運命には間に合いますか?
 バイクは高層ビルの車寄せに停まった。
 何度か来た国際建築技術振興会の入っているビルだ。
「ほら、間に合っただろ?」
 ヘルメットを外し、得意げに微笑む彼は少年のようで、大人の男性なのにかわいいと思ってしまった。その彼に促され、時計を見たら、なんと九時十分前。
 バイクから慌てて降りた私は、深く頭を下げた。
「本当にありがとうございます! 助かりました!」
「いいって。袖振り合うも他生の縁というし。それより早く行きなよ。面接だろ?」
 照れたように髪を掻き上げた彼に、私は迫った。
「あとでお礼をしたいので、連絡先を教えてください!」
「別にいいのに。あ、でも、結果は知りたいかな。じゃあ、ここに連絡して」
 そう言って、彼は懐から名刺を出して手渡してくれた。
 そこには『守谷(もりや)翔真(しょうま) 空間デザイナー 株式会社Mデザイン代表』とあった。
(社長さんなの!? それにやっぱり同じ業界の人だったんだ。でも、どうして面接だって知ってるんだろう?)
 しげしげと名刺を眺めていた私を守谷さんが急かした。
「早く行かないと本当に遅刻するぞ?」
 はっと我に返った私はもう一度頭を下げる。
「それでは――」
「髪の毛は整えたほうがいいかもな。頑張れよ」
 彼はそう言うと、自然なしぐさで私の頬に貼りついていた髪を指で梳くように払ってくれた。彼の指がかすかに頬に触れて、ドキッとする。
「あ、ありがとうございます。失礼します!」
 熱くなった頬を隠すようにくるりと踵を返した私は、建物に走り込んだ。

「大橋、ずいぶんギリギリだな」
 面接控室に滑り込んだ私を見て、柴崎(しばさき)大輝(だいき)が咎めるように言った。
 もう一人の研修生候補が彼だ。柴崎が選ばれていることを知ったときには正直絶望した。
 彼は大学の同級生だった。当時からずばぬけて優秀で、今も活躍していると聞く。
 柴崎を差し置いて選ばれる自信なんて微塵もなかった。
 さっき守谷さんに『どうせムリ』と言いかけたのも、彼の存在があったからだ。
 でも、守谷さんに応援してもらったのに弱気になっていてはいけない。
「いろいろあったのよ」
 髪を手櫛で整えながら、言葉少なに応え、私はイスに腰かけた。
 まだ腕に守谷さんのぬくもりが残っている気がする。
 彼の笑顔を思い出すと今さらながら胸が高鳴った。
(かっこいい人だったな)
 少し歳上の大人の余裕を感じさせる魅力的な人だった。
 そのうえで、到着したときの少年のような笑顔は反則だ。ぎゅんと胸を掴まれてしまうではないか。
 でも、柴崎の声がその回想を台無しにする。
「こんな大事な日にいろいろってなんだよ。たるんでるんじゃないか?」
「柴崎には関係ない」
 あきれたように言われたから、私はムッとして言い返した。
 柴崎は普段、わりとクールなのに、なぜか私にだけこうしてつっかかるような物言いをする。
 だから、私もとげとげしい返事しかしなくなった。
「あのなー」
 彼がなにか言いかけたとき、職員らしき人が入ってきた。
< 3 / 28 >

この作品をシェア

pagetop