【第13回ネット小説大賞受賞・書籍化】王太子殿下、終了のお知らせです。

★悪い虫退治

その日、早朝から身を清めたアンジェリカは、礼拝堂の祭壇の前で長い祈りを捧げていた。
アンジェリカの後ろに控えた側近の五人はじっとその背中を見守っている。

この後、元バランデーヌ王が広場で公開の裁定を下される。
その裁定を下すのも、その執行を言い渡すのもアンジェリカに委ねられている。

アルテーヌの地を愛し、その相続人であるアンジェリカを護る為に長年苦労を重ねて来た多くの人々に報いる時が漸く訪れた。
次期グラーシュ女公爵として、そしてアルテーヌの初代守護者として、長きに渡り苦しめられたその存在に引導を渡すのは、次代を担うアンジェリカの使命だ。

そう頭では理解している。

しかし、今までは自身を含めて皆の命を守る為に全身全霊を懸けて来たと言っても過言ではなく、命を狙われる恐怖や、目の前で命が失われる恐ろしさがどの様な物かも知っている。

その自分が、バランデーヌ王の命を刈り取る裁定を下す。

女公爵となり領を担うとなれば、きっとこれからもこういう裁定を下す事もあるだろう。
今日、その覚悟を問われ、それは実の祖父に対して下すことになる。

長い祈りの後、立ち上がったアンジェリカを側近たちが取り囲み順番にハグをして背中を撫でてくれた。
この五人が側に居てくれる限り、私は大丈夫。



礼拝堂を出たアンジェリカと側近たちは広場へと進んで行った。
その様子を見た人々の目は一行に釘付けになっている。
それもそうだろう。何しろ、今日初めて全員が本来の姿を披露しているのだ。

アンジェリカとパトリシアは10cm以上底上げをしていた靴を脱ぎ、歩きやすく美しい靴に履き替えている。
アンジェリカは靴を脱いだ小柄な姿になってなお、そんなことを感じさせない圧倒的な存在感と威厳を湛えて中央を歩いている。

パトリシアはそれまで清楚なハーフアップだったヘアスタイルを、見事な赤毛に似合う溌溂としたポニーテールに纏めており、整った顔立ちを一層引き立てている。安定した足場と動きやすいヘアスタイルを確保したパトリシアは一体どれほど強いのだろうか。

元々長身のカトリーヌは、化粧と衣装で隠していた抜けるような白い肌を取り戻して、体に合わせたスレンダーなドレスを纏い、まるで動く人形の様なプロポーションを披露している。

マルコムは、黒真珠の髪から輝くような金髪に戻した事で美貌に更に華やかさが加わり、銀縁のメガネが彼の知的な雰囲気をさらに強調している。

カールは長かった艶やかなブラウンの髪を騎士らしく短髪に整え、化粧を施していた色白の肌から健康的な肌色に戻している。学園の騎士科の黒の制服からマクガリー辺境伯家の紺を基調とした騎士服に着替えた姿は、正に美丈夫と言う言葉がぴったりだ。

メルヴィルはトレードマークだったポニーテールのプラチナブロンドの髪を解いて低い位置で結んで背に流し、白の女性騎士服を脱いで、マクガリー辺境伯家の銀の肩章の付いた紺の騎士服を身に纏っている。中性的な魅力はそのままだが、女性と信じて疑っていなかった人々の度肝を抜いたようだ。

女装を解いたメルヴィルにエスコートされたアンジェリカと側近たちは、圧巻の存在感を放ちながら広場に設えられた壇上に姿を現した。
その姿に、集まった民衆からは感嘆の声が漏れている。

先に壇上で席に着いていた摂政エリオット公爵をはじめとした重鎮たちと、グラーシュ公爵とユアン翁に美しいカーテシーを披露し、檻に入れられた元バランデーヌ王の前に立った。



元バランデーヌ王はおよそ一月の間、檻に入れられ手と首に枷を着けられて広場に晒されてもなお、その纏う威厳は衰えていなかった。
足首の腱を切られて立つことも出来ない状態でも、周囲を睨み付ける眼光は未だ鋭さを保っている。

元バランデーヌ王は、目の前に立ったアンジェリカを下から上へ眺めると、ニヤリと口元に皮肉な笑みを浮かべて尊大に言葉を放った。

「これはこれは、我が孫ではないか。何と、我と同じ見事な黒髪だ」

その言葉に、アンジェリカは優雅な透かし彫りの鉄扇を閉じたまま、口元を押さえて、ほほと声を上げて応酬した。

「これは笑止、黒真珠の髪はアルテーヌの象徴ですのよ」

手の甲で持ち上げて、さらさらと流れ落とした髪は光を受けて虹色に輝きを放ち、お前のただの黒髪と一緒にするなと、くすくすと笑いながら続けた。

「そんなところに居ては話しにくいわ。どうぞ出ていらっしゃいな、我が祖父殿」

その言葉を受けて、晒し刑の間、監視と警備に当たっていた衛士たちが檻から引っ張り出し、両脇を支えてアンジェリカの前に立たせた。
側近たちが臨戦態勢を取る中、アンジェリカは元バランデーヌ王を見据えながら口元には余裕の笑みを湛えて言葉を掛けた。

「初めましてですわね。さすが悪魔の二つ名に恥じぬ面構え、この状況下でのその胆力、わたくし、感服いたしましてよ、我が祖父殿」

その言葉に、元バランデーヌ王は嘲笑するように続けた。

「祖父と認めながらまともな挨拶さえ出来ぬと見える。ロクな礼儀作法も知らぬ恥知らずに育つ前に、やはり我が王宮に引き取るべきであったな」

アンジェリカは更に笑みを深めて答えた。

「生憎と罪人に下げる頭など持ち合わせておりませんの。
それに、持ち帰った死体にどうやって礼儀作法を施すのかを是非お聞きしたいわ。そうすれば、祖父殿には謝罪の方法を躾けて各地で謝罪をさせる事が出来ますもの」

そこまで言うと、アンジェリカはその花の様な顔をぱっと綻ばせ、畳んだ扇子を手のひらに打ち付けて、さも良い事を思い付いたように続けた。

「元バランデーヌ王が、各地を廻って頭を地面に擦り付ける謝罪行脚、良い余興になりそうではありませんこと?」

ころころと嗤いながら話すアンジェリカを鋭く睨み付けるように見据えた元バランデーヌ王は、腹の底から響くような声を上げて嗤った。

「首が無ければ地面に頭をこすりつける事など出来んぞ。それともそなたが我が首を持って廻るのか? 我が死に顔は恐ろしいぞ」

嗤い続けるバランデーヌ王に、アンジェリカは笑みを消して哀れんだ表情で答えた。

「たかが生首、ただ気味が悪いだけでしょう。
祖父殿は本当に恐ろしい物を見た事が無いとお見受けしますわ。なんと哀れな事」

アンジェリカは元バランデーヌ王に近づいて続けた。

「騎士の剣による斬首はこの国では名誉刑ですのよ。尊い血のみが騎士の剣の錆になる事を許されるのです」

そう言うと、閉じた鉄扇でその首をするりとなぞった。

「誰が斬首だと言いましたか」

バランデーヌ王の顔色が変わったと思った瞬間、メルヴィルとカールが拘束して跪かせ、パトリシアを前面に、カトリーヌとマルコムがアンジェリカを取り囲んだ。

アンジェリカが居並ぶ重臣たちを振り返って笑顔で頷くと、トーネット伯爵が進み出て、書類を掲げて読み上げた。

「バランデーヌの男、亡国バランデーヌの王であった男は、姦計によりアルテーヌの相続人ゾフィーを誘拐し、仮初の王妃としてアルテーヌの権利を手中にすると、生まれたばかりの王女と共に劣悪な環境で監禁して衰弱死を画策した。

その後、瀕死の状態でマクガリー辺境伯家ユアンによって救出された事により詳らかにされた悪辣な所行によって各国から断罪され、経済制裁を受けるに至り、三十年に渡りバランデーヌの民を苦しめ続けた事は周知の事実である。

また、マリー王女とグラーシュ公爵家ジュリアンとの間に誕生した次期アルテーヌ相続人のアンジェリカの誘拐及び殺害を再三に渡って画策・実行していたことは、その都度捕らえた実行犯の証言によって全て明らかにされている。

また、先日処刑が実行された元フラン侯爵家と繋がり、我がトーラント王国を内部から崩壊させ、国家の簒奪を目論んだ事は既に明白である。
よって、アルテーヌの初代守護者アンジェリカの名の下に、絞首刑の上、三日野晒しの刑に処することを、トーラント国摂政エリオット公爵以下議会の全会一致で承認された。
刑は明日の早朝、この広場で公開にて執行される」

押さえつけられ、ギリギリと音が聞こえる程に歯噛みしながら、憎しみの籠った目で睨み上げる元バランデーヌ王にアンジェリカは不敵な笑みを返した。悪い虫は自分で退治するのだ。

アンジェリカは集まった民衆に向かって声を上げた。

「バランデーヌの悪魔の血はこの処刑を以って未来永劫断ち切られる。私は、我が内に流れるアルテーヌの血のみを残す事をここに宣下する」

その涼やかな声は、会場の隅々にまで響き渡った。

< 22 / 39 >

この作品をシェア

pagetop