マジックアワー
  「あ、もしもし。突然お電話してしまいすみません」
  私が言うと、隣で成瀬がぎくってする。
  『えっと……』
  「あ、えっと」
  成瀬の名前で電話をかけたのに、女の声がしたからきっと、困惑しているんだろう。そりゃそうだ。
  『失礼ですが、あなたは……?』
  「えっと、私、成瀬の……」
  私、成瀬のなんだ?なんて言えばいい?
  その様子を見ていた成瀬が、スッと私の手からスマホを奪う。
  「もしもし」
  その声は、落ち着いていた。
  『……瞬くん?』
  声がする。
  「うん。急にごめん」
  『ううん。久しぶり』
  沙耶さんの声は、凛として、柔らかくて、イメージ通りの声だった。
  『元気だった?』
  「うん。沙耶は?」
  成瀬が、優しい顔をしてる。
  『元気!今ね、フリースクールで働いてるの。毎日たのしいよ』
  「そっか良かった」
  『うん』
  「なら、良かった」
  『うん』
  少しの沈黙。
  『ありがとう。私ね、何回も瞬くんといた時間に、あのときもらった言葉に救われたよ。今日も電話くれてありがとう』
  「うん」
  成瀬が、目頭をつまむ。泣いていた。
  『じゃあ、また』
  「うん。また」
  『瞬くんも、なんかあったら連絡してね。電話だったら大丈夫だから』
  電話の向こうで沙耶さんが、うふふって笑う。
  「うん。ありがとう。またね」
  『またね』
  成瀬がスマホを耳から離して、息をふうって吐く。
  「緊張した……」
  成瀬でも緊張するんだ。
  「沙耶さんってすごいなあ。結局、諦めずに自分のやりたいことをやってて」
  なんだか、自分とは程遠い人だ。
  成瀬が頷く。「ありがと」成瀬が呟く。
  「悠ちゃんがいなかったら、ずっと、心のどっかに引っかかったままだった。後先考えずに飛び込むのも、たまには必要だね」
  成瀬が笑って私に言う。
  心の奥で、からん、って音がした。
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