あなたの知らない、それからのこと
8.友達
挨拶を交わす止まりだった二年間半を思えば、晴輝とは随分と仲良くなった。殆ど毎日のように顔を合わせていれば、自然と大学でも一緒にいる時間が長くなり、たとえ晴輝が口数が少なくて凛香が消極的でも、挨拶以外にだって会話をするようになるというもの。これなら友達だといえるだろう。レベッカの時も今でも、家族以外とまともな関係を築いたことがないから、果たしてこれが友達に対する態度として正しいのかは分からないけれど。
それでもせいぜい友達だと思っているのは相変わらず凛香だけのようで。高校時代同様、大学でも同じ科でよく話すようになった女の子ができたものの、どうやら彼女も晴輝との仲を勘違いしているようだ。同じ高校から進学した者も何人かいるから、噂が伝わっている可能性は高い。晴輝がどう考えているのかは分からないけれど、否定しないということは距離が縮まってもいいと思われているらしい。いくら鈍感な凛香でもさすがにもう自意識過剰だとは考えられなくなっていた。
「私とばかりいたら、友達できないよ?」
昼食を一緒に食べているときに、思い切って提案してみたものの、
「俺はあまり大勢とつるむのは苦手だから別にこのままで構わない」
「……まぁ、それは私もそうだけど」
そう言われてしまえば、凛香としても晴輝の気持ちが分かるので受け入れるしかない。無駄に壁を作っているつもりはないが、無遠慮に懐に入られるのはどうも苦手なままだ。
「そういえば津山くんって、高校のときは周りに友達多かったよね?」
「たまたま入学したときに席が近かっただけだ。色々と世話にはなったから感謝してるが……」
「そうなんだ」
「片野だって大勢に囲まれるのは苦手だろ? 俺がいればそういうのも避けられるから利用すればいい」
「ありがと……?」
強引に結論付けられた感はあるものの、確かにそうだった。伊達眼鏡や下を向くのを止めてありのままで生活するようになって、他人の、特に男子の目線に煩わしさを感じていたから、晴輝との噂が盾になって快適に過ごせたのは事実。晴輝自身も背も高くてスタイルはいいし、切れ長で形の良い鼻に薄い唇の、派手さはないものの整った顔立ちだから相当にモテるはず。そういうのを煩わしくおもっているなら、彼も凛香と一緒にいることで両者両得になっているのかもしれない。
「でもさ、彼女とか欲しいとか思わない? 私がいたら誤解されちゃうでしょ」
「は……?」
高校のときみたいに……とは言えなかった。晴輝に見つめられて、若干の気まずさを覚える。
「えっと……」
「なぁ、片野は彼氏が欲しいのか? それともまさか好きな男とかいるのか?」
「えっ!」
質問に質問で返されて、凛香は戸惑ってしまった。そりゃあ素敵な恋がしたいというのはレベッカの時からの希望である。ただ凛香にとって、クライヴのような人に出会えたならば、そう漠然と考えていた。叶わなかった恋を成就したいだけなのかもしれないが。
「好きな人は、いないよ。彼氏もいつかは欲しいとは思うけど、誰でもいいわけじゃないから」
「というと、好みのタイプがあるのか? 例えば?」
珍しく晴輝がグイグイと質問してくる。口数の少ない二人だと基本的に会話は二ターンくらいで終わることが多いのに、友達っぽくて嬉しくなった。恋バナ未満ではあるけれど、少し色めいた会話に心がちょっぴり上向きになったのは、もしかしたら誰かに話したかったのかもしれない。
「タイプなら、優しくて穏やかな人がいいな」
「へぇ。他には?」
晴輝に促されて、記憶の片隅にあるクライヴを思い浮かべる。彼は同い年だったというのに、我儘でも意地悪でもなく、出会ってからもずっと優しかった。主従関係だからかもしれないが、彼の全ての行動はレベッカのためだけだった。人に付き従われる状況が自然であった公爵令嬢はさて置き、凛香の感覚だと申し訳なさを覚えてしまうけれど、レベッカは彼のいいところを見つけては大切に心に刻み込んでいた。それは凛香の中にまだ残っている。
「私のことをよく見てくれているから、すぐに異変に気付かれてしまうのは恥ずかしいけど、でも大切にされていると分かるし嬉しい。それになんでも言いなりってこともなくて、ダメなことはちゃんとハッキリ諫めてくれる、そんなところが好……っ」
つらつらと答えてしまってから最後にハッと我に返った。こんなの現実に誰かいると言っているようなものだ。凛香は慌てて手を振って否定をした。
「あっ、いや、そんな人、現実にはいないんだけど、そんな人に出会いたいなってことで」
「そうか。……見た目とかの好みはあるのか?」
しかし晴輝から返ってきたのは更なる質問だった。見上げたときにある頭の位置とか、一見細身でありながらもしっかりと筋肉はついていて身体の厚みがあったのも覚えているのに、クライヴの顔が思い出せないから何とも言えない。クライヴだけでなく、レベッカ以外の顔がぼんやりとしか分からないのだが。レベッカの顔は鏡で見ることが多かったからだと思っていたが、しかし彼女の記憶は視点はレベッカなので、思い出せないのはおかしな話ではある。けれども分からないものはどうしようもない。
「うーん、それは今は分からないかな。考えたこともなかったもの。次は津山くんの番だよ。どういう子が好きなの?」
「どういう……って」
そう言いながら凛香を見るので、ドキリと胸が鳴った。いやいや、これは返答に困っているだけだ。そう思いたいが今まで散々噂されていたことが頭を過る。これは質問を間違えたかもしれない。
「努力家で繊細で、優しい人だな。そんな人の一番近くにいたい」
「そ、そうなんだ……あ、そろそろ次の授業始まるから戻らなくちゃ」
真剣に見つめられて凛香は返答に困った。晴輝のそれは告白のような、けれど決定的ではなく曖昧なもの。突っ込んで聞いても勘違いだったら恥ずかしいし、明日から顔を合わせづらくなってしまったら? 平穏に生きていきたい凛香にとって、それだけはどうしても避けたかった。せっかく友達になれたのだから、今はこの関係を壊したくない。だから昼休みが終わるのをいいことに凛香もこの話はそれで強制的に終わりにした。
次の日からも普通に今までのように朝の挨拶から始まり他愛のない会話ができたから、この選択は間違いではなかったと凛香は胸を撫でおろした。しかしこの件で晴輝を意識してしまったのは事実で、それを前向きにとらえられるくらいに晴輝との関係は大切なものとなっていた。
それでもせいぜい友達だと思っているのは相変わらず凛香だけのようで。高校時代同様、大学でも同じ科でよく話すようになった女の子ができたものの、どうやら彼女も晴輝との仲を勘違いしているようだ。同じ高校から進学した者も何人かいるから、噂が伝わっている可能性は高い。晴輝がどう考えているのかは分からないけれど、否定しないということは距離が縮まってもいいと思われているらしい。いくら鈍感な凛香でもさすがにもう自意識過剰だとは考えられなくなっていた。
「私とばかりいたら、友達できないよ?」
昼食を一緒に食べているときに、思い切って提案してみたものの、
「俺はあまり大勢とつるむのは苦手だから別にこのままで構わない」
「……まぁ、それは私もそうだけど」
そう言われてしまえば、凛香としても晴輝の気持ちが分かるので受け入れるしかない。無駄に壁を作っているつもりはないが、無遠慮に懐に入られるのはどうも苦手なままだ。
「そういえば津山くんって、高校のときは周りに友達多かったよね?」
「たまたま入学したときに席が近かっただけだ。色々と世話にはなったから感謝してるが……」
「そうなんだ」
「片野だって大勢に囲まれるのは苦手だろ? 俺がいればそういうのも避けられるから利用すればいい」
「ありがと……?」
強引に結論付けられた感はあるものの、確かにそうだった。伊達眼鏡や下を向くのを止めてありのままで生活するようになって、他人の、特に男子の目線に煩わしさを感じていたから、晴輝との噂が盾になって快適に過ごせたのは事実。晴輝自身も背も高くてスタイルはいいし、切れ長で形の良い鼻に薄い唇の、派手さはないものの整った顔立ちだから相当にモテるはず。そういうのを煩わしくおもっているなら、彼も凛香と一緒にいることで両者両得になっているのかもしれない。
「でもさ、彼女とか欲しいとか思わない? 私がいたら誤解されちゃうでしょ」
「は……?」
高校のときみたいに……とは言えなかった。晴輝に見つめられて、若干の気まずさを覚える。
「えっと……」
「なぁ、片野は彼氏が欲しいのか? それともまさか好きな男とかいるのか?」
「えっ!」
質問に質問で返されて、凛香は戸惑ってしまった。そりゃあ素敵な恋がしたいというのはレベッカの時からの希望である。ただ凛香にとって、クライヴのような人に出会えたならば、そう漠然と考えていた。叶わなかった恋を成就したいだけなのかもしれないが。
「好きな人は、いないよ。彼氏もいつかは欲しいとは思うけど、誰でもいいわけじゃないから」
「というと、好みのタイプがあるのか? 例えば?」
珍しく晴輝がグイグイと質問してくる。口数の少ない二人だと基本的に会話は二ターンくらいで終わることが多いのに、友達っぽくて嬉しくなった。恋バナ未満ではあるけれど、少し色めいた会話に心がちょっぴり上向きになったのは、もしかしたら誰かに話したかったのかもしれない。
「タイプなら、優しくて穏やかな人がいいな」
「へぇ。他には?」
晴輝に促されて、記憶の片隅にあるクライヴを思い浮かべる。彼は同い年だったというのに、我儘でも意地悪でもなく、出会ってからもずっと優しかった。主従関係だからかもしれないが、彼の全ての行動はレベッカのためだけだった。人に付き従われる状況が自然であった公爵令嬢はさて置き、凛香の感覚だと申し訳なさを覚えてしまうけれど、レベッカは彼のいいところを見つけては大切に心に刻み込んでいた。それは凛香の中にまだ残っている。
「私のことをよく見てくれているから、すぐに異変に気付かれてしまうのは恥ずかしいけど、でも大切にされていると分かるし嬉しい。それになんでも言いなりってこともなくて、ダメなことはちゃんとハッキリ諫めてくれる、そんなところが好……っ」
つらつらと答えてしまってから最後にハッと我に返った。こんなの現実に誰かいると言っているようなものだ。凛香は慌てて手を振って否定をした。
「あっ、いや、そんな人、現実にはいないんだけど、そんな人に出会いたいなってことで」
「そうか。……見た目とかの好みはあるのか?」
しかし晴輝から返ってきたのは更なる質問だった。見上げたときにある頭の位置とか、一見細身でありながらもしっかりと筋肉はついていて身体の厚みがあったのも覚えているのに、クライヴの顔が思い出せないから何とも言えない。クライヴだけでなく、レベッカ以外の顔がぼんやりとしか分からないのだが。レベッカの顔は鏡で見ることが多かったからだと思っていたが、しかし彼女の記憶は視点はレベッカなので、思い出せないのはおかしな話ではある。けれども分からないものはどうしようもない。
「うーん、それは今は分からないかな。考えたこともなかったもの。次は津山くんの番だよ。どういう子が好きなの?」
「どういう……って」
そう言いながら凛香を見るので、ドキリと胸が鳴った。いやいや、これは返答に困っているだけだ。そう思いたいが今まで散々噂されていたことが頭を過る。これは質問を間違えたかもしれない。
「努力家で繊細で、優しい人だな。そんな人の一番近くにいたい」
「そ、そうなんだ……あ、そろそろ次の授業始まるから戻らなくちゃ」
真剣に見つめられて凛香は返答に困った。晴輝のそれは告白のような、けれど決定的ではなく曖昧なもの。突っ込んで聞いても勘違いだったら恥ずかしいし、明日から顔を合わせづらくなってしまったら? 平穏に生きていきたい凛香にとって、それだけはどうしても避けたかった。せっかく友達になれたのだから、今はこの関係を壊したくない。だから昼休みが終わるのをいいことに凛香もこの話はそれで強制的に終わりにした。
次の日からも普通に今までのように朝の挨拶から始まり他愛のない会話ができたから、この選択は間違いではなかったと凛香は胸を撫でおろした。しかしこの件で晴輝を意識してしまったのは事実で、それを前向きにとらえられるくらいに晴輝との関係は大切なものとなっていた。