幼なじみは好きを伝えたい!
1、幼なじみは片想い中
俺、佐久間 咲弥には、好きなひとがいる。
幼なじみで、同い歳で、隣同士の家に住んでいる、幼少の頃からずっと一緒に過ごしている女の子だ。
まさに少女漫画のヒーローとヒロインみたいな関係。
こんなの誰がどう考えたってくっつくしかないだろ! と思うんだが、どうにも彼女は一筋縄ではいかない。
というのも……。
「おはよう! 桜!」
俺が玄関のドアを開けたと同時に、同じように隣の家から出て来た幼なじみ、佐倉川 桜に向かって、俺は爽やかに挨拶する。
桜は眠たそうな瞳をこちらに向けると、ゆるく手を挙げた。
「おはよう、咲弥」
その表情は何を考えているのかわからない、全くの無!
怒っているのか、喜んでいるのか、はたまた悲しんでいるのか……。
桜の表情からは全く読み取れない。
そう、桜は感情が表に出にくく常に無表情、良く言えばクール、悪く言えば鉄仮面女子なのである。
俺は桜の横に並ぶと、平然と歩き出す。
「一緒に登校するだろ?」
「うん」
俺達は今年中学三年生になった。来年はもう高校生だ。
周りからは俺達がいつも一緒にいることを冷やかされたりもするんだが、桜にはその手のからかいは全く通用しなかった。
男子に何を言われても、「幼なじみだから」と無表情かつ冷たい声で言い放ち、からかうようなやつを一蹴していた。
桜を守ろうとした俺は、逆にキュンとしてしまったわけだ。
幼なじみだから、ってそれだけの理由で一緒にいてくれるのが、すごく嬉しかったのだ。
そんな桜に、俺はどうしても好きを伝えたい。
桜を好きになった理由はたくさんあるが、とにかく大好きなのだ。
しかし、桜の気持ちがどうなのか、いまいちわからない。
桜が俺にどの程度の好意を持っているのか、もう何年も一緒に過ごしているというのに、全くわからなかった。
ただの幼なじみとしての好きなのか、はたまた付き合ってもいいという恋愛感情ありの好きなのか。
俺は勝算のない闘いはしたくない。
別に、傷付くのが怖いとか、フラれて幼なじみとしても気まずくなるのが嫌とか、そんなんじゃねえけど?
とにかく、まずは桜が俺をどう思っているのかが知りたい。
その無表情の下の感情を知りたいのだ。
前から自転車が来て、俺はとっさに桜を抱きしめるように自分の胸元へと引き寄せた。
「あぶなっ……。大丈夫か? 桜」
腕の中にいる桜が、俺を見上げるように顔を上げた。
「ありがとう、咲弥」
その上目遣いのあまりの可愛さに、俺の心臓が忙しなく動き始める。
なんて可愛いんだ、俺の幼なじみ……! 好きだ! 付き合ってくれ!
叫び出しそうになる言葉をごくりと飲み込んで、俺は桜に爽やかな笑顔を向ける。
「桜が無事ならいいんだ。気を付けろよ?」
俺は自分で言うのもなんだが、イケメンの部類に入ると思う。
目鼻立ちもはっきりしていて整っているし、声だってかっこいいと思う。
現に他の女子から告白されたことだって何度もある。
だけど。
「うん」
そんな俺がイケメンムーブをかましたというのに、この無表情である!
桜は頷くと、俺から離れてまた隣をのんびり歩き始める。
何も思わなかったのか!? このイケメン幼なじみの俺にぎゅってされても!? なにも!?
少し心にダメージを負いながらも、俺はめげずに桜に再アタックを仕掛ける。
んんっと喉の調子を整え、桜に言う。
「ったく、本当に危なっかしいな、桜は。仕方ないから、手繋いでてやるよ。ほら、手」
俺が桜の手を掴もうとすると、「いい。大丈夫」と桜は俺の手をふいっとかわしてしまった。
「……! ……っ!」
地味にショックを受けながらも、俺と桜は学校に向かって歩き続ける。
いつもこんな調子なのである。
桜に少しでも意識してもらいたくて、ドキッとするであろうイケメンムーブを披露しているわけだが、どうにも上手くいかない。
何故だ? どうして上手くいかないんだ!? 桜は俺をどう思ってるんだ!?
俺は今日もいつもと同じように頭を抱えながら登校した。
教室に入って、「おはよう」とクラスメイトに声を掛けると、男子からも女子からも「おはよう」の挨拶が返って来る。
俺が自分の席にやってくると、人だかりができるくらいには俺はクラスの人気者だった。
そんな俺のことなどお構いなしに、桜は自席に着いて、授業の準備をしている。
桜は窓際の一番前、俺は真ん中の列の一番後ろの席だった。
座席が出席番号順であったなら、佐久間と佐倉川で前後の席になれたのに……! と悔やまずにはいられない。
この学校は何故か出席番号が誕生日順なのだ。
予鈴が鳴って、クラスメイト達がそれぞれの席へと戻っていく。
桜は相変わらず一人で静かに本読んでいた。
「はぁ……」
俺は小さくため息をつく。
それに目ざとく気が付いた隣の席の男子が、ふふっと笑い声を上げた。
「咲弥、また佐倉川さんにフラれたの?」
「フラれてない」
声の方に視線を向け、俺はじろりと睨み付ける。
隣の席の男子、水久保 湊は楽しそうに俺に笑顔を向けていた。
「モテモテの咲弥くんも、あの佐倉川さんの前では手も足も出ないかぁ」
「そんなことない。桜は絶対に俺を意識してくれてるはずだ」
「えー、そうかなぁ?」
へらへらと笑う湊に、俺はむっとして頬を膨らませる。
俺はバスケ部に所属していて、湊も同じバスケ部だ。部活で仲良くなった俺達は、今年初めて同じクラスになり、教室でもよく話す仲になっていた。
俺が話したわけでもないのに、湊は何故か俺が桜を好きなことを知っていた。
普段へらへらしているが、試合では機転が利くし、うちのバスケ部の頭脳とも言われている。
そんな無駄に鋭い湊は、俺の恋がうまくいっていないのをしょっちゅうからかってくるのだ。
「今日もアタック頑張って、咲弥」
「わかってるよ」
湊との会話を適当に終わらせると、ちょうど本令が鳴って担任が教室に入ってきた。
俺は無意識に桜に視線を向ける。
桜は真剣に担任の話を聞いているようで、その視線は教卓に向けられていた。
どうしたらその視線を奪えるんだろう?
俺は何度ついたかわからないため息を、今日も朝からこぼし続けるのだった。
桜も俺も、放課後は部活がある。
俺はバスケ部、桜は吹奏楽部に所属していた。
桜は小さい頃からフルートを習っていて、部活でもフルートを吹いている。
桜が奏でるフルートの音色は優しくて温かくて、聞いていると心が綺麗になるような気がした。
桜がフルートを吹いている中、俺と湊は汗だくになりながら体育館のコートを駆け回っていた。
体育館の入口は、俺や湊を応援する女子生徒で溢れている。
しかし俺はそれには目もくれず、コートを駆け回る。
「少しは手振ってあげたら?」
湊にそう言われるが、俺は首を横に振った。
「俺には好きな子がいるから、他の子によそ見したりなんてしない」
「おお、一途だ」
「当たり前だろ」
応援してくれるのはもちろん嬉しいが、桜が見てくれていないのなら意味がない。
部活が終わる時間まであともう少し。
きっと桜も夏の大会に向けて頑張ってる。
俺も負けないように頑張らねーと。
部活動の終わりは、午後五時半と決まっている。
五時半になると、どの部活動も例外なく終わりとなる。
俺は慌ててユニフォームから制服に着替えて、昇降口に向かった。
桜が出てくるのを、今か今かと待つ。
すると見慣れた吹奏楽部員の女子が校舎から出て来て、そのあとに桜が女子達と談笑しながら出て来た。
俺はさっと前髪を整えて、桜に声を掛ける。
「桜」
桜はぱっと顔を上げて俺を見た。
「咲弥」
毛先がくるんと巻かれた黒髪が、ふわっと風で揺れた。
無表情ながらも、大きな丸い瞳が俺を捕らえる。
なんて可愛いのだ、俺の幼なじみは!
俺の顔を見た他の女子が、はっとしたようにそそくさとその場を去っていく。
「佐倉川さん、また明日ね!」
「うん、また明日」
こそこそと楽しそうな声を上げて去って行く女子達は、きっと俺と桜が付き合っていると思っているのだろう。
そうなれたらどんなにいいか。
そう思いながら、俺達は歩き始める。
「帰ろう」
「うん」
桜はいつもの無表情をその可愛らしい顔に張り付けて、俺の隣に並んだ。
「夏の大会で俺達も引退だなー」
「そうだね」
三年生は夏の大会が終われば、受験に専念するため引退となる。
俺と桜も、夏の大会が終われば部活を引退するのだ。
「コンクールメンバー、選ばれそうか?」
「うん。多分」
「そうか」
「咲弥は? レギュラーになれそう?」
「もち!」
「そう」
俺の言葉に、桜は淡々と返す。
もう慣れっこではあるが、もう少し表情がわかりやすかったらなぁ、と思わざるを得ない。
「……たまには、……行ってみようかな……」
「え?」
桜の呟きが小さすぎて聞き取れず、俺は桜の顔に自身の耳元を寄せた。
「……っ」
「なに? なんて言ったんだ?」
訊き返すと、桜はまた小さく呟く。
「たまには、咲弥の試合の応援、行ってみようかな、って」
「マジ!?」
「うん。吹部練習が被ってなかったら」
桜の言葉に、俺は飛び上がりそうなくらいに嬉しかった。
「桜が来てくれたら、俺、超頑張れると思う!」
「え?」
「ずっと桜に応援に来てもらいたいって思ってたから!」
桜にしては驚いているのか、珍しく瞬きの回数が多い。
無表情ではあるが、ぱちぱちと長い睫毛が上下する。
「どうして?」
「どうしてって、何が?」
「どうして私に応援に来てもらいたいと思ってたの?」
「そりゃ、好きな子に応援されたら誰だって嬉しいだろ?」
二人の間に沈黙が流れる。
俺ははっとする。
今、俺なんて言った? 好きな子って言ったか?
それもう告白じゃねーかっ!!!
冷や汗が背中を伝う。
桜は、いったいどう思ったのだろうか。
俺は恐る恐る桜の表情を窺う。
そこにあったのは。
「そう、嬉しいならよかった」
いつもと変わらない、何の感情も読み取れない無表情だった。
あは、あは、と乾いた笑いで誤魔化すが、どう考えてもショックでしかない。
好き、だなんて告白まがいのことを言ったにも関わらず、この無表情。
俺の恋、もしかして望み薄じゃね……?
応援に来てくれるのが嬉しい気持ち半分、もしかして俺マジで男として意識されてない? という悲しみ半分で、俺はそのとき気が付かなかったのだ。
桜が頬を赤らめ、戸惑ったように視線を動かしているのを。
「……好き、って言った? 咲弥が、私を? ……好き?」
混乱する俺達幼なじみが、両想いだと気が付くのは、まだ先の話だ。


