欠けていく世界で、きみの光を見つけた
「やばいやばい、電車ギリギリかも!ごめん、うちら先出るね!?」
「え〜〜私走るのやだあ」
「何言ってんの、ふうかも走んの!」
「うえ〜〜、菜由ばいばい〜〜」
合奏の椅子を片付けていると、電車通学の友達に引きずられるようにして、ふうかが去っていく。
あまりの勢いに、私は手を振ることしかできなかったけれど、楽しそうに走っていく背中が眩しくて、思わず笑ってしまった。
残ったメンバーで片付けを終えて、音楽室を出る頃には窓の外はすっかり暗くなっていた。
二時間前……ってことは、部活が始まってすぐだ。
——全然気づかなかった。
顔認証でロックを外し、何気なくトーク画面を開く。
次の瞬間、目に入った文字列に、私は息を止めた。
〈菜由ごめんね。今日パートの方が急遽お休みになっちゃって遅くなっちゃいそう。学校で明るい待ってられるところある?〉
スーパーでパートをしているお母さんは、今ごろレジに入っていて、もう連絡を見ることはできないだろう。
何を返せばいいのか分からないまま、私はとりあえず音楽室を出て玄関へと向かった。
下校時間が過ぎ、どんどん消えていく廊下の電気に心臓がきゅっと縮こまる。
一人で、この暗さの中を帰るのは怖い。
でも、もう下校時刻を過ぎてるし、すぐにここの電気も消えてしまうはず。
最後まで明かりの残る玄関にしゃがみ込み、私はぎゅっと鞄の紐を握った。
ガラスの向こうは真っ暗で、唯一見える階段の先には、飲み込まれてしまいそうな闇が広がっている。
——どうしよう。
どうにもできないまま途方に暮れていると、前から足音が聞こえてきて、足元に運動靴が映り込んだ。
辿るようにゆっくり顔を上げると、目の前にはしゃがみこんだ泰史くんがいた。
「え……?」
サッカー部の部室は外にある。
校舎に戻ることなんてないはずなのに、どうして玄関にいるんだろう?
部活バッグを肩にかけた泰史くんは、私の顔を覗き込むように見つめる。
下から見つめられるその瞳が、どうしてか苦しくて、私はぎゅっと唇を噛んだ。
「帰るぞ」
「え……」
私の顔を確認した泰史くんは、すくっと立ち上がる。
練習終わりの半袖短パン姿が視界で揺れて、私は小さく瞬きをした。
「母さん、迎え来れないんだろ」
「なんで知ってるの?」
驚いて顔をあげると、泰史くんはめんどくさそうに前髪をいじる。
「母さんから連絡がきた。一緒に帰ってこいって」
「えっ……ごめん。お母さんがお願いしたのかな」
そのぶっきらぼうな仕草に、胸の奥がきゅっと苦しくなった。
——彼は優しい。
中学生になった今でも、こんなふうに私を気にかけてくれるくらいに。
でも、それはきっと、彼にとっては迷惑なことで。
優しいから、放っておけないだけの、ただの同情……。
ずっと前から分かっていたはずのことを、改めて突きつけられた気がして、胸が痛くなった。
「でも大丈夫だよ、待ってたらお母さん来てくれると思うし。私、歩くの遅いし」
これ以上迷惑をかけたくなくて、私は無理やり口元を笑わせた。
本当は怖かったけど、あんな面倒そうな顔をさせたくなかったから。
「もうここも電気消えるから。同じ方向だし」
首を振る私に、泰史くんはため息を堪えるような口調でそう伝えた。
「迷惑かけたくない」が喉まで込み上げるけれど、泰史くんの口調は優しくなくて、拒否もしづらい。
「ありがとう」
なんとかそう伝えると、泰史くんは返事をせず、私が立つのを確認してから少し先を歩き出した。
「え〜〜私走るのやだあ」
「何言ってんの、ふうかも走んの!」
「うえ〜〜、菜由ばいばい〜〜」
合奏の椅子を片付けていると、電車通学の友達に引きずられるようにして、ふうかが去っていく。
あまりの勢いに、私は手を振ることしかできなかったけれど、楽しそうに走っていく背中が眩しくて、思わず笑ってしまった。
残ったメンバーで片付けを終えて、音楽室を出る頃には窓の外はすっかり暗くなっていた。
二時間前……ってことは、部活が始まってすぐだ。
——全然気づかなかった。
顔認証でロックを外し、何気なくトーク画面を開く。
次の瞬間、目に入った文字列に、私は息を止めた。
〈菜由ごめんね。今日パートの方が急遽お休みになっちゃって遅くなっちゃいそう。学校で明るい待ってられるところある?〉
スーパーでパートをしているお母さんは、今ごろレジに入っていて、もう連絡を見ることはできないだろう。
何を返せばいいのか分からないまま、私はとりあえず音楽室を出て玄関へと向かった。
下校時間が過ぎ、どんどん消えていく廊下の電気に心臓がきゅっと縮こまる。
一人で、この暗さの中を帰るのは怖い。
でも、もう下校時刻を過ぎてるし、すぐにここの電気も消えてしまうはず。
最後まで明かりの残る玄関にしゃがみ込み、私はぎゅっと鞄の紐を握った。
ガラスの向こうは真っ暗で、唯一見える階段の先には、飲み込まれてしまいそうな闇が広がっている。
——どうしよう。
どうにもできないまま途方に暮れていると、前から足音が聞こえてきて、足元に運動靴が映り込んだ。
辿るようにゆっくり顔を上げると、目の前にはしゃがみこんだ泰史くんがいた。
「え……?」
サッカー部の部室は外にある。
校舎に戻ることなんてないはずなのに、どうして玄関にいるんだろう?
部活バッグを肩にかけた泰史くんは、私の顔を覗き込むように見つめる。
下から見つめられるその瞳が、どうしてか苦しくて、私はぎゅっと唇を噛んだ。
「帰るぞ」
「え……」
私の顔を確認した泰史くんは、すくっと立ち上がる。
練習終わりの半袖短パン姿が視界で揺れて、私は小さく瞬きをした。
「母さん、迎え来れないんだろ」
「なんで知ってるの?」
驚いて顔をあげると、泰史くんはめんどくさそうに前髪をいじる。
「母さんから連絡がきた。一緒に帰ってこいって」
「えっ……ごめん。お母さんがお願いしたのかな」
そのぶっきらぼうな仕草に、胸の奥がきゅっと苦しくなった。
——彼は優しい。
中学生になった今でも、こんなふうに私を気にかけてくれるくらいに。
でも、それはきっと、彼にとっては迷惑なことで。
優しいから、放っておけないだけの、ただの同情……。
ずっと前から分かっていたはずのことを、改めて突きつけられた気がして、胸が痛くなった。
「でも大丈夫だよ、待ってたらお母さん来てくれると思うし。私、歩くの遅いし」
これ以上迷惑をかけたくなくて、私は無理やり口元を笑わせた。
本当は怖かったけど、あんな面倒そうな顔をさせたくなかったから。
「もうここも電気消えるから。同じ方向だし」
首を振る私に、泰史くんはため息を堪えるような口調でそう伝えた。
「迷惑かけたくない」が喉まで込み上げるけれど、泰史くんの口調は優しくなくて、拒否もしづらい。
「ありがとう」
なんとかそう伝えると、泰史くんは返事をせず、私が立つのを確認してから少し先を歩き出した。