マジックアワー
現在
 ◇◇◇
  成瀬は泣いていた。
  「ごめん」
  カバンの中からティッシュを探す。出てきたのは、空のビニール袋だった。
  「使う?」
  ハンカチを差し出すと、成瀬が「ありがとう」と言って目元をそれで押さえる。
  「あは、ごめん。俺このこと思い出すと泣いちゃうんだよ。」
  それから鼻水を拭く。
  「あ、やべ。まじでごめん。洗って返す……せないから、これ」
  成瀬が財布から二千円を取り出す。
  「いいってそんなの。あげる」
  「ごめん」
  成瀬がぺこりとする。
  「今頃どうしているんだろうと、ふと今でも思い出すよ」
  「会いたい?」
  「いやあ〜どうかなあ」
  「もしこのままここから出られなかったら、会っておけばよかったなあって後悔する?」
  成瀬が私を見る。
  「だってむりだろ、向こう結婚してんだし、今どこにいるかだってわからない」
  「会いたいんじゃん」
  成瀬が何か言いたげに口を開いて、私を見て、それから口を閉じる。そして呟く。
  「ちょっと会いたい」
  口を尖らす。なんだか怒られた後の子供みたい。
  「でも、どこにいるかわからないとなると……」
  会いようがないよなあ。
  「LINE知ってる」
  成瀬がまた縮こまって呟く。
  「電話してみようよ!」
  「電話!?いやいや」
  成瀬がもつスマホには「沙耶」と表示されていた。
  「電話したいんじゃん」
  「お前なあ、状況わかる?」
  成瀬が私を見る。
  「俺、接触禁止令出されてるんだよ。公的に。しかも、向こう結婚してる。既婚者に、昔知り合いだった男が、10年ぶりに突然電話をかけるって」
  「だったら私が電話すればいい」
  「は?」
  成瀬のスマホを奪って通話ボタンを押す。
  「あ、ちょっとお前」
  スマホを耳に当てる。スマホから呼び出し音がする。
  「出ないかもよ」成瀬が首の後ろをぽりぽり掻く。
  『もしもし?』
  スマホから、女性の声がした。
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