。

 ——今日も、だ。


「ねぇ柏見くんってさ、ああいう笑い方するんだね!」

「分かる、なんか癖になるよね〜!」

「席近い奏ちゃん羨まし〜!」


 そんな女子達の声が、わざとらしく聞こえる距離で飛んでくる。


 (いや、羨ましくないから……全然。)


 むしろ――困る。

 だって蓮(れん)は、人気者のくせに、昔から距離が近すぎる。
 私の気持ちを知らないで、なんでグイグイくるんだろう。

 そして今日も例外じゃなかった。

「奏〜、弁当一緒に食べよ?おれのここ置いとくね」

 当然みたいに奏の机へ腕を伸ばしてくる蓮。
 その腕が、昔と変わらず温かくて。
 だけど、周りの女子の視線が刺さりまくる。

「ねえ柏見くん、私も一緒にいい?」

 スクールカースト上位の女子が声をかける。

 私に向けられた視線は、完全に“蓮から離れろ”だ。

「じゃあ、私は今日屋上で…」
 
 けれど蓮は、私の言葉を遮り、にこっと笑ったまま、さらっと断った。

「んー、今日は奏と食べるな。また今度食べよ」

 その瞬間、女子達の心の声が聞こえそうだった。

 (なにそれ、あの子ばっかり)

 奏は慌てて蓮の腕を押し戻す。

「べ、別に1人でも食べれるし……! 
 蓮は他の子のとこ行ってよ!」

 強めに言ったつもりなのに、声は震えていた。
 蓮は少しだけ目を細める。
 昔から奏の変化には敏感だった。

 「……なんか嫌なこと言われた?」

 その声音が、低い。
 優しいけど、底に熱がある。


「言ってくれたらさ、全部俺がなんとかするよ」

「や、やめてよ……そういうの……」


 奏は咄嗟に視線をそらした。
 蓮は知らない。

 “守られる”ことが、奏にはいちばん怖いってこと。

 ——中学のとき。

 奏がクラスで孤立した原因も、“守られたせい”だったから。

 奏の沈黙に気づいたのか、蓮は少し困ったような表情をした。


 「奏、俺さ……ずっと思ってたんだけど」


 教室のざわめきが遠くなる。
 蓮の声だけが近くて、苦しい。


 「なんで俺から離れようとするの?」


 言葉が喉につかえる。

(だって……また、誰かを怒らせたら……)

 幼い日の記憶——

 “奏のせいで”と怒鳴られた昼休みの空気は、いまでも胸の奥に残っていた。
 蓮は、奏の目の奥を読んだように、そっと声を落とした。


「……俺が、そんな簡単に手放すわけないだろ」


 ほんの一瞬だけ、誰にも見せない色がのぞいた。


「昔みたいに、ちゃんと俺のそばにいてよ」


 胸が跳ねて、息が詰まった。

 なのにその直後、ホームルームのチャイムが鳴り、
 蓮はいつもの飄々とした笑顔で席へ戻っていった。

 残された奏は、顔が熱くてどうしたらいいか分からなかった。


(蓮……なんでそんな顔するの。)


 でも、分かってる。

 蓮は昔から、誰かの特別になりたいんだ。

 ——その優しさが、少し過保護で、時々重くて。 

 だけど、胸の奥があったかくなるのも事実で。
 奏は、揺れていた。

(私は、また守られるだけでいいの?)

 答えの出ないまま、チャイムの音だけが教室に溶けていった。
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