【第13回ネット小説大賞受賞・書籍化】王太子殿下、終了のお知らせです。

サイラスの企て

グラーシュ公爵邸のテラスでは、ここの所アンジェリカと側近たち五人がゆったりと朝食を取っている。全員が卒業資格は既に得ているため通学免除の制度を利用したのだ。再開して以来騒々しさが増した学園には極力足を向けたくはないのが最大の理由だ。
その分、朝の会議にも時間をしっかり掛けられる。
食後のお茶が用意されている会議のテーブルに移動し、置いてあったカトリーヌの報告書を読んで皆が言葉を失った。

そこには、平民に落とされたサイラスとミーガンの本当の両親の現状と思惑が生々しく記載されていた。

二人の両親は、平民となった時に後ろ盾になってくれた親切な商人に手厚く庇護されているうちに、その商人に紹介された人々と関係を持つようになっていったそうだ。
贅沢好きで享楽的な二人が揃って体を開く事に躊躇が無い事を見て取った商人は、二人には黙って娼館を立ち上げ、密かに二人を目玉商品に仕立て上げていた。
すると、新しい娼館に元貴族でしかも社交界きっての美貌と謳われた男女が居ると、裕福な平民の間であっという間に広まり、二人がそうと気づいた時には評判の売れっ子となっていた。

貴族でいた頃よりも贅沢な暮らしが出来る事に味を占め、貴族の後ろ盾を得て高級娼館へ格上げすればもっと稼げると吹き込まれた二人は、サイラスが当主になれば後ろ盾にしようと考えていたのだが、ヘイデン伯爵が迎えた後妻に男の子が生まれてしまった。
当てが外れた二人は、ミーガンの嫁ぎ先を当てにするか、それがだめならサイラスとミーガンを娼館の新たな商品にして稼ごうと考え、金で動く使用人を数人使って秘密裏に兄妹を懐柔していたという。

実の両親との涙の再会を果たした後、いつも最先端の装いで現れる自分たちによく似た美しい男女が何でも思い通りに優しく甘やかしてくれるのだ。兄妹が二人に傾倒するのに時間はかからなかった。
二人が兄妹に近づいている事をヘイデン伯爵が気づいて引き離した時には、もう二人の心は完全に『本当の両親』に取り込まれてしまっていた。

父と後妻の間に子が生まれれば、実の子であっても若干の疎外感は感じてしまう。その心の隙間にするりと入り込んで来た『優しく理想的な実の両親』という甘い毒に気付くには、十二歳と十三歳の兄妹は幼すぎたのだ。


「パオロとフランチェスカ、ね」

呆れたように呟いてメルヴィルと顔を見合わせたアンジェリカに、カトリーヌが答えた。

「追放された悲劇の恋人たち、でも不貞は厭わないという隠喩がしゃれていると評判です。今の花街でその通り名を知らないものは居ない程だそうですよ」

カールが引き継いでもう一つの報告書を差し出した。

「『パオロとフランチェスカ』を抱える娼館では、王都を出た先の村のはずれにある修道院から密かに貴族の子女を引き取って娼妓にしているようです。その修道院は不倫や不貞、戒律を犯した者を神の御許で矯正する施設として貴族の間では有名ですが、要するに体のいい追放先です。
入所後に何が起こっても不問だという家には亡くなったと連絡すれば良いだけなので、娼館にしてみれば格好の調達先です。その事は企業秘密だと父親に明かされたサイラスは知っています」

戒律違反か、と呟いたメルヴィルにカトリーヌが頷いて続けた。

「教会が戒律違反でも最も重い罪の一つとしているのは近親相姦です。その事を教会が知れば、教会に収容されて百日間の懲罰を受ける事になります。
そこで殊勝な態度を取り続けて教会を味方に付け、修道院での幽閉に漕ぎつけさえすれば、実の両親に繋ぎを取って晴れて自由の身になれるという算段なのでしょう。
一般牢から出る時から急に他人事のような態度になったのは、ミーガンの妊娠に気付いた事でこの計画を思いついたのが理由でしょう。恐らくサイラスの狙いはそれで間違いないと思います」

それを聞いていつもの意見交換が始まった。
アンジェリカが口火を切る。

「ミーガンは妊娠を明かすつもりよ。
そうすればラシェルは自分の子だと疑わずに喜んで大騒ぎするわね。
そこで突然サイラスが実の妹との関係を告白したとしても証拠も無いし、実際に関係が無いから信憑性にも欠けるわ」

パトリシアが、ミーガンに付けたメイドからの情報を伝える。

「ミーガンは妊娠している事を知らせた時から『王家の血を引く子の母』になれば待遇が良くなると思い込んでいる様ですからサイラスとの関係は否定するでしょうね。
サイラスはミーガンと口裏合わせが出来ていませんし、サイラスの思惑を知らずに否定されれば計画は水の泡です」

カールが続けて口を開いた。

「周囲からすると、何を言い出すんだと呆れられて終わりでしょう。そしてラシェルからの執拗な敵意と憎しみを一身に受ける事になりますね。
ミーガンが否定している以上、サイラスの主張だけで教会に戒律違反を知らせる事は難しいですしね」

マルコムが思案顔で言葉を発した。

「ならば、ルイとジルベールとも関係を持っている事を暴露して便乗しようとするとか?
でも、ミーガンが否定するなら二人は口を噤むでしょう。
しかし、生まれた子が明らかにどちらかの子と分かる容姿をしていたら、ミーガンは確実にその人間を自分を手籠めにした悪者に仕立て上げるでしょうから、二人は生きた心地がしないでしょうね」

それを受けてアンジェリカが続ける。

「あら、子は生まれてすぐに連れ出すのだから、誰に似ているか牢の中の彼らには分からないわ。それに誰の子であっても幽閉は免れないし、待遇も変わらない。それは今の場所から移動すれば思い知る事になるわ。ただ、罵り合いになってしまった場合、ミーガンは出産まで元控室に戻しましょう。もちろん出産後は牢に戻すから、皆で気のすむまで罵り合えるわ」

一通り意見を聞いたところでカトリーヌが話し始めた。

「皆の言う通り、牢の中の人間だけに暴露しても罵り合いになるだけで、サイラスの思惑通りにはなりません。しかし、第三者の耳目があれば聞き捨てならない内容です。特に教会関係者が居る場合はすぐに収容される事になるでしょう」

それを聞いて皆が納得した。
この国では、シスターが助産師としてお産のサポートをすることが一般的で、産気づいたら教会に出産の介助を依頼するのだ。
ミーガンの出産時にもシスターを要請することになっている。
そこで戒律違反を耳にすれば、シスターたちは黙ってはいられない。

「助産師のシスターたちと教会には、ミーガンと男性たちとの関係を明かした上で、子はこちらで預かると事前に届け出ておけば連れて行かれる事はないでしょう。
しかしサイラスとミーガンは聞き取り調査のために一度は教会に収監されます」

今までの貴族の身分とは違い、罪人になった上に戒律違反を犯した人間を、『パオロとフランチェスカ』がどの様に扱うか。
幽閉から逃れて自由の身になり、両親の下で贅沢な暮らしが出来ると甘い夢を見ているサイラスは分かっていない。
恐らくは二人纏めて最下層の娼館へ売られる事になるだろう。

メルヴィルが腕を組んで皆を見渡して言った。

「このまま幽閉の地獄と、『パオロとフランチェスカ』の地獄、どちらか選ばせてやるのはどうだ?」

こうして意見が纏まり、憶測である事を前置いて、ミーガンにサイラスの計画が伝えられた。


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