花は通る、恋もまた―――未来へ続く45分

「葉に微細な斑点がありますね。茎の基部にも変色が見られます。病害虫の疑いあり。隔離検査に移行します」

 その言葉は、冷気より冷たかった。

「……はい」

 声が震えないように、芹葉は唇を噛んだ。

 検疫室への移動が決まる。
 無菌服の着用、手指消毒、台車のロック。
 手順はすべて頭に入っている。
 研修時代に何度も繰り返した。

 だが、今は違う。
 これは自分の責任で、自分の未来を賭けた検査だ。



 独立を決めたのは、半年前。
 勤めていた花卸の会社を辞めてからの数ヶ月、芹葉は物件探しと資金繰りに奔走しながら、ようやく念願の小さな花屋を立ち上げる準備を整えてきた。
 
 今回の仕入れは、そのプレオープンに向けた最初の入荷。
 店の顔となる花たちを、どこよりも新鮮で、香り高く、美しい状態で迎えたかった。

 色も香りも空間に合うように。
 季節感と持ちの良さ、そして何より、自分の店の雰囲気に合う柔らかさを持った花たち。

 この仕入れが無事に通関できなければ、開店は延期。
 それだけじゃない。
 すでに水面下で進んでいる、都内の人気カフェとの提携話も白紙になるかもしれない。

 そのカフェオーナーに『まずは自分の店を見せて下さい』と言われている。
 その信頼に応えるためにも、絶対に失敗はできない。

——この子たちが通らなかったら、どうすればいい?

 不安が喉の奥に張りつく。
 だが、今は立ち止まってはいられない。
 
 検疫室の扉が開く。
 白光照明が手術室の照明のように眩しい。

 壁のデジタルタイマーが『45:00』を示している。
 この四十五分間で、すべてが決まる。
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