欠けていく世界で、きみの光を見つけた
こぼれそうな涙を必死にこらえていたとき、ポケットに入れたままにしていたスマホが震えた。

落ち着かない気持ちもあったので、スマホを手にとって画面を確認する。

――泰ちゃん。

画面に浮かんだ名前に、どうしてか胸が揺さぶられた。
思わず開くと、短い一文だけが表示されている。

〈今、外出れる?〉

泰ちゃんが、夜にこんな連絡をしてくるなんて不思議だった。

だけど、その文字を見ただけで、張りつめていたものが崩れそうになる。

泰ちゃんに、会える……?

だめだよ。こんなぐちゃぐちゃな感情で泰ちゃんに会ったらまた迷惑をかけてしまう。

頭の中では、冷静な私がそんなふうに首を左右に振るけれど。

それでも、こんなときに会いたいと思うのは、紛れもなく彼だった。

温かくて安心するあの手のひらを握りたいと、心の奥では素直に、そう思ってしまった。

「……お母さん」

私は顔を上げた。

「少しだけ、外出てもいい?」

お母さんは、驚いたように目を丸くする。

「……もう夜よ?」

理解できないという顔でこちらを見つめるお母さんに、私はもう一度口を開いた。

「泰ちゃんがいて、すぐそこだから」

スマホを閉じて、立ちあがろうとすると、腕を引かれて止められる。

「暗いんだからだめに決まってるじゃない。泰史、何考えてるんだろ……」

分かってる。
そんなことは、分かってるけど。

「……ちょっとだけだから!」

それでも食い下がると、お母さんは困ったように私を見た。

「今日はやめておこう?また明日に——」

陸に怒るのとは違う。

その優しい言い方が、逆につらくなって、涙が溢れそうになった。

泣きそうな顔を見られないように、私は小さく「ごめん」と呟いて、お母さんとお父さんの間をすり抜ける。

「菜由!」

呼び止める声を背中で聞きながら、部屋を出た。

目に溜まった大粒の涙が今にも流れそうなのを必死に抑えて玄関に向かう。

玄関で座り込んでサンダルをつかんだそのとき、ガチャとドアノブが回った。

私はびくっと肩を揺らして、そのドアの向こうを見る。

開いた扉の向こうに立っていたのは、泰ちゃんだった。

Tシャツにダボっとしたカーゴパンツのラフな格好。

もう、お風呂に入ったのかサラサラの髪が風に揺れて爽やかに靡いている。

「あ……行けんの?」

突然現れた会いたかった人に目を見開くと、その拍子にぽろぽろと数粒の涙が頬を伝った。

泰ちゃんは驚いたように視線を止めて「え」と呟く。

「違うの、これは、違くて……っ」

彼の声を聞いたら、どんどん流れる涙は止められなくなった。

拭っても拭っても止まらない涙に俯くと、玄関の中に泰ちゃんの気配が入ってきて、温かい手が頭に触れる。

軽くかかる心地よい重さに、私はまた涙を流した。

「夜遅くに、すみません」

幼い頃からの付き合いのため、いつもは平然とタメ口で入ってくる泰ちゃん。

その突然のしっかりした言葉に驚くと、後ろに両親がいたようだった。

「ほんとよ、どうしたの急に」

ため息を隠さないお母さんに、黙ったままのお父さん。

私は俯いて座ったまま顔をあげることはできないけれど、その映像は簡単に想像できる。

「菜由に見せたいものがあって。家の周りからは離れないから。ちょっとだけ、お願いします」

真っ直ぐな声だった。

思わず少しだけ顔を上げると、すぐ横にいた泰ちゃんは頭を下げていた。

「もちろん、俺も一緒にいる。絶対怪我させないし、家までちゃんと送り届けるから」

静かな沈黙が落ち、お母さんから「なんで……」と頭を抱えるような声が漏れる。

その空気を壊したのは、それまで黙っていたお父さんだった。

「二十一時までだ」
「お父さん……!?」

その言葉に、私もお母さんと同じように驚いていた。

涙が止まり、ほんの少しだけ顔をあげる。

「それまでに、絶対帰ってきなさい。菜由も、分かったね」
「……わかった」

背を向けたまま小さく頷く私に、お母さんが心配そうなまま、言葉をかける。

「本当に家の前だけよ?」
「はい」

泰ちゃんはもう一度頭を下げた。

「ありがとうございます」

私は胸の奥がじんと熱くなるのを感じながら、そっとサンダルに足を入れた。
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